<<「パナマ運河を取り戻す」>>
1/20、米大統領就任演説でトランプ氏は、米国の覇権の「黄金時代」が始まったと宣言した。「野心は偉大な国家の生命線だ」と述べて、地球世界の支配にとどまらない、「我々は明白な運命を星々へと追求し、火星に星条旗を植える」と、火星にまで領土を拡大する領土帝国であると宣言したのである。
ところが、現実の地球世界で具体的に出てきた「領土拡大」は、「米国はパナマ運河を取り戻す」との表明である。トランプ氏は、米国が建設した運河は「愚かにもパナマに与えられた」と断言し、「我々は、決して与えられるべきではなかった愚かな贈り物によって、非常にひどい扱いを受けた」と泣き言を言い、中国が運河を「運営している」などと、パナマ当局自身が明確に否定している現実に対して、ウソ、でたらめ、誇大妄想を繰り返し、「武力で奪還」の脅しにまで言及している。
パナマのムリノ大統領は、「全面的に拒否する。運河は現在もこれからもパナマのものである」、「その管理は永世中立を尊重するパナマのもとにある」「我々の運河管理に干渉する国は一切参加していない」と断言し、「運河は譲渡されたものではない。幾世代にもわたる結果なのだ」と反論している。
次いで、メキシコ湾をアメリカ湾に改名すると述べ、アメリカ湾と呼ぶため、地名情報システムなどあらゆるメキシコ湾言及の変更を表明している。
これに対して、メキシコのシェインバウム大統領は記者会見で、1607年の世界地図を見せ「北米がメキシコのアメリカと表記され、米国建国より169年前にメキシコ湾もメキシコのアメリカとして特定されていた」歴史的事実を明らかにして、「私たちはトランプ大統領の政府と協力し、お互いを理解し、自由で独立した主権国家としての私たちの主権を守るつもりです」と、トランプ氏を辛らつに批判している。
そして名称変更は、国内にまで及び、「偉大な大統領ウィリアム・マッキンリーの名前を、本来あるべきマッキンリー山に復活させます」と表明している。マッキンリー大統領時代のハワイ併合や、フィリピン領有の「領土拡大」で、「マッキンリーは我が国を非常に豊かにした」と言うわけである。しかしこれは、地元アラスカ州の求めに応じて、オバマ大統領が2015年に、この地域のネイティブアメリカン部族が長年使用していた名前であるデナリに改名した名前である。デナリは、高きもの、偉大なものを指す先住民の言葉である。トランプ氏の改名は、その尊厳を踏みにじるものであろう。
トランプ氏は、「一貫性がなく、気まぐれで、大言壮語するやり方」だと言われているが、こうした軽薄で底浅い発言は、根底的には、アメリカ帝国の帝国主義的支配欲と言う本質的利害から生じているとも言えよう。それだけに危険極まりないが、逆に言えば、そこまで追い込まれつつある、アメリカ帝国の政治的経済的危機の深刻化の反映でもあると言えよう。
<<国家国境緊急事態を宣言>>
トランプ大統領は就任初日に、なんと約200件もの大統領令に署名し、米国史上最も大規模な初日となったといわれる。そのなかには、法的拘束力のある大統領令50件と追加指令150件以上、そしていくつかの緊急事態宣言まで含まれている。
以下、その概要と問題点を列挙すると、
* 国境への軍の配備と国境の壁の完成への道を開く国家国境緊急事態が宣言され、南部国境は不法移民に対して閉鎖された。
この措置には、「メキシコに留まる」政策の復活、軍に国境の壁の追加セクションの建設を指示、犯罪組織を外国テロ組織に指定することなどが含まれる。また、米国で生まれた不法移民の子供に自動的に市民権を与える政策を廃止する措置を講じた。この政策は憲法修正第14条に直接反し、法的に争われる事は確実である。出生による市民権は、憲法修正第14条で規定されており、「米国で生まれた、または米国に帰化したすべての人、およびその管轄権に服する人は、米国および居住する州の市民である」とされている。
* 出生地主義を廃止する大統領令を発令した後、アメリカ自由人権協会(ACLU)はすぐにトランプ政権に対する積極的な訴訟で応じている。ACLUによると、トランプ氏の大統領令は明らかに違憲である。ACLUのアンソニー・D・ロメロ事務局長は公式声明で、「米国生まれの子どもに市民権を与えないことは違憲であるだけでなく、米国の価値観を無謀かつ容赦なく否定するものでもある。出生による市民権は、米国を強くダイナミックな国にしている要素の1つである。この命令は、米国生まれの人々に米国人としての完全な権利を否定する永久的なサブクラスを作り出すことで、米国史上最も重大な過ちの1つを繰り返そうとしている」「トランプ政権の行き過ぎた行動はあまりにもひどいので、最終的には勝利すると確信している」、「憲法を改正するには、議会の両院が3分の2以上の多数で修正案を可決する必要があり、さらに州の4分の3以上の承認も必要だ。」
* バイデン政権時代の環境政策を撤回することで、国内のエネルギー生産を優先する。措置には、洋上風力発電のリースの一時停止、電気自動車の義務化の終了、米国のパリ気候協定からの離脱などが含まれる。
* 40 年ぶりの高インフレは過剰支出とエネルギー価格の高騰が原因であるとして、すべての行政部門および政府機関の長に「緊急価格緩和」を行うよう命じた。この措置には、住宅供給の拡大、医療費を増大させる管理費および利潤追求行為の排除、家電製品の価格上昇を招く要件の撤廃などが含まれる。「食品および燃料のコストを上昇させる有害で強制的な『気候』政策」を廃止する。
* カナダとメキシコの貿易政策を理由に、2月1日に両国に25%の関税を課すことを検討する。「私は米国の労働者と家族を守るために、直ちに貿易制度の改革に着手します。他国を豊かにするために国民に課税するのではなく、国民を豊かにするために外国に関税を課します」、「米国でビジネスを行うすべての人に一律関税を課します。なぜなら、彼らは米国にやって来て、私たちの富を盗み、雇用を盗み、企業を盗んでいるからです。彼らは米国企業に損害を与えています」外国の企業や国からすべての関税、税金、収入を徴収する外税庁を設立する計画を改めて表明した。米国のすべての輸入業者に10~20%の普遍的な関税を課し、米国に到着する中国製品には60~100%の関税を課すと。
* 国連機関である世界保健機関(WHO)から米国を脱退させる大統領令に署名。この命令は、WHOの世界的パンデミック条約に関する交渉も終了させる。2015年のパリ気候協定から米国を再び脱退させ、実質的には2017年の大統領令で世界協定から離脱することを再発表した。協定からの正式な脱退には1年かかるが、これは米国のエネルギー政策が世界の炭素排出目標を遵守しなくなることを示している。気候協定から離脱することで納税者は1兆ドル節約できると述べている。
* 国家エネルギー緊急事態 を宣言し、予想される多くのエネルギー関連の大統領令の第一弾として、アラスカの何百万エーカーもの土地を化石燃料開発に開放した。「我々は掘りまくる」とトランプ大統領は就任演説で熱烈な拍手を浴びながら誓い、米国は「地球上のどの国よりも大量の石油とガスのエネルギーを持っており、我々はそれを活用する」と述べた。非常事態宣言により、大統領は許可手続きを簡素化し、規制を緩和し、「パイプラインや送電網の拡張など、重要なインフラの構築に必要なすべてのリソースを活用する」ことができる。「我々は世界中にエネルギーを輸出する。我々は再び豊かな国になるだろう。そして、それを実現するのは我々の足元にある液体の金だ」と彼は語った。
* 新しい政府効率化局 (DOGE) を正式に制定。この大統領令は、米国デジタル サービスをホワイト ハウスを拠点とする米国 DOGE サービスとして再利用します。さらに、DOGE を管理する期間限定のサービス組織を作成します。すべての連邦機関で少なくとも 4 人の DOGE チームを義務付ける。
* 多様性、公平性、包摂性(DEI)プログラムの終了 この新しい命令は、人種、性別、ジェンダー、またはその他の不変の特性に基づくすべての連邦プログラムと優遇措
置を廃止する。また、行政管理予算局長と司法長官に、連邦政府における「違法なDEI や「多様性、公平性、包摂性、アクセシビリティ」(DEIA)の義務、政策、プログラム、優遇措置、活動を含む、あらゆる差別的プログラムを、どのような名称で呼ばれていようとも廃止するよう指示している」。
* ジェンダーに関する米国の新しい政策を作成する命令に署名した。「本日をもって、今後は米国政府の公式方針として、性別は男性と女性の2つだけとなる」とトランプ氏は就任演説で述べた。
* 2021年1月6日の国会議事堂襲撃に関与した個人に恩赦 2021年1月6日の国会議事堂襲撃事件に関連して逮捕されたほぼ全員に全面的な恩赦を与えた。1月6日の被告の多くは祝っている。その中にはQAnonシャーマンとしても知られるジェイク・アンジェリ・チャンズリーもいる。X(旧Twitter)で、チャンズリーは大文字で「弁護士から知らせを受けたばかり…恩赦が出た!トランプ大統領に感謝!!!今からマザファッキンの銃を買うよ!!!この国が大好き!!!アメリカに神のご加護を!」と投稿した。
<<「新しい金ぴか時代」>>
トランプ大統領の就任式には、テスラのCEO、イーロン・マスク、アマゾンの創業者ジェフ・ベゾス、メタのCEO、マーク・ザッカーバーグ、グーグルのCEO、サンダー・ピチャイ氏らが、「特等席」を与えられた。アマゾン、グーグル、メタはそれぞれ大統領就任基金に100万ドルを寄付し、世界一の富豪マスクは億万長者の大統領の2期目のホワイトハウス就任への支持に2億5000万ドル以上を費やした。アップルの億万長者CEOで就任式への寄付者でもあるティム・クックも月曜日の式典に出席した。この式典はウォール街の銀行、ハイテク大手、製薬業界団体、化石燃料会社、暗号通貨会社、その他の企業団体が資金を提供した。「ドナルド・トランプ氏の本日の就任式は、我が国の寡頭政治への転落の戴冠式である。億万長者と企業が数億ドルを費やして、別の億万長者(現大統領)の懐を肥やし、富裕層エリートのために、富裕層エリートによって統治される大統領制を導入するのだ」と、進歩派議員の選出に取り組む団体、ジャスティス・デモクラッツはトランプ氏の就任宣誓後に支持者への電子メールで述べている。
オックスファム・アメリカの経済・人種正義担当ディレクターのナビル・アーメド氏は、ザッカーバーグ氏、ベゾス氏、ピチャイ氏、マスク氏が就任式の壇上に並んで立っている写真を「新しい金ぴか時代を象徴する写真」と評し、トランプ大統領の就任式は「寡頭政治の勝利をこれまで以上に明確にしている。寡頭政治は偶発的なものではなく、私たちが目にしている政治や政策に内在するものだ」と付け加えた。
トランプ政権で最大の受益者となるであろう、イーロン・マスク氏は、キャピタル・ワン・アリーナで行われたドナルド・トランプ大統領就任式後の祝賀会でのスピーチ中に、「ジークハイル」に似た敬礼、ファシスト敬礼と思われる動作を行ったことで注目と批判にさらされている。「重要な選挙もあれば、そうでない選挙もある。だが、今回の選挙は本当に重要だった。実現させてくれたことに感謝したい」とマスク氏は言い、手を胸に当てて、ナチスが勝利集会で唱えた「ジークハイル」に似た敬礼をしたのである。「ジェスチャーがすべてを物語っている」:ドイツの新聞がイーロン・マスクの「ヒトラー敬礼」を非難している。
少なくとも13人の億万長者が政権に就く可能性があるトランプ氏の第2次政権は、大規模な規制緩和と富裕層と大企業への減税を新たに推進するとみられる。この減税は、メディケイド、連邦政府の栄養支援、その他の主要プログラムの削減によって部分的に賄われるとみられる。
「今日は、億万長者と企業の利益が支配する政権の始まりだ」と、税制公平を求めるアメリカ人連盟(ATF)の事務局長デビッド・カス氏は声明で述べた。
トランプ大統領を厳しく批判する右派の1人、現在83歳のワシントン・ポスト紙のベテランコラムニスト、ジョージ・ウィル氏は、トランプ大統領がホワイトハウスに戻った初日に掲載された痛烈なコラムで、ウィルは就任演説を歴史的にひどいと酷評した。 2度目の就任演説は、1度目(「窃盗」「破壊」「大虐殺」)を含む59回以上の演説よりもひどいものとして記憶されるだろう。その不適切さは驚くほどだった。今日、感情的に荒廃した強迫観念を持つ人の多くは、大統領就任式が来ては去っていくのを見て、絶望するか、陶酔するかのどちらかを経験している。どちらのグループも、政治に何を期待するのか、そしてなぜそうするのかを再考する必要がある。「『寡頭制』のような大げさな言葉が、テクノロジー業界の億万長者の就任式での騒動に対して飛び交っているが、それは彼らの評価を高くしすぎているのかもしれない。これらのハゲタカを引き付けるのは、トランプから漂う詐欺の臭いだ。」と手厳しい。
それほどまでに、政治的経済的危機が、トランプ氏に凝縮しているのだ、と言えよう。
(生駒 敬)