【投稿】米中「第1段階の合意」をめぐって 経済危機論(4)

<<「貿易戦争の終結に非常に近いところ」>>
10/11、トランプ米大統領は中国の劉鶴副首相が率いる中国側貿易交渉団をホワイトハウスに招待した席で、「中国との貿易交渉で実質的な第1段階の合意にいたった」とし「両国は貿易戦争の終結に非常に近いところにいる」と発表した。2日間にわたる高官級貿易交渉での「第1段階の合意」は、中国が米国産農産物を大量購入する一方、米国は10/15に予定されていた中国産製品に対する関税率引き上げを延期するというのが骨子である。また、中国の通貨を管理する方法に関する指針にも合意した、という。トランプ大統領は「近いうちに類例のない大規模な農産物輸出の道が開かれるはず」だとして、「農業関係者は土地とトラクターを購入して中国特需に備えなければいけないだろう」とまで述べている。トランプ大統領は「第1段階の合意案を作成するのに3週から5週ほどかかるとみられる」とし「準備できれば中国の習近平国家主席と私が首脳会談をして署名することになるだろう」と述べている。しかし同時にトランプ大統領は、例によって「今後数週間で破談になる可能性」にも言及している。10/15の報復関税実施を目前に控えた、とりあえずの、なんとも不安定極まりない合意ではある。
中国側は、「新たな中米閣僚級経済貿易協議が10日から11日にかけて米国ワシントンで行われた。双方は両国首脳の重要な共通認識をガイドラインとして、共に関心を抱く経済貿易問題について率直で効率的、建設的な議論を進めた。双方は農業や知的財産権の保護、為替相場、金融サービス、貿易協力の拡大、技術移転、紛争解決といった分野で協議し、実質的な進展を得た。双方はまた今後の協議日程についても討議し、最終的な合意に向けて共に努力することに同意した。」と発表している。
10/12付人民日報「鐘声」(国際評論)は、「経済貿易摩擦をしかけ、エスカレートさせても、貿易赤字を減らす助けにならないだけでなく、その悪影響は想像をはるかに超えたものになる。製造業からサービス業、消費などの分野へと拡散し、米国民が悲鳴を上げる状況に追い込まれ、米国の企業家が追加関税撤廃申請を数えきれないほど出していることが、それを物語っている。米側は中国への抑圧が結局のところ米国にどれだけの反作用をもたらしているかを考えてみるべきだ。」と述べ、さらに「米商務省が先ごろ発表したデータによると、米国の8月の商品・サービス貿易赤字は前月から1.6%増加した。そして米供給管理研究所(ISM)が今月初めに発表した調査データによると、9月の米国の製造業購買担当者景気指数(PMI)は大幅に低下し、2009年6月以来最低のレベルになっており、米国製造業の委縮が加速したことが分かる。米労働省の最新データによると、経済の不確実性と製造業委縮の影響を受け、米国の8月の新規就業者数は前月より1.7%減少し、昨年11月のピーク時の数から50万人減った。これらの状況は、他国を抑制し、圧力をかけ、国内の矛盾を国外に転嫁することでは、そもそも強い米国を維持できないことを物語るに十分だ。」と釘を刺している。
ともかくも泥沼の関税戦争突入を、たとえ一時的ではあれ停止させたことは、ただちにニューヨーク株式相場に反映し、ここ数か月大幅続落を繰り返し、10/2には530ドル超下げていたダウ工業株30種平均は、前日終値比で一時500ドル超の上昇で歓迎された。

<<「驚くべきペースで工場閉鎖」>>
中国側の指摘を待つまでもなく、10/1に発表された米供給管理研究所ISM(Institute for Supply Management)の米製造業景気指数は9月に47.8%に達し、2009年6月以来の最低値となり、2ヶ月連続の収縮を記録、輸出注文指数もわずか41%で、好不況の分かれ目となる50を3年ぶりに割り込んだばかりか、2009年3月以来の最低レベルを記録している。 市場では50台への復帰を見込んでいたが、アナリストの予測をはるかに超えるものであった。構成項目別に見ると生産(49.5→47.3)、雇用(47.4→46.3)、在庫(49.9→46.9)で悪化が明瞭となっている。コンテナの出荷率・コンテナレートは、業界が現在ピークシーズンにあるにもかかわらず、年初から34%も低下している。新規受注指数(8月:60.3→9月:53.7)も急落している。
さらに、10/3に発表されたアメリカの9月ISM非製造業景気指数も52.6と市場予想の中心(55.0)を下回り、市場予想の下限(53.8)にすら届かないものであった。非製造業への波及が始まったことは、関税戦争に象徴される海外経済(外需)の衰えだけではなく、国内経済(内需)にも陰りが出てきていることを明らかに示していると言えよう。当然、米国の小売業の破産と閉店のペースも急増している。食料品小売大手のクローガーkrogerは、数百人の従業員の解雇に踏み切り、今後も規模を拡大させるとしている。雇用削減は、7月には38%増加し、53,480人、8月は2009年以来のレイオフが発表されている。
「アメリカ全土の工場は驚くべきペースで閉鎖し始めている。」とも報じられている。米ルイジアナ州のジョン・ベル・エドワーズ知事は、同州に本拠を置く鉄鋼プラントの突然の停止を「関税の影響を受けた」ものとして非難声明を発表している。
こうした経済危機の進行は、多くのアナリストの予想より早いペースで進行しつつある。しかしそれは一律ではなく、不均等であるがために、「今までにない最高の経済」だと強弁してきたトランプ政権や、また多くの大手メディアが「世界経済は減速していてもアメリカ経済は堅調なので大丈夫」というムードを蔓延させ、危機の兆候の無視または軽視が横行してきたのである。
しかし今や無視、軽視できないまでに明らかになってきた経済危機の進行こそが、「貿易戦争はいいことだ 簡単に勝てる」と豪語し、強気一辺倒であったトランプ大統領が、「簡単に勝てる」どころか、足元の景気悪化の兆候を次々と突き付けられ、選挙がある来年11月までは何としても景気悪化を避けたい一念で、米中合意を急がせたものと言えよう。しかし、それも「今後数週間で破談になる可能性」を合意当日、合意発表の場で公然と発言するようではおぼつかないものである。破談になれば「土地とトラクターを購入」した農業関係者にどう言い訳するつもりなのであろうか。
米中「第1段階の合意」をめぐって、経済危機がさらに深化するのか、打開のきっかけをつかむのか、世界経済の今後の動向を大きく左右するだけに注視されなければならないであろう。いずれにしても、トランプ大統領の「強気なディール」は失敗に終わったのである。
(生駒 敬)

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