【本の紹介】「資本主義の終焉、その先の世界」
(水野和夫・榊原英資 共著 詩想社新書)
本書は、利子率の低下が歴史の転換点のメルクマールであるとの理論など、現代資本主義の分析をされている水野和夫氏と、元大蔵省財務官でアベノミクスに批判的な榊原英資氏が、それぞれの理論と対談を通じて、資本主義が終焉を迎えていることを明らかにしようとするものである。
第1章では、水野氏が、すでに成長が望めない現在の資本主義の転換点は、1971年からのゼロ金利時代が始まったこと。(不確定性の時代)、そして商品の生産消費から金融空間での資本増大路線へ転換したアメリカもリーマンショックで頓挫しゼロ金利に転換、現在ではヨーロッパ、そして日本も長期のゼロ金利となっていることは、すでに資本主義がその終焉を迎えつつある証左であるとの説を展開されている。
特に、私が着目するのは、アベノミクスと言われる経済政策が、「資本の成長を目指すもので、勤労者収入が低下し続けている」こと、そしてアベノミクスが失敗していることを明快に論じている以下の部分であろうか。
「資本の成長戦略としてのアベノミクス(本書P90) アベノミクスの成長戦略は、資本の成長を目指すものであって、雇用者報酬や一人当たり実質賃金を増やすものではありません。・・・・第1の矢で消費者物価を2年、すなわち2015年4月時点で2.0%の上昇にもっていき、実質GDP成長率を2.0%に引き上げ、名目GDP成長率年3.0%成長を達成することを目的にするものでした。
そこで、2年と9か月のアベノミクスのパフォーマンスを経済全体でみると、3本の矢はすべて失敗と評価せざるを得ません。不良債権が顕在化した1995年1-3月期から小泉政権が「骨太の方針」で成長戦略を打ち出す直前の2002年1-3月期の実質成長率が、年0.76%増だったのに対して、アベノミクスのそれは0.8%、金額にして年2000億円の増加にすぎないのです。1995-2002年の時期は不良債権に追われて、将来不安が非常に高い時期でした。その時期と比較してこの結果です。
一方、第2の矢である機動的な財政出動は、2014年4月に引き上げられた消費税の景気に対するマイナスを相殺するための政策です。しかし、結局消費税引き上げの直前の2014ね年1-3月期の実質GDP535.0兆円から2015年7-9月期には529.0兆円と減少しているのです。その間、国債残高は743.9兆円(2013年3月末)から、807兆円(2016年3月末見込み)へと63.2兆円も増加しています。第2の矢も失敗です。ところが、アベノミクスも誰の視点でみるかによって評価が180度変わってくるのです。資本家にとっては大変大満足な結果となり、働く人には悲惨な結果となっています。資本家にとって大事なのは企業業績と株価です。この間企業業績は営業利益(資本金1億円超の大企業)でみると、年率15.8%増で、1995-2002年の間の3.6%増益と比べると大幅増益となっています。」
一人当たり実質賃金も、1997年をピークにして、2015年まで一貫して低下し続けていること。それに比べて企業収益は伸び続け、「資本の成長」が続いていることも明らかにされる。派遣労働の解禁、非正規労働の増加を推し進め、中間層の縮小を伴って、資本の成長・企業収益の巨大化と格差の拡大が進んでいる。日本をはじめ、アメリカ、欧州でも格差の拡大が進んでいる。
本書のもう一つのテーマが、長期に渡るゼロ金利、ゼロ成長状態が示す現代資本主義の行き詰まりにどう対応するべきかということであろう。「より速く、より遠くに、より合理的に」という近代の行動原理には、資本主義が永遠に成長し続けることが前提となる。しかし、この行動原理が機能不全に陥っているにも関わらず、この行動原理を継続しようとするから、「資本国家」にならざるをえないという。その前提が壊れているとすれば、新たな行動原理が必要になる。著者らは「よりゆっくりに、より近く、より寛容に」であると語る。
「成長戦略」なる言葉が、現代資本主義で意味するものは、資本の成長であって、勤労者の収入には結びつかない。特に日本では人口減少に転換し、労働力人口の減少・消費の減退が続く。国民は、未だに「成長戦略」に淡い期待を持っているが、新たな価値観とシステムが必要になっていることを、本書は明らかにしている。(2016-01-19佐野)
【出典】 アサート No.458 2016年1月23日