【投稿】官僚支配と「密約」の闇

【投稿】官僚支配と「密約」の闇
                              福井 杉本達也 

1 対米関係の正当性を揺るがす「密約」の公開
 対米密約について2010年3月9日、岡田外相(当時)の有識者委員会(座長:北岡伸一氏)報告書で一部が明らかとなってきた。その中身は①核搭載艦船の一時寄港・領海通過 ②朝鮮半島有事の際の米軍による在日米軍基地の自由使用 ③緊急事態の際の沖縄への核再持ち込み ④沖縄返還の原状回復費の肩代わり であるとし、このうち③は密約ではないとし、④は文書が存在しないとした。その後も12月22日、今年2月18日にも1972年の沖縄返還をめぐる外交文書が公開されるなど新たな展開がみられる。しかし、その全容が明らかになったとは言えない。当初より外務・防衛官僚はこの問題に消極的だが、マスコミも同様である。「今回の調査には秘密主義に陥りがちな外交を抑止する効果がある」(日経社説:2010.3.10)、「何十年にもわたって国民を欺き続ける。あってはならない歴史に、ようやく大きな区切りがついた」(朝日社説:3.10)など、マスコミは密約を「過去の問題」にしようとしているが、密約は決して過去の問題ではない。戦後連綿と続く密約の存在が現在の日本の政治状況を縛っている。外務省は30年以上経った文書は原則自動公開するというが、時の『最高権力者』であるべき首相にさえ知らせず密約を積み重ねてきた当事者のいうことを信じることはできない。マスコミが密約の追究に消極的なのは現在の対米関係の正統性と日本政府の正統性を根本から揺らがせることになるからに他ならない。

2 沖縄地元紙への鳩山発言こそ正直・非難する者は米国の手先
 鳩山元首相は沖縄の地元紙の共同取材に対し「本当は私と一緒に移設問題を考えるべき防衛省、外務省が、実は米国との間のベース(県内移設)を大事にしたかった。…防衛省も外務省も沖縄の米軍基地に対する存在の当然視があり、数十年の彼らの発想の中で、かなり凝り固まっている。…その発想に閣僚の考えが閉じ込められ、県外の主張は私を含め数人にとどまってしまった…海兵隊自身が(沖縄に)存在することが戦争の抑止になると、直接そういうわけではないと思う。海兵隊が欠けると、(陸海空軍の)全てが連関している中で米軍自身が十分な機能を果たせないという意味で抑止力という話になる。海兵隊自身の抑止力はどうかという話になると、抑止力でないと皆さん思われる。私もそうだと理解する。それを方便と言われれば方便だが。広い意味での抑止力という言葉は使えるなと思った」(琉球新報:2.13)と答えた。このインタビューに対し「無責任きわまる発言」(毎日社説:2.16)、「『方便』とは驚きあきれる」(朝日社説:2.16)、「抑止力は『方便』国益損なう無責任な鳩山発言」(読売:2.17)、「放置できぬ鳩山氏『方便』発言」(日経:2.18)とマスコミ各紙は誰かに情報統制されているかのように揃って批判する。また、西岡参議院議長、自民党石原幹事長も「沖縄県民も米国も怒っていると思う」(日経:2.16)と各方面から袋叩きである。
 しかし、鳩山元首相の発言はこのような袋叩きにあうような中身であろうか。防衛・外務官僚が米国を向いて仕事をしていることは戦後60数年間の事実であり、北澤・岡田両氏もその発想に取り込められ、情報は米側に筒抜けとなり鳩山氏が孤立してしまったのである。また、わずか16000人の海兵隊の駐留が「抑止力」ではないことは常識である。辺野古への回帰をひっくり返されること、何としても米国の言う事を聞かねばならないと考える官僚・買弁政治家にとって都合が悪いからである。2008年・福田氏は「私は自分自身のことは客観的に見ることができるんです。あなたとは違うんです」と言って対米関係をオブラートに包んで首相を辞めさせられたが、鳩山氏の方がより具体的かつ正直である。宜野湾市の安里猛市長は「抑止力そのものを前首相が否定されたこと自体、新たな基地が沖縄につくれないということだ。(基地建設の)理由がなくなったことからすると良かった」と、発言を評価している(読売:2.17)。

3 外交・防衛を米国に譲渡した「恥」を隠すための「密約」
 「密約に見られる日米関係と吉田ドクトリン」(『葦牙』No36 2010.7)でジグラー・ポールが密約を分析している。吉田茂元首相の下で「日本は本質的に外交政策と国防政策に関する任務を米国に譲渡した」(CRS米議会報告書 2009.7.23)という文書(=いわゆる「吉田ドクトリン」)を発見している。外交と国防を譲渡した国家は独立国家ではない。吉田政権の時代から連綿と現在まで、米国は日本を属国と見なしている。ティム・ワイナーの「Legacy of Ashes, The History of the CIA ,Anchor Books」(日本語訳『CIA秘録』)では、岸信介元首相がビル・ハチンソンCIA情報担当との会合で「日本の外交政策を米国の希望に添うように書き換えると約束した。…岸が要求するのは米政府の秘密裏の支援であった。…自民党の国会議員をCIAにリクルートされることやコントロールされることを党首として岸が許した」とするCIA文書の暴露によって「自民党にとっては大変恥ずかしい形で明確になった。如何に日米両政府が日本国民、沖縄県民を欺いていたのかが、痛い程分かるようになった。…戦後の日本の外交政策と国防政策に関連する任務を米政府に吉田茂が譲渡した。それ以降、岸信介や佐藤栄作の暗躍があって『密約』でもって奇妙な日米関係を築き、日本人を騙し続けてきた。そうした経過のなかで、日本の政治家は、米政府に対しての精神的な依存症にかかったのではないか」(ポール:同上)と指摘している。さらに付け加えれば、今日なお自民党の政治家の多くが「大変恥ずかしい形で明確になった」日本人として「恥」を「恥」とも思わない感覚に陥ってしまっていることである。
 対米密約の基本は「有事の際の米軍による在日米軍基地の自由使用」にある。さらには日本国全土を自由使用させることにある。世界のどこに基地をタダで自由使用させ、米軍人の国内での犯罪を免除し、おまけに膨大な維持費まで差し出している国があろうか。これは米国による占領・植民地そのものである。「思いやり予算」と称する米軍への日本の直接支援の額は、32億2843万ドル、「同盟国」全体の41億4335万ドルの79.9%にあたる。北朝鮮と直接対峙する2位の韓国でさえ4億8661万ドル(11.7%)、反政府デモが活発となってきた米海軍第五艦隊(4200人)が駐留し、対イランの最前線で国土の1/4が米軍基地という8位のバーレーンはさらに1桁違う820万ドル(0.2%)にすぎない。鳩山氏をパッシングする朝日・読売・毎日・日経といった大手マスコミも日本人としての「恥」を知るべきである。
 加藤哲郎早稲田大学教授は米国の情報公開法制にもとづいて米国所蔵日本戦犯資料を調査しているが、それでも「すべてが機密解除されたわけではない。とりわけ戦後日本の国家体制の根幹や、今日の日米同盟の起源に関わる重要資料は、なお残されていると考えざるをえない。…昭和天皇裕仁や岸信介のCIA個人ファイルの欠落に典型的なように、すべてが公開されているわけではない。」(加藤哲郎:「戦後米国の情報戦と60年安保–ウィロビーから岸信介まで」『年報 日本現代史』第15号2010.6)と指摘するように、必ずしも全貌が明らかとなっているわけではない。安保条約制定時に昭和天皇が当時の吉田茂政権とは別のルートでの二重外交を行い、「日本の安全保障にとって米軍が引き続き駐留することは絶対に必要なものと確信している」(ロバート・マーフィー駐日大使メモ・1953.4)として「国体護持」=天皇制の死守と引き換えに日本の国防・外交と沖縄を米国に売り渡したとする仮説が濃厚である(豊下楢彦:『昭和天皇・マッカーサー会見』岩波現代文庫)。

5 歴代の密約の当事者を徹底的に炙り出せ
 故若泉敬京都産大教授は沖縄返還交渉において、佐藤栄作首相の密使として沖縄返還の核密約交渉にかかわる重要な役割を果たした。その後、著書『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』(文藝春秋)において交渉過程を公表し、沖縄県民に謝罪し、1997年「歴史に対して負っている私の重い『結果責任』を取る」として服毒自殺している。
宇沢弘文東大名誉教授は「この際、最小限望みたいのはまず、歴代の自民党政権がパックス・アメリカーナの完全な傀儡となって、平和憲法の志を踏みにじり、日本の歴史、自然、社会、そして人間を崩してきた全過程を詳細に調査して、国民の前に開示することである。そのとき、歴代の自民党政権の指導的立場にあった政治家たちの果たした役割を明らかにし、その社会的責任を徹底的に追及することが、いま日本の置かれている悲惨な、望みのない状況を超克するためにもっとも肝要なことである。」(『普天間基地問題から何が見えてきたか』岩波書店・2010.12.10)と述べているが、その為には、岡田前外相がごまかし、菅内閣で棚上げした密約を掘り下げ、当時誰が責任者だったのか、誰が書類を廃棄したのかを含め徹底的に追及することである。 

 【出典】 アサート No.399 2011年2月26日

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