【投稿】労働規制破壊=労働時間規制撤廃に対抗して
<労働時間規制改悪の動き>
昨年来より「ホワイトカラー・エグゼプション」や労働者派遣法改正の動きが07春闘を前に急ピッチになってきた。安倍首相を議長とする経済財政諮問会議は、労働者の派遣期間制限の撤廃やすべての労働者に適用される共通ルールの新設など「多様な働き方」を可能にする『労働ビッグバン』の実現に向けて動き出した。また厚労相の諮問機関である労働政策審議会は、経済財政諮問会議に沿った内容で昨年12月27日に最終報告を出した。
そもそも日本経団連が2005年に発表した「ホワイトカラー・エグゼプションに関する提言」は、何度か手直しされてきた労働基準法の改正が規制緩和の方向でなされたが、いまだ不十分だとして、①労働者派遣法で定められている「一定期間を経た派遣労働者」を受け入れ企業が直接雇用する義務の撤廃、②一定の要件に該当するホワイトカラー労働者に、労働基準法に定められている労働時間規制を適用させず、時間外労働賃金を不要にするという「ホワイトカラー・エグゼプション」の導入をはかろうとするものである。もっともこうした動きに対する世論の動きや労働側の強い反発と、川崎前厚労相など与党内部からの慎重論をけん制するものとして、ホワイトカラーに該当する労働者の年収制限を「年収400万円程度以上」から大幅に増額し「800~900万円程度以上」にするなど、議論は紆余曲折したが、「日本版ホワイトカラー・エグゼプション」は、対象労働者を①労働時間では成果を適切に評価できない業務に従事する者、②業務上の重要な権限および責任を相当程度伴う地位にある者、③業務遂行の手段および時間配分の決定などについて使用者が具体的な指示をしない者、④年収が相当程度高い(下限を800~900万円程度)者という条件を決めた最終報告案を決定・調整し、導入の是非を審議中としている。また厚労省は長時間労働の是正策を挙げ、時間外労働賃金の割増率を1ヶ月の時間外労働に応じて三段階に分ける新制度を導入する方針を発表した。
労働時間規制除外労働者の年収の下限を発表されたように実施されれば、確かに対象労働者は全雇用者の5%程度と圧縮される(年収400万円下限では対象者は全雇用者の四割、およそ2000万人)が、労働側は限りない労働強化につながるとして、さらに下限年収を将来引き下げることが予想されることから強く反対しているのは当然だろう。事実、サービス残業を告発する法的根拠が失われると予想されるため、厚労省の労働基準監督官の60%が「ホワイトカラー・エグゼプション」の導入に反対している(全労働調査「東洋経済」2007年1月13日号より)。
<労働時間は減ったのか>
厚労省「毎月勤労統計調査」をみると、1950年以降、総労働実労働時間は改善されてきているようにみえる。ここ数年の「1労働者1人平均年間総実労働時間の推移」(暦年)をみても、総労働時間では1990年2052時間、1995年1909時間、2000年1859時間、2001年1848時間、2002年1837時間、2003年1846時間、2004年1840時間、2005年1829時間と減少してきた。所定外労働時間でも1990年186時間、2000年139時間、2005年149時間とバブル崩壊後の数年間よりやや上昇気味ながら、1997年の150時間を越えていない。こうした傾向は企業規模別でみても大きな違いはみられないようだ。「週休2日制等の普及率の推移」でも「完全週休2日制適用労働者数の割合」は「同企業数の割合」と同様にそれぞれ56%~60%程度、88%~91%程度とやや上昇傾向もみられ、ここ6~7年大きな変化はない。しかし、「働きすぎの時代」(岩波新書、森岡孝二著)によると、平均化するとみえてこない実態があるようだ。同書によると、パート・派遣労働など非正規労働者が大きく増大し、正規労働者と非正規労働者に二極分化した現在では、労働時間も二極分化の傾向が強くなってきている。同書によると、1993年から2003年までの10年間の動きをみると、非正規労働者の比率はこの10年間で21%から33%へ増大しているなかで、週35時間未満の就業者(主に女性)は男女計で929万人(18%)から1259万人(24%)へ増大した。同時に、週60時間以上の就業者(主に男性)も540万人(13%)から638万人(16%)に増大した。つまり短時間労働者も長時間労働者もともに増加し、「労働時間の性別分化をともなった二極分化」が進行したというのだ。
こうした実態は、「連合の2006生活アンケート調査」にあるように、労働者の生活のさまざまな断面にみてとれる。たとえば、「1日の労働関連時間」は「12~13時間未満」がもっとも多い21.3%(総計、以下同じ)となっており、つづいて「11~12時間未満」が20.5%、「10から11時間未満」16.9%、「13~14時間未満」16.3%となり、「出勤日の平均的な帰宅時間」では「19時台」23.1%、「18時台」21.9%、「20時台」19.4%、また「1週間のうち家族と一緒に夕食をとっている回数」では、「週2回くらい」20.8%、「週3回くらい」16.3%、「週4回くらい」12.3%となっているが、男女別にみると、男性ではそれぞれより厳しい結果がみてとれる。さらに「同調査」の「仕事と生活のバランス」の質問では「自分の生活時間を増やしたい」が総計で62.1%と「仕事を増やしたい」3.7%を大きくうわまっている。
<労働者の賃金は増えたのか>
「格差拡大」、「ワーキングプア」という言葉を毎日のように目にするが、全雇用者の3割を越える1600万人といわれる非正規労働者の年収は200万円前後であり、その悲惨さはさまざまなマスメディアによってつたえらえている。この年収レベルは明らかに正規労働者との格差はある。では正規労働者の賃金はどうなっているのか。
厚労省の「賃金構造基本調査」から男性・高卒・常用労働者(企業規模10人以上)の所定内賃金を年齢別にみると、「中位数」で1995年から2005年の比較で18-19歳をのぞきすべての年齢層で減っている。これは大卒・女性をみてもほぼ同様である。正社員全体での賃金低下が続いているのだ。さらに、1990年代半ばには若干縮小した企業規模間格差も、1995年以降は拡大傾向を続けている(07連合白書より)。
一方、非正規労働者も時間給は現在およそ850円、年間2000時間労働でも年収約170万円と、今後も大幅に増える見通しはない。所得を増やすためには正規・非正規問わず労働時間を増やすしか方法はないのだが、一定の時間を越えて労働することは不可能だ。結果は、健康破壊であり、過労死であり、たとえ可能であっても、賃金が支払われないサービス残業となる。
財界は利益追求を果てしない「国際競争力の向上」と「ワークライフバランスの実現」を掲げて、ほんのわずかな基幹労働力と他の多くの非正規労働でなしとげようとしているのだろう。結果は労働者の低賃金化=貧困化と過労しか残されていない。
<賃金の底上げと規制の強化こそ必要>
07春闘はスタートしているが、各産別ではすでに1000円から2000円程度の賃上げ要求を出している。「連合」は最大のテーマを「『格差拡大』の流れを反転させること」としている。つづけて「月例賃金を重視した『賃金改善』に取り組む」「規模間格差の是正」「パートタイム労働者等の待遇改善」「賃金構造を底上げする運動」「仕事と生活の調和をめざし、働き方の見直し」を掲げている。どれも「正しい」要求である。
しかし、ではどうしたら実現できるかが問題である。20%を割った労働組合組織率、賃上げすらままならない運動状況に、圧倒的多数の未組織労働者は不満を抱え続けている。連合に例をとれば(連合に限らないが)、企業別(本工)労働組合運動を続けてきた結果、企業内での組合組織率すらも低下し、同一職場に関連の他企業やパートや派遣の未組織労働者が半数を超えていることもあるという。また、関連企業の労働組合が元請企業の賃上げを超える水準を出そうとなった場合に元請企業の労組がヨコヤリを入れるという事態すらあったこともある。職場に存在するすべての労働者の賃金の底上げと要求の実現を通して、労働組合運動の復権が期待できるのである。パートや季節労働者の処遇を引き上げることなく、「本工労働者だけの労働運動」の結果が今日の事態を招いているのであれば、ナショナルセンターは一刻も早く全労働者の労働運動を提起し、企業毎に分裂する労働組合も、職場ごとに統一しなければ、本格的な「反転」はありえないのではないだろうか。そういう意味では、格差が拡大したとはいえ、全労働者の賃金が低下し、労働時間規制の除外という全労働者的課題を突きつけられている今日こそ全労働者的運動を展開する労組復権・労働運動再生の最大のチャンスと思えてならない。(立花 豊 東京)
【出典】 アサート No.350 2007年1月20日