『詩』 旅人へ
大木 透
赤のトレードマークを
隠そうともせず
モーゼはラテンアメリカを往く
逃亡者の身なりでもなく
探検家の衣装も纏っていない
ラテンのリズムに足を踏み
海辺に寝そべっていても
思い出すのは国のことばかり
そう書く新開もある
黙示禄を残したのだから
もう気楽なものだと
言う者もいる
その昔
兵法を愛した変わり者が
あなたの国からそこへ逃れてきた
男はインデイオの娘と戯れていても
地酒に酔いしれていても
インターナショナルばかり歌っていた
あなたはその地で
ひとときでも
この気短かで
頭のいい男の
心根を想ったことがあるか
嫌なら思い出さなくてもいい
あなたの脳天を割る力は
あなたの国にはない
あなたの国には
あなたの言葉を待つ者もいないが
あなたを殺そうと思う
ゆとりもない
あなたは
あなたのままで
旅にでた
あなたの国では
ニコラエビッチ某が
すっかりあなたを凌いでしまった
偉ぶって見せることも
ストリーキングすることも
御身大切で重臣を裏切ることも
もうあなたは
気にも止めないかも知れないが
人民代議員大会とやらは
「朕は国家なり」とも参らず
ゴロゴロと石が転がり
角が取れるように
丸く納まり
まずはめでたしとなった
俺は
今 静かに
世間様に迷惑をかけぬよう
気をつけて
生きている
だから
もう世間騒がせは
御免こうむる
実際
八月クーデターの起訴状に
あなたの名がないのを聞いて
ほっとしているところだ
子供らに
難題を残すのも
親心というものだ
(1992.12.9)
【出典】 青年の旗 No.183 1993年1月15日