<<低所得コミュニティへの支援>>
3/11、バイデン米大統領は1兆9000億ドル(約206兆円)規模のアメリカ救済計画(ARP :The American Rescue Plan)に署名し、バイデン政権発足後初の大規模経済対策の成立により、3/13から順次、多くの個人や企業、州や地方政府に援助資金が行き渡ることを明らかにした。
このARP法案は、当初、下院で可決されていた法案から、共和党側からのより小規模、より対象を絞ったものにする要求に応じ、1時間当たりの最低賃金を15ドルに引き上げる規定を削除、個人への2000ドル支援を1400ドルに引き下げるなどの修正に民主党が譲歩、3/6、上院で、賛成50、反対49の僅差で可決され、その修正法案を下院が3/10に賛成220、反対211で可決、成立し、大統領に送付されていたものである。最賃15ドル規定の削除は、民主党内、上院議員7人がこの規定に反対・拒否した結果でもあった。
バイデン氏は、共和党に対し超党派の支持を訴え、「パンデミックおよび経済危機からの回復と再建を支援する真のパートナー」になることを呼びかけていたのであるが、上下両院とも共和党議員は誰1人も賛成票を投じなかったのである。
バイデン氏は署名にあたり、この法案は、国民の大多数が「強く支持している」と強調。事実それは、米調査機関ピュー・リサーチ・センターが3月に行った世論調査でも、アメリカの成人の70%が支持し、そのうち41%が共和党であったという事実にも示されている。
民主党左派で大統領選予備選を闘った上院予算委員会のバーニー・サンダース議員は、上院投票後の声明の中で、この法案は「この国の近代史において働く家族に利益をもたらす最も重要な法律」であり、「アメリカの人々は傷ついている。そしてこの包括的な計画は、私たちが直面している無数の危機に対処するのに大いに役立つ」と評価し、「このパッケージは、とりわけ、直接支払いを1,400ドル増やし、失業給付を拡大し、子供の貧困を半分に減らし、できるだけ多くの人々にワクチンを接種し、安全に学校を再開する道を開く」ものであり、さらに400億ドルのチャイルドケア、児童税額控除の拡大、数百億ドルの緊急住宅援助、州および地方政府への援助の3,500億ドル、地域ワクチンセンターの立ち上げのための資金、およびメディケイドホーム、チャイルドケアセンターへの資金の増加」など、ケアプログラムのインフラベースを大幅に改善・前進させるものであることを強調している。
まず、3/13以降、年間所得が個人で8万ドル(約857万円)、カップルで16万ドル未満の世帯に、子どもも含めて1人当たり1400ドル、総額4000億ドルの現金の直接支給が順次実行される。これだけでも、最貧層の20%の収入が平均33%増加し、最貧層の60%は平均11%の収入増加が見込まれ、子どもの貧困を半分に削減することが見込まれている。さらに、先住民コミュニティは、312億ドルの援助を受け、アフリカ系アメリカ人の農民に対して1世紀にわたる差別と処分に対する50億ドルの補償金が支払われる。こうした低所得コミュニティへの支援は、これまでの歴代政権にはなかった歴史的な投資と言えよう。
<<欠点・弱点・後退>>
総じて、こうしたARP法が推し進めるバイデン政権の政策転換は、前トランプ政権の大企業・富裕層減税、社会保障切り捨て・緊縮政策とは、明確に対をなすものである。パンデミック危機と経済危機からの回復と再建という最大の課題、社会的政治的圧力の増大、ブラックライブズマター運動をはじめ広範な民衆運動の台頭・展開が、たとえ大独占資本や金融資本の利益を代表する党であっても、もはや新自由主義政策から脱却せざるを得ない、政策転換を可能とさせたものである。その意味では、歴史的な分岐点を指し示すものと言えよう。アメリカのみならず全世界に及ぼすその政治的・経済的・社会的影響も、無視しえないものとなろう。
しかし問題は、 ARPの救済支援はあくまでも一時的であり、多くは今年の年末には期限切れとなるもので、構造的改革ではなく、継続的改革でもないという、最大の欠陥を内包していることである。それはバイデン政権、民主党主流派の明らかな限界でもある。
それは、ARP法には、独占資本・金融資本の横暴・覇権を規制する政策は一切なく、富裕層への累進課税を適用し、所得再分配政策によって格差拡大を防止し、構造的な不平等を変える政策は一切提起されてはいないことにも象徴的である。支配階級にとっては、事態は従前どおりということでもある。
とりわけARP法から削除された15ドルの最低賃金は、すでに一部大企業でも先行実施され、大きく反対されていなかったにもかかわらず、バイデン政権側から早々に取り下げたことは、全労働者の約半分(47%)が15ドル未満の状態にあることを放置し、継続的で根本的な改革に前進することを決定的に妨げるものであると言えよう。ウォールストリートのモルガンスタンレーの新しいレポートでさえ、15ドルの最低賃金は何百万人もの人々を貧困から救うだろうと言い、「雇用への影響は最小限であるが、低所得者と数百万人の実質賃金を貧困から引き上げることによる社会的利益は相当なものになることは明らかだ」と報告書は述べているのである。
さらに問題なのは、このパンデミック危機のさなかにあくまでも国民皆保険としてのメディケアフォーオールを拒否し、営利金融保険資本に数百億ドルを提供し、民間保険会社の力を強化する方向に踏み出したことである。2022年まで通称オバマケア・Affordable Care Act(ACA)市場で提供される保険プランへの補助金を増やして拡大し、短期的にはACA登録者を大きく支援はするが、保険業界ロビイストの要求に基づき、メディケイドの人々の10倍の自己負担費用を認め、公的医療保険制度から大きく後退する道へと迷い込んでしてしまったのである。
ARP法の成立と実行は、これまでの新自由主義・自由競争原理主義路線・社会保障切り捨て・緊縮路線からの脱却という転換点に位置するものではあるが、現実と時代の要請にこたえるニューディールにはまだまだ程遠いものである、と言えよう。
(生駒 敬)