【投稿】福島第一原発事故から10年・原発再稼働と「エネルギー基本計画」の改定
福井 杉本達也
1 これは「復興」ですか?
3月11日、東日本大震災から10年を迎える。テレビ・新聞では各局・各社が大震災10年特集を組んでいる。福島第一原発事故はあたかも過去のことであるかのように「復興」を強調している。しかし、現実は厳しい。「復興」の象徴のひとつとして放射線量の高い避難解除困難区域を縦断するように走る常磐線を無理やり全線開通させた。烏賀陽弘道⽒の報告によると、常磐線の洗⾞場・勝⽥⾞両センター(茨城・ひたちなか市)で0.28uSv/hを記録したという。周辺は0.04uSv/hと通常レベルで、明らかに洗⾞場が汚染されている。福島第一の汚染区域から放射能を一緒に運んできている。2⽉22⽇には福島県新地町の沖合8.8キロ、⽔深24メート ルの漁場で採れたクロソイから基準の5倍の放射性セシウムが検出された。2⽉13⽇夜、福島県沖を震源とする最⼤震度6強の地震が起きた。東京電⼒は22⽇になって福島第⼀原発3号機原⼦炉建屋内に設置した地震計2台がいずれも故障していたにもかかわらず、半年以上放置されたままで地震データの記録がなされていないことをこっそり発表した。53基の汚染水タンクが最大53センチもずれた。19⽇には東京電⼒は福島第⼀原発1号機と3号機において原⼦炉格納容器内の⽔位が30センチ以上低下し、今もその状況が続いている=燃料棒などが溶けて固まったデブリが水面に顔を出す危険な状態であることを発表した(おしどりマコ調査)。2月13日の地震より少し大きい地震が襲ったら放射能デブリもろとも建物が崩壊してもおかしくない状況が続いている。原子力規制委は1月26日、2,3号機の原子炉格納容器の上蓋(シールドプラグ)内に7京ベクレル(事故直後1~3号機の放射性物質70京ベクレルの1/10)という途方もない放射性物質(主に放射性セシウム)が残っていると発表した(日経:2021.1.27)。格納容器内の放射性デブリを取り出すには上蓋を外さなければならない。しかし、そのような場所では作業員は大量の放射線を浴び即死である。ようするに、規制委は事実上デブリの回収はできないと今頃になって認めたのである。
2 放射能汚染水を海洋に大量放出しようとする犯罪国家
3月6日に福島県南相馬市を視察した菅義偉首相は、「復興は、国がしっかり責任をもって取り組んでいきたい」とし、すぐ後に、福島第一原発のタンク1000基・124万トンの汚染水の海洋放出について「いつまでも決定せず、先送りはすべきではない。適切な時期に処分方針を決定したい」(福井:2021.3.7)と語った。しかし、紙面の扱いは他の震災特集記事と比べると極めて控えめなものであった。相馬双葉漁協の組合員は「海洋放出されたらもう立ち直れない。絶対反対の立場を貫きたい」(福井:2020.12.23 野田勉記者取材)と取材に答えていたが、菅首相の原発被災住民の生活など微塵も顧みることのない鉄仮面の冷酷さだけが伝わる。
3 高浜1,2号・美浜3号の40年超の老朽原発再稼働を目論む福井県知事
福井県の杉本知事は、これまで使用済み核燃料の中間貯蔵施設の県外候補地の提示を高浜1・2号、美浜3号機という稼働から40年超の原発再稼働是非の「議論の前提」としてきたが、2月12日、関電の森本社長から青森県むつ市にある中間貯蔵施設の電力各社で共用する案を提示されたことを受け、「覚悟を示された。議論の前提はクリアされた」と述べ、再稼働の県としての同意について県議会で議論を促すとした(日経:2021.2.13)。寝耳に水の共用案を持ち出されたむつ市は反発しているが一考もしていない。さらに福井県知事は県議会の途中、前のめりに「本来、中間貯蔵施設と40年超原発の問題は別々の事柄」とし、「中間貯蔵施設が前提という話と、40年超原発再稼働の議論がごちゃごちゃになっていた」とし、「再稼働の議論」に絞って県議会の議論をして欲しいと述べた(福井:2021.2.27)。誰がいったい中間貯蔵施設が40年超原発再稼働是非の「議論の前提」だとこれまで言ってきたのか。全く支離滅裂もいいところである。知事が当初の自説をあっさり下ろし、さらに踏み込んで議会に要請するなど、40年超原発の再稼働の早期の同意を打ち出してきた背景には国からの強い圧力があることは間違いない。しかし、再稼働を計画する美浜3号機は2004年8月に死者5名・負傷者6名を出した直径55cm、肉厚10mmの配管大口径二次系配管破談事故を起こしている。そのような大事故を起こしたような原発を40年を超えて稼働するなどと言うのは論外である。栗田幸雄元知事が打ち出した、県外への使用済み核燃料の搬出が関電の再稼働の足カセとなっていることは間違いない。かつて、西川一誠前知事は、原発の再稼働と北陸新幹線の敦賀延伸を取引材料としたことも大問題であるが、何の主体的考えも持たず、国の言いなりに再稼働の同意へと突き進む杉本知事の態度はさらに問題である。県民の生命・財産を守るという地方自治体の首長としての矜持の欠片もない。
4 「脱炭素」という詐欺
菅首相は2050年に「脱炭素」を宣言、国会答弁で「原子力を合めあらゆる選択肢を追求」するとした(日経:2020.11.17)。新聞紙上は毎日のように「脱炭素」の記事で埋め尽くされている。「CO2大気から直接回収」、「アンモニアを火力燃料に」、「水素争奪戦に備えを」、「CO2からコンクリート」、「高炉CO2排出2割削減」…と賑やかしい限りではある。しかし、財界からは別の本音も聞こえる。日経の申し訳程度の扱いの記事で、政府が調整中の2030年代半ばに全ての新車を脱ガソリン車とする目標に対し、トヨタの豊田社長は「国のエネルギー政策に手を打たないと自動車業界のビジネスモデルが崩壊する」との懸念を表明した。これに対し、加藤官房長官は目標を達成するため「技術革新を通じて課題を克服したい」、「自動車の電動化が不可欠だ」と反論した(日経:2020.12.19)。「脱ガソリン」とは、石油エネルギーで走っていた車を他のエネルギーに代替するということである。市川眞一氏の計算では、ガソリン車からEV代替時の必要電力量を『自動車燃料消費量調査』で算出すると、1,434億kWhとなるという。2019年度における国内の総発電量は1兆278億kWhであり、その14%を占める。EVの充電は「 家庭や事業所でのバッテリーへの充電は夜間に集中する…EVの充電が集中する場合、ベースロー ドの頑健性を問われる…火力が使えないなかで、十分な夜間ベースロードを確保するに は、再生可能エネルギーなら洋上を含めた風力、そして原子力の活用が必要だ。…その現実的な解が原子力であり、EVとは最も親和性の高い電源」だと結論づける(市川眞一「EV化を目指すなら原子力の利用は不可避」『原子力産業新聞』2021.2.3)。
二酸化炭素・温暖化主犯説に対し、鎌田浩毅京大教授は大気中の二酸化炭素濃度は、マントルや火山活動・化学的風化作用やプレートの沈み込み・生物の光合成による有機炭素など「地球内部での炭素の循環や、大気と海洋の間での炭素のやりとりなど、複雑な相互作用によって決まっている…地球システム全体で見れば、炭素(C)の循環による影響の方がはるかに大きい。炭素は長い時間をかけて状態を変えながら地球を循環」しているとする。(『エコノミスト』2020.12.15)。無理やり石炭やLNG火力発電の停止、脱ガソリン車=EV化を目指そうとする背景には原発再稼働の意図を感ぜざるを得ない。
5 支離滅裂の「エネルギー基本計画」の改定
2月24日に開催された「資源エネルギー調査会(経済産業相の諮問機関)の分科会では、脱炭素社会の実現に向けて二酸化炭素(C02)をほぼ排出しない原子力発電所の新増設方針を明確にし、再稼働の推進へ国が前面に立つよう求める声が上がった」(日経:2021.2.25)。日商の三村会頭は「安全性を確保した上での原発は欠かせない」と明言。新増設や早期再稼働に向けて「国が前面に立って原発政策を前進させることを強く期待する」とし電力会社や自治体まかせにしないよう求めた(日経:同上)。新増設ができなければ36基(建設中含む)の設備は2060年に40年運転の場合で3基、60年への運転延長が認められた場合でも8基になってしまう(日経:同上)。エネルギー基本計画は3年に1回見直される。「2018年7月に閣議決定された現在の計画は、再生エネの発電割合を22~24%程度、原発を20~22%程度とする従来目標を維持した。」しかし、2018年度実績は火力が77%、再生エネが17%、原発はわずか6%だった(福井:2020.9.16)。この実績をふまえれば、計画に書き込まれる原発比率は限りなく「ゼロ」に近づく。菅首相が打ち出した「脱炭素」宣言は「再生エネルギーの拡大」にあるのではなく、「火力の削減」・裏には「原発」の枠拡大にある。それが実績稼ぎとしての再稼働の圧力である。経団連の中西会長は「人類が発見した知恵であり、原子力を活用しない手はない…カーボンニュトラル達成にも、原子力から離れて安定した電源を供給するのは難しい」(日経:2021.2.23)と述べるに至っては、この10年何も変わっていないどころか、福島の大被害という現実に目を背け、見ざるを得ないものを敢て見ない現実逃避以外のなにものでもない。