【投稿】アメリカの「アジア回帰」と新戦略
「対テロ戦争」の終結
オバマ大統領は昨年11月17日、オーストラリア国会で行った演説で、アジア太平洋地域を最優先として、アメリカの経済、軍事的影響力を拡大していくことを明言、具体的措置の一つとして、ダーウィンの豪州軍基地に米海兵隊を常駐させることを明らかにした。
これはアメリカの「アジア回帰」として報じられ、中国のこの地域、とりわけ南シナ海における影響力拡大に対処する戦略転換と日本などでは解釈されている。
そして12月14日、オバマ大統領はノースカロライナ州のフォート・ブラック陸軍基地で、03年以来の「イラク戦争」の終結を宣言した。イラクに於ける「アメリカの戦争」は10年の戦闘終結宣言をもって事実上終了していたが、この演説で形式上も勝利無きままに、8年9ヶ月で終戦となった。
さらにアフガニスタンでも、カンダハルやへルマンド州など南部のタリバン支配地域の平定をめざした大規模な軍事作戦も、顕著な成果が上がらないまま膠着化している。
こうしたなか、民間人殺害や「友軍」であるパキスタン軍も含めた「誤爆」が相次ぎ、先日には、海兵隊員が殺害したタリバン兵に対し放尿するという衝撃的な動画が暴露された。
このようなモラルハザードの頻発は、日中戦争でも、ベトナム戦争、そしてイラク戦争でも見られたように、侵攻した側が泥沼にはまりこんだ証左である。
最早、軍事的勝利による情勢打開が絶望的になったのであり、アメリカ政府は、カタールに開設される「タリバン連絡事務所」を通じての和平交渉に臨まざるを得なくなっている。
今後、アフガンからも戦闘部隊は順次撤退が進められるが、9,11テロを発端とした「対テロ戦争」は、昨年5月のビン・ラディン殺害を最大の戦果として、約10年で事実上終結したと見て良い。
苦し紛れの新戦略
これら一連の店じまいを経て、オバマ大統領は1月5日、ペンタゴンで演説し新たな国防戦略を明らかにした。それは冷戦終結以降の中東と朝鮮半島への大規模な陸上兵力展開を想定した「2正面作戦」を転換、アジア=対中国を唯一の正面としつつ、それに充てる戦力は「ジョイント・エア・シー・バトル」戦略に基づき空、海軍を軸とすること。
これ以外の地域や非対称の脅威に対しては、特殊部隊や無人攻撃機など新たな戦術、システムで対応し、余剰の陸上兵力=陸軍、海兵隊は大幅に削減するというもので、「1正面+α戦略」とも言われている。
新戦略の具体像として言われているのは、日本の西南諸島から台湾を経てフィリピンに至る、いわゆる「第1列島線」以西へのアメリカ艦隊の進出を阻む「接近阻止戦略」に対し、中国の対艦ミサイルの射程外から、中国艦隊を攻撃するシステムを構築し抑止力とするというものである。
10年2月に発表されたペンタゴンの「4年ごとの国防戦略見直し(QDR)」でも「2正面作戦」の見直しは言及されていたが、悪化の一途を辿る国家財政と議会の圧力に強く背中を押された形で、今回の大統領演説として具体化した。
しかし全般的な軍事情勢と財政的必然性から考えるならば、本来は「0正面」であって然るべきところを、軍産複合体の権益との板挟みになり、活路をTPP構想=経済的アジア回帰との関連に求めた妥協の産物である。アジア諸国との軋轢を抱える中国を安易に仮想敵としたかのような新戦略は、精緻に練られたものとは考えられない。
軍事的な観点からいえば、1正面は維持するにしても、アジアに固定化するのではなく、「世界のどの地域でも正面展開しうる能力を保持していく」戦略としてフリーハンドを維持するのが得策である。しかし、TPPを睨んだ経済的戦略から軍事的にもアジア重視というリップサービスが必要だったのだろう。
同盟国へのテコ入れなし
本当に新戦略がアジア重視と言うなら当該地域への戦力の集中が必要であるが、その工程表は明らかにされていない。現在アメリカは原子力空母11隻を保有しているが、これは「1正面」には明らかに過剰であろう。ましてや大西洋方面の脅威が低減しているなら、大幅削減したうえ、アジア地域に集約することも可能だと考えられるが、新戦略ではスルーされている。
これ以外にも米軍のアジアシフトについては、ダーウィンへの海兵隊配備以外には明示されておらず、1正面の削減分を幾何かでもアジアに回すという積極的な戦略ではなく、軍のリストラ優先であることがわかる。
それでは、米軍を増強する代わりにアジア諸国の軍備拡張を促進するのかといえばそうでもない。
96年や08年の台湾総統選挙の際は、中国の動きに対応して台湾近海に空母2隻~3隻が展開されたが、米中とも馬英九総統の再選を望んでいた今回の選挙ではそうした動きは一切なかった。
アメリカが本気で中国の軍事的封じ込めを進めるのなら、台湾の求める能力向上型F16戦闘機やイージス艦の購入(本来はF35を希望)を認めるなどすれば良いものを「中国を刺激するから」として承認していない。これは逆に言えば新戦略は中国を刺激しないと認めているようなものである。
さらに、スプラトリー諸島を巡って中国と対立しているフィリピンへの支援も中途半端となっている。もともとフィリピン軍は、「新人民軍」や「モロ民族解放戦線」などの国内の反政府武装勢力に対応するための軍隊であり、対外戦争を行う能力は無い。
比海軍の主力水上戦闘艦は、第2次大戦中に就役した骨董品の元アメリカ駆逐艦が1隻であり、ようやく最近、アメリカ沿岸警備隊の巡視船(カッター)1隻を「軍艦」として編入したという水準である。「回帰」というなら92年に閉鎖した「スービック海軍基地」「クラーク空軍基地」の再開までは行かなくても、軍事インフラの整備や一定の部隊の再配置は必要だろう。
またパラセル諸島を巡り、過去中国と武力衝突に到ったベトナムは、海軍力の増強を進めており、対中国艦隊の主力となる潜水艦は当然のことながらロシアから購入している。
「アジア回帰」の象徴とも言われるオーストラリアへの海兵隊配備にしても、ダーウィンの豪州軍基地の間借りである。アメリカは「アジア回帰」と言いながら、この地域への軍事的投資を行っていないのである。
早くも綻びる新戦略
1月に明らかにされたばかりの新戦略の前途は、イラン情勢の緊迫で早速、困難な局面にさらされている。イランの核開発に対して欧米諸国は、原油の輸出停止を軸とする経済制裁を進めようとしており、これに反発するイランはホルムズ海峡の封鎖を示唆し対抗しようとしている。
アメリカは現在、この海域に2隻の空母を展開中で、パネッタ国防長官は現在の体制で十分としているが、さらに1隻が南シナ海に、また1隻が横須賀に待機中であり、事実上中東が「正面」となっている。
アメリカ、イランもしくはイスラエルが武力衝突に至る可能性は低いと考えられるが、この状況はしばらく続くだろう。パレスチナ問題も未解決のなか、中東はアメリカにとってさまざまな意味で「正面」であり続けるだろう。
また、「アジア回帰」に疑念を抱く中国に対し、昨年12月15日、バーンズ米国務副長官がマレーシアで「アメリカのアジア回帰は、中国を抑止するためのものでなく、中国との間でパートナーシップを構築することが最大の目標」と明言しており、対中強硬姿勢を期待する日本政府などに肩透かしを食らわせている。
実態として軍事的には現在でも中国は封じ込められているのであり、当面の間、日米の優位は変わらない。昨年末中国はウクライナから購入した空母を就役させ、今後国産空母を建造するとみられている。しかし日米の海上戦力の拡大はそれを上回るペースで進んでおり、「アジア回帰」でアメリカが新たに担う責務は存在しないといってよい。
そもそも「アジア回帰」にせよ新戦略にせよ、オバマ大統領の再選戦略の一環としての性格が強いものであり、11月の大統領選挙の結果如何でどうなるか分からないものである。日本にせよ比、越両国にせよ、中国との領有権問題は最終的には2国間問題として帰着するものと考えられる。
現在民主党政権は、アメリカに依拠する形でしか、外交、軍事政策を構想できてない。「尖閣諸島を守るにはアメリカに頼るしかない」などという考えに囚われていると、足元を掬われることになるだろう。(大阪O))
【出典】 アサート No.410 2012年1月28日