【追悼】未来を目指した知的冒険家を偲ぶ —小野瞭さんを偲んで—

【追悼】未来を目指した知的冒険家を偲ぶ —小野瞭さんを偲んで— 

 2011年12月10日 小野 瞭さんの家族から電話を頂き 亡くなったことを知った。数年前にはこだて未来大学を病気休職したのは知っていたが 連絡が取れず それほどの重病だったのかと自分の迂闊さを恥じた。学生時代の激しい環境の中で 自治会再建運動をともに過し 卒業後も議論を続けた仲間だった。

<学生時代 小野君は 大衆運動の優れたリーダーだった>
1970年当時の関西大学は 新左翼諸派の破壊活動によりほとんどの授業が休講だった。たまに気骨のある先生が開講しても ヘルメット・タオル姿の学生がなだれ込み 結局休講となるのがオチだった。キャンパスの荒廃は次第にエスカレートし 内ゲバ殺人事件へと泥沼化していく。
 一年生の夏休み明けの頃のことと思うが 経済学部学舎前でヘルメットも被らず 大量のビラを新聞少年のようなスタイルで 行き交う学生に配っている人がいた。真面目顔の口を引き締めビラ配りをしているその人が小野君だった。思わず声をかけると「おっ 君は関心があるか 話そう」と言い 芝生の上で熱心に溢るるばかりの彼の話に聞き入った。
「世界観」「唯物論」「弁証法」といったはじめて聞く新しい言葉と 社会を腑分けする彼の見識が新鮮だった。数日話し込んだ後 彼の提唱する自治会再建を目的とするクラス連合結成の運動に協力することになった。
 当時のクラス連合結成の呼びかけ文には 大意次のようなことが書かれていたと記憶する。「大学当局が学生の自治の為の学友会費を凍結しているのはけしからん。凍結解除させるには自治会再建が必要である。再建準備の為のクラス連合を結成しよう。」 学生の最大の潜在欲求は授業を正常に受けることなのだが この論理では新左翼諸派も反対する論拠がなく むしろ魅力すら感じたことだろう。
 政治的知験も理論も希薄な一年生のはずだが 小野君には再建にいたる全プロセスと超えるべきハードルが見えているように感じた。再建運動の妨害を避け 取り除きながら運動を日々進めていく方策の 悩みをいつも一人で抱え込んでいるような風情が彼にはあった。非暴力の我々が 新左翼諸派の妨害を排除し 日常化した小競り合いに耐えながら運動を進めていくには 圧倒的な学生の支持とスクラムが背景になければならなかった。その自然発生的な支持の盛り上がりを呼び起こす苦慮を重ね 小野君は仲間とともに常に先頭に立ち 不屈の態度で1972年に学部自治会再建を達成した。
 これは関西大学経済学部創設百周年記念誌に記録されている。

<小野君の未来志向>
学生時代に仲間とともに「共産党宣言」を読み 自由に平等に労働し暮らしていける社会とは どんな世界だろうと議論し 想像すらできず要領を得ぬままとなったことがある。
 あれは 一年生の冬のことだと思うが 小野君が突然「経済学部に入ったらマルクスの資本論くらい読まなあかんよ。一緒に来るか」と言って Y先生の研究室へ行き 初めて「資本論」を手にした。後で聞くと 彼も始めての挑戦であった。ひたすら読み通し最後に少し議論するのだが 難解でありよく理解できないまま読み通しただけで私は終わった。小野君はその後も研究を続けていたようだ。
小野君が亡くなり 奥さんから唯物論研究誌を頂き 彼の遺作『資本主義「後」の世界~個人的所有の再建の現実的可能性』を読ませて頂いた。もう10年前以上になるのか 日本経済研究会で彼から「万人起業家社会論」の報告を受けたことがある。経済論として受け止めた為 良く理解できずにその場は終わった。
今回改めて彼の著作を読み 色々と過去に議論したテーマを思い出す。この著作では 論述スタイル 組織と個人 所有構造 市場概念 未来のあるべき社会像等 数多くの議論を呼び起こす提起を行っている。
今の社会経済システムに多くの人が限界を感じる状況が深まる中で 現在の科学観を越えたあるべき未来の社会像を描き出そうとする以前と変わらぬ彼の意欲的姿が思い浮かぶ。社会主義は共産主義への過渡的形態と信じていた時期があった。計画統制経済の失敗 官僚組織の腐敗が多くの社会主義国の政治的経済的敗北をもたらし 社会活動に携わる多くの人に幻滅と理論的根拠の喪失感をもたらした。彼は失敗の原因を究明し 再び理論的思想的根拠を取り戻し 社会変革ののキャスティングボードを握れといっているかのようだ。
最後に昨年小野君からもらった年賀状の一節を紹介し 追想とする。
「医者からは 執筆も控えよといわれています。経済学・社会科学のみならず 科学と学問の観点からの見直しの為 これからもベッド上で頑張っていく所存です。  一進一退ですが 運・天・気を信じて がんばっています。」
(千葉 秀夫)

 【出典】 アサート No.410 2012年1月28日

カテゴリー: 思想, 追悼 パーマリンク