【投稿】動揺するアメリカ、追随する日本
<退役軍人の反乱>
アメリカ政府は、一向に改善しない財政状況のなか、米軍再編の見直し=軍事政策の転換を迫られている。そうしたなか9月から始まった「Occupy Wall Street」運動へのイラク、アフガン帰還兵の参加が、オバマ政権に新たなプレッシャーを与えている。
ベトナム反戦運動では帰還兵が大きな役割を果たしたが、今回も退役軍人(ベテラン)の行動参加が米政府に衝撃を与えつつある。一般の失業者の訴えには耳を貸さないウォール街やワシントンの人々も、戦闘での叙勲者、負傷兵の言葉は重く受け止めざるを得ない。
YouTubeには、シェーマ―・トーマス元海兵隊軍曹が、略綬(勲章のリボンの部分)をつけた戦闘服姿で、タイムズスクェアに展開する警官隊に対し「ここはウォーゾーンではない!武装した人間はいない」と熱く抗議する姿がアップされ、270万ヒットを数えている。彼はこの後テレビの報道番組にもゲストとして登場し、その時の状況と思いを述べ一躍ヒーローとなった。
運動に参加している退役軍人の訴えは「我々がイラクやアフガンで戦っている間に金融資本は戦争で儲け、我々が体や心に傷を負ってアメリカに帰ってきたら路頭に放り出された。我々も99%だ」というものである。
アメリカの労働統計では08年から11年の間に退役軍人の失業率は5,1%上昇し、この10月には12,1%となり、全国の失業率9%を大幅に上回った。なかでも18歳から24歳の除隊した若者の失業率は20%を超えている。
年末にはイラクからの完全撤退で4万6千人が帰国、加えてアフガンからの第一陣1万人の撤兵が進めば、失業率はさらに上昇すると予測されている。とりわけ、戦闘での身体障害、PTSD、さらに即席爆発装置による衝撃で外傷性脳機能障害を負った退役軍人たちの就労は困難であり、事態はより深刻化するだろう。
傷ついた若者の叫びに対し、ベトナム帰還兵団体も合流するなど世代を超えてベテランたちが共感を示し、ワシントンDCには、参加者が常駐するキャンプが設営されている。さらにこの動きは現役にも波及しはじめており、抗議行動に彼らが私服で参加する姿が確認されている。
アメリカ軍将兵の怒りの根源は、元はと言えばブッシュ政権が引き起こした無謀なイラク戦争、対テロ戦争である。しかし、それを引き継いだオバマ政権の稚拙な戦略や経済政策の失敗のため、怒りが増大している。
退役軍人をはじめ、この間の抗議行動に参加している市民は、その多くが08年の大統領選挙ではオバマを指示した層と考えられており、彼らの離反はオバマ陣営の再選戦略に大きな影響を及ぼすと考えられている。
<「もう待てない」>
こうした状況を座視できなくなったオバマ大統領は11月7日、退役軍人支援に関する新たな大統領令を発した。その内容は、退役軍人の就労支援のためのオンラインサービスの開始、人材バンクの開設、キャリアセンターでの退役軍人に対する特別サービス制度の創設である。
この意義についてオバマ大統領は「退役軍人を支援するのは民主党の責任でも共和党の責任でもなく、合衆国としての責任である」と述べたが、これは、オバマ政権が打ち出した「雇用促進法案」に反対している共和党に対する「Can`t Wait」キャンペーンの一環であり、実施に関しては大統領令のため議会の承認を必要としない。
このように退役軍事人の不満と不安に対する政策は、大統領のイニシアティブで進められている。一方で軍事費については、軍上層部からの批判と議会からの圧力の板挟みに対処しなければならない状況になっている。
昨年6月にはアフガン駐留米軍のスタンリー・マクリスタル司令官が、雑誌インタビューで政権批判を行い辞任に追い込まれるなど、軍の将官クラスにも不信と動揺が蓄積していることが明らかになった。
イラク、アフガン派遣部隊を中心に装備の改善と兵力の増強=「軍拡」が以前から求められていたが、最前線が納得する予算措置は図られなかったし、今後は以前にも増して「軍縮」が進められるだろう。
アメリカ議会としては軍事費の大幅な削減こそ「Can`t Wait」となっており、イラク、アフガンの治安が改善しないばかりか、アフガンではかえって悪化しているにもかかわらず「立つ鳥後を濁す」状況で撤兵を進めざるを得ないまでにオバマ政権は追いつめられているのである。「ホット・スポット」である中東地域でも軍事的整合性を度外視せざるを得ない状況なのであるから、脅威度が低いと見積もられている地域での、軍事費削減圧力はさらに高まるだろう。
<海兵隊は米本土へ?>
その焦点の一つが沖縄駐留米軍である。沖縄の海兵隊については、8千人をグアムに移駐する計画であるが、アメリカ政府は当初の司令部中心の移転から、戦闘部隊を大幅に増やす方向に転換したことが明らかとなった。
さらに11月4日、ジョージワシントン大学のマイク・モチズキ教授とブルッキングズ研究所のマイケル・オハンロン上級研究員は在沖米軍再編計画の再考を促す論文をCNNで発表した。二人は、海兵隊8千人の移駐先をグアムではなく、アメリカ本土=カリフォルニアにすべき、と主張。
さらに普天間基地の辺野古移設については、仲井真知事や名護市の稲嶺市長が反対していることを挙げ、建設強行を戒めている。そして計画自体が「あまりにも高価すぎる」と批判している。普天間移設に疑問を持つ勢力は、民主、共和を問わずアメリカ議会内にも相当数あり、大統領選挙が近づくにつれて、一層拡大していくものと考えられる。
オバマ政権は現在のところ、「日米合意に基づく現行計画」を推進していく立場ではあるが、今後「前方展開戦略」のさらなる見直しという議会との妥協を図る可能性も大いにあるだろう。それは在韓、在日米軍戦闘部隊の大幅な削減である。
朝鮮半島では、度重なる北朝鮮の武力行使と権力継承の移行を見極める必要性から、米軍から韓国軍への指揮権移譲が先延ばしされるなどしているが、中国に加え、ロシアの経済支援が見込まれ、6ヶ国協議が再開されれば脅威度は低減する。さらに来年には韓国でも大統領選挙が実施される。李明博大統領の与党ハンナラ党は、昨年の「チョナン」撃沈事件を受けた地方選挙、そして先のソウル市長選挙でも敗北し、劣勢が伝えられている。選挙で野党勢力が勝利すれば、朝鮮半島の軍縮は再び加速するだろう。
こうした中、オスートラリアのマスコミが「11月16日からのオバマ訪豪中に海兵隊の豪州配備が発表される」と報じた。部隊の規模などは不明であるが、ダーゥインの豪州軍基地への配備が計画されているという。これが事実であれば、海兵隊が沖縄に配備される意味合いはますます低下する。
<「金縛り」の野田政権>
これに対し野田政権は「金縛り」にあったごとく、まったく的確な対応がとれていない。日米合意を金科玉条、錦の御旗のごとく振りかざし、辺野古移設を推し進めようとしている。
さらに防衛省は11月初旬からは中国脅威論に基づき、はじめて北海道から「門外不出」の90式戦車を含む機甲部隊を「徴用」した民間フェリーで九州に移動させる、対中国版「関特演」(関東軍特種演習)とも言うべき、過去最大規模の協同転地演習(397号参照)を実施するなど緊張激化に努めている。
加えて南スーダンへの陸自派兵では、武器使用基準の緩和が民主党内で取りざたされており、自衛隊の海外での武力行使既成事実化が狙われている。戦地での緊張がもたらすPTSDは、冒頭述べたアメリカだけの問題ではない。
自衛隊ではイラクから帰還した述べ2万人のうち、自殺者だけでも16人に達し、派遣隊員の自殺率は一般の3倍を超えた。その中の一人のある元中隊長は帰国後、米軍との合同演習の際「あいつらと一緒だと殺される」と叫びパニックになったという。
自衛隊員の自殺率は平時でも一般の倍近く、東日本大震災で救援に従事した隊員の自殺や過労死も相次いでいる。自民党政権時代からこうした問題は放置状態である。昔は戦地派遣の歯止めを期待して日本社会党に投票する隊員も多かったが、今ではそうした選択肢もなくなっている。海外派兵が常態化し拡大するにつれ、「帰還兵」問題は社会問題化していくと考えられる。
このように野田政権はアメリカと自民党の負の部分のみを継承しているようである。とりわけ、アメリカに対しては東アジアにおける盟友の地位を誇示せんとしているが、アメリカの政策が転換すれば、辺野古移設をはじめ軍拡、緊張激化路線は破綻をきたすだろう。この際民主党内のTPP反対派は、問題を農業や医療分野の既得権防衛に限定するのではなく日米関係総体の見直しを提言し、外交、軍事政策の転換を求めていくべきではないだろうか。(大阪O)
【出典】 アサート No.408 2011年11月19日