【投稿】 福島原発事故と自治体の役割

【投稿】 福島原発事故と自治体の役割
                    福井 杉本達也 

1 警戒区域の異常な自治体選挙
 11月10日から震災の関係で遅れていた福島県議選や大熊町長選などが始まった。警戒区域内の双葉郡選挙区の各候補は避難先の二本松市などの自治体で街頭演説を行わざるを得なかった。双葉町は埼玉県に本庁舎を移転しており、町議立候補者は埼玉県まで行って届出をした。当然のことながら警戒区域内の地元ではいっさいの選挙活動はできず、他の自治体、果ては県外で選挙活動を行う事態は異常という他ない。この投稿が掲載される頃には結果は出ているだろう。細野原発担当大臣は、「国を挙げて除染に取り組む。そして戻れる方には戻ってもらう」という。だが、11月9日に各紙は、福島大学の福島県双葉郡内の8町村の全世帯アンケートを一斉に報じたが、アンケート結果では27%の世帯が戻らないという結果であった。特に34歳以下では52%が戻る気がないと回答した。戻らない理由として「除染が困難」が83%を占め、「今後の生活設計のめどを立てられないこと」を最大の悩みとしている。「国を挙げて」という政府の方針を今や誰も信用していない。

2 放射能の除染は不可能である
 政府は、放射能除染について、年間の被曝線量が1ミリシーベルト(mSv)以上の地域で実施し、20mSv未満の所を2年後までにおおむね半減させる基本方針を11月11日に閣議決定した。1mSvということは、時間線量0.12マイクロシーベルト(μSv)程度であるから、除染地域は双葉地域はもとより福島市・郡山市など福島県を中心に東北、関東地方に及ぶ広大な範囲となる。放射能の除染はしなければならないが、残念ながら除染はほとんどが不可能である。神戸大学の山内知也教授は、9月14日に福島市渡利地区において「除染」後の計測をしたが、「通学路の周辺において20 μSv/hを超える非常に高い線量が地表面で計測された。コンクリートやそれに類する屋根の汚染は高圧水洗浄によっても除去できておらず、住宅室内における高い線量の原因になっている。除染の対象にはされなかった地域の水路や空き地、神社、個人宅地内の庭で高い線量が計測され、最も高い線量は地表で20 μSv/hを記録した。本来の意味での除染はできていない。」「地域全体が非常に高いレベルで汚染している。側溝の泥を取除く程度の除染では線量は下がらない。各住宅や空き地の表土とともに、アスファルトやコンクリート、コンクリート塀、屋根も除去の対象にしなければ線量は下がらない」と報告している。東大の児玉龍彦教授らが中心となって入っている南相馬市の除染も同様であり、桜井市長は公共施設を除いて除染はほとんど進んでおらず南相馬市の除染だけでも1兆円以上かかると訴えている(内田誠―関西テレビニュースアンカー:2011.11.8)。

3 なぜ除染が不可能なのか
 京大の小出裕章氏は「除染はできない。小学校の校庭だとか、幼稚園の園庭とかの土を剥ぐことはできる。しかし、森林の土を剥ぎ取ることはできないし、野原や田畑の土を剥ぎ取ることもできない。」(たね蒔ジャーナル2011.8.22)という。なぜ除染が不可能なのか。熱力学の第二法則というものがある。熱は高い方から低い方に、物質も濃いものから薄いものへと拡散していく(我々の常識からしても)。これは一方向的であり元へは戻らない(何らかのエネルギーを外から加えなければ)。放射能も原発の中に閉じこめられていたものが一旦外部に拡散された場合、元には戻らないのである。これを、駿河台予備校講師の山本義隆氏は「大気中への窒素化合物や硫黄化合物の拡散、水銀やカドミウム等重金属類の土中や海中への拡散などは、すべて非可逆的なエントロピーの増大…であって、それを人工的に元に戻そうとすれば、おびただしいエネルギーの消費」をもたらす(『熱学思想の史的展開』3・ちくま学芸文庫)と表現している。文部科学省は11月11日に最終的な福島原発からの放射能の拡散マップを公表したが、拡散ルートの1つは浪江町・飯舘村など北西方向に流れた後福島県北部で南西方向に向きを変え、群馬・長野県の県境まで、2つめのルートは海から再び陸地の茨城・千葉県へ、3つめは海へ出た後、宮城県北部から一関市あたりへ拡散している。国土の3%もの広大な地域の除染などできるはずはない。ではなぜ、国は「除染」「除染」というのか。それは賠償金を支払いたくないからである。各紙は東電に8,900億円の融資を行うことにより「事実上の公的管理」になったと報じたが(2011.11.5)、つまり「倒産企業」であり賠償金の支払能力はない。支払うことができるのは国だけである。いいかげんに「事実」を「事実」として発表すべきである。このままでは厖大な被曝者と原発難民が出現する。

4 被災自治体は現実と向き合え
 非常に酷な話だが、被災自治体は現実と向き合う以外にない。双葉地域の多くの町村は永久に戻ることは不可能である。南相馬市も海沿いの一部を除き戻ることはできない。飯舘村はこれまで「までいライフ宣言」ということで自然の中でスローライフな生き方を宣言し村づくりを行ってきた。ホームページからは村民の村を捨てきれない気持ちがひしひしと伝わってくる。前福島県知事の佐藤栄佐久氏も「原発サイトの周りが、もし人が住めなくなって潰れたら、福島県全体が立ち行かなくなる、と言っても過言ではない。それほど重要な場所なのです。浜通りの双葉地域が生きているから、南のいわき市、北の南相馬市や相馬市が地方都市として機能できています。しかし双葉地域が潰れたら、いわきも南相馬、相馬も完全に陸の孤島と化して、産業や文化の血流は止まってしまう。」(『日経ビジネス』2011.11.2)と述べている。しかし、原発の立地する双葉町・大熊町はもちろん19μSv/hを計測する飯舘村や浪江町~その周辺の1.2μSv/hの地域までは人が居住することは困難である。国はこれらの地域を国有化すべきである。
 これらの被災自治体は今後、原発事故の賠償交渉事務と住民の健康管理に特化すべきである。住民がいなければ自治体としては成り立たないので解散せざるを得ない。将来的には何らかの特別な自治組織として事務を行うべきである。また、0.12μSv/hから1.2μSv/hまでの地域を含む被災自治体は避難したい住民には避難させる、その地に留まりたい住民の住宅は除染するなどの選択権を与えるべきである。強制的に住民を留まらせることを考えてはならない。また、いわき市の中心部は幸いなことに0.2μSv/h以下と放射線が低い。また、南相馬市や相馬市の海岸部も放射線は低い。これらの地域は細かく放射線量を調査して、住める場所と住めない場所の色分けをしていくべきである。既に、いわき市は雪が少ないということもあり会津などに一時避難していた浜通りの避難住民が集まり2万人を超え介護や教育などの行政サービスがパンク状態にあるという(日経:2011.11.8)。福島県はこれらの地域に最大限の力を入れるべきである。ところが、「被災3県に医療特区」として、長崎大の山下俊一氏などを中心に福島県立医大などに放射線治療の機器を整備するなどというバカげた計画を掲げている(日経:2011.9.7)。今の福島県の役割は産業資本に奉仕することではない。崩壊しかかっている、あるいはもう既に崩壊している特に浜通りの医療を再建することである。医療という社会的公共資本がなければ住民も留まることはできない。

5 福島原発事故を直視しない自治労
 自治労は月刊誌『月刊自治労』を持っているが、原発特集を最初に行ったのは9月号である。これは4,5月から精力的に特集記事を出した続けた各月刊誌と比較すると2周遅れである。10月号は「どうするエネルギー政策」という特集を出したが、中身は「脱原発」ではなく「再生可能エネルギー」中心でありひどいものである。特集の冒頭に「3.11後の原子力と地域を考える」として逢坂誠二衆院議員と『「フクシマ」論』の開沼博氏の対談を持ってきたが、どうして、この期に及んで「フクシマ」論=地域論なのか。放射能がまき散らされた後での地域論はもう意味はない。既に双葉地域の自治体は“無い”。地域を再建することはもう永久にできない。何十年も何百年も何十万年も人は住めない。自治労の役割は「事実」を「事実」として政府に認めさせること・双葉地域や飯舘村などの高汚染地区の国有化を認めさせることであり、住民を避難させ、他の自治体での定住を斡旋するよう政府に働きかけることであり、そこに自治体を残すことではない。 

 【出典】 アサート No.408 2011年11月19日

カテゴリー: 原発, 杉本執筆 パーマリンク