【投稿】修正迫られるアメリカの世界戦略 

【投稿】修正迫られるアメリカの世界戦略 

<アメリカ揺さぶるアラブ・イスラム民主化>
 チュニジアに端を発した北アフリカ・中東のイスラム社会に於ける民主化のうねりは、瞬く間に「アラブの盟主」エジプトを飲み込み、30年間君臨してきたムバラク政権は崩壊した。この波は周辺国にも波及し、大西洋からアラビア海にまたがる、アラブベルト地帯のほとんどの国々で反政府デモが展開されている。
 今回、特徴的なのは親米のエジプトでも、反米のイランでも、またシーア派かスンニ派かという権力のスタンスに関わりなく、現政府に対する抵抗が惹起していることであり、これまでのステレオタイプなイスラムに対する価値観ではくくりきれない動きであることだ。
 エジプトの動きを「反米」として歓迎していたイラン政府も、足下に火がつくと一転して弾圧を強めている。これは他のアラブ、中東諸国も同じであり強権的な支配体制そのものが打倒の対象となっている。
 アメリカは、エジプトなどでの民主化運動の兆候は、把握していたとされているが、実際の事態に翻弄されている。オバマ政権はエジプトの事態に関し、当初ムバラクの早期退陣を暗に求めたが、同氏が思った以上の粘り腰を見せると、性急な政権交代は不安定化を招くとして、トーンダウン。9月までのムバラク留任を容認する姿勢に転じた。しかし、ムバラクの居座りに民衆の反発が強まると、再度即時辞任を暗に迫り、同氏がついに退くと「歓迎」の意向を表明した。
 しかし北アフリカ・中東の民主化の動きは、アメリカの世界戦略を揺さぶり、さらには日本の軍事戦略にも影響を与える可能性を持っている。

<失敗する政権コントロール>
 これまでイスラエルとの融和路線を進め、イスラム過激派を弾圧してきたムバラクはアメリカにとって利用しがいのある権力であり、非民主的政策や一族の蓄財など不正は黙認してきたものの、民衆はそれを許さなかった。
 冷戦時代、アメリカはイラン=パーレビ王権、韓国=軍事政権、フィリピン=マルコス独裁などで同様の過ちを繰り返してきた。いずれの国でも民衆の力で政権は交代し、イランは反米となったものの、韓国、フィリピンは政権交代を繰り返しながらも現在は親米のスタンスを維持している。
 かつてCIAが秘密裏に行っていた対外工作や、表だった露骨な軍事・経済援助での内政干渉=親米政権の維持は不可能で、現在は「対テロ戦争」の名のもと、イギリスなど友好国とともに新たな戦略を展開している。しかし、イランでもアフガニスタンでもそうした政策は失敗しており、アメリカは戦略の練り直しを迫られている。

<引きずられる冷戦の遺物>
 双子の赤字の元、強引に進められたレーガン軍拡は、冷戦終結により軌道修正され、90年代おわりにトランスフォーメーション=米軍再編計画が立案された。対ソ連用に準備された戦力は見直しが必至となったが、肥大化した軍と軍需産業=軍産複合体は既得権擁護のため、ソ連に変わる新たな敵を探し続けてきた。この動きに乗ったのがブッシュ政権である。ブッシュは「アルカイーダ」や「サダム・フセイン」を敵として戦争を進め、大陸間弾道弾や戦域核ミサイルといった重厚長大の冷戦時代の兵器にかわる、無人機などのハイテク兵器やC4I(情報処理システム)の高度化に代表される新たな需要を生み出していった。しかし一方で、11隻の原子力空母や戦略爆撃機は維持され、ステルス機の配備も進められた。
オバマ政権は、ステルス戦闘機F22の追加配備を中止するなど、装備の見直しを進め、昨年2月公表されたQDR(4年ごとの国防政策見直し)では、従来2正面作戦を改め、武装勢力や国際テロ組織に対する非対称戦争への対応を重視することを明らかにした。

<世界から消えゆく米軍>
 しかし、アメリカは昨年8月のイラクからの戦闘部隊撤退、今年7月からのアフガン撤退開始という局面の変化を踏まえての「ポスト対テロ戦争」戦略を描き切れていない。この間アメリカは、中国に対する警戒感を強めているが、中東情勢が不安定化するなかで、再び2正面作戦(アジア、中東)へ回帰するのかも定かではない。
 不確定要素が多い米軍再編であるが、今後確実に進められるのはQDRでも述べられている前方展開戦略の見直しである。
 アメリカ軍は冷戦期、ソ連や社会主義国の侵攻に即応するため、NATO諸国や日本、韓国に戦闘部隊を配置してきた。さらに冷戦後は湾岸戦争を契機に中東地域にも駐留が拡大、フセイン政権崩壊後も「対テロ戦争遂行」のためとして部隊を配置している。
 これらの駐留経費の財政負担は重く、最悪の財政赤字を抱える連邦予算を圧迫している。このため逐次規模縮小は進められているが、今後冷戦の遺物である駐留米軍の全面撤退も考えられる。
 こうした動きに拍車をかけているのが、中東・アラブの民主化運動である。米第5艦隊司令部が置かれているバーレーンや、サウジアラビアやクウェートなどで政権が揺らぐような事態となった場合、駐留米軍撤退も考えられる。

<逆行する日本政府>
 現時点において東アジアでは、中国、北朝鮮の対応と称して、在日、在韓米軍撤退の動きは顕在化していない。とりわけ対中軍拡を進める日本政府は、普天間基地の辺野古移転強行や、思いやり予算の満額回答など米軍をつなぎ止めるため躍起になっている。鳩山前総理は「海兵隊の抑止力というのは方便だった」と本音を吐露したが、菅政権は火消しに大慌てである。
 しかし先日アメリカの民主、共和両党の重鎮議員が日本の共同通信との会見で「日本駐留を含む米軍の前方展開戦略が『財政上の問題になっている』と述べ、米財政赤字が最悪規模に膨らむ中、在日米軍は撤収すべきだとの考えを示した」という。もちろん、これには菅政権の足下を見透かして「思いやり予算をもっと増やせ」という意を含んでいるものと思われるが、「瓢箪から駒」にならないとは断言できない。
 さらに、2月18日公開された外交文書では、冷戦、そしてベトナム戦争さなかの1967年4月に当時のライシャワー駐日大使が、在沖米軍のグアム移転は可能と明言していたことが明らかとなり、はるか以前から「抑止力」は方便であったことが暴露された。
 ただ、米軍は自らの存在意義である仮想敵国をソ連→国際テロ組織と移し替え、「対テロ戦争」が終結に向かう現在、次なる敵として中国を想定している。このため、当面日本政府、防衛省との思惑は一致しており、日米同盟はさらに強化されていくだろう。
 アラブ・イスラム民主化運動はジブチにも波及したが、現在日本政府は「ソマリア近海の海賊対処」のため、治外法権的処遇をジブチ政府に承諾させ、自衛隊駐留基地を建設している。今後の展開次第では厳しい批判にさらされることも十分想定される。
 支持率を回復できず、対米依存を強める菅政権は中国やロシアに対する毅然とした姿勢の前に、アメリカへの対応を変えなければさらなる厳しい批判にさらされるだろう。(大阪O) 

 【出典】 アサート No.399 2011年2月26日

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