<<「悪がやってきた」>>
相も変わらず、自らお膳立てしてきたウクライナ危機を徹底的に利用して、対ロシア・対中国戦争熱を煽り立てている米バイデン政権。米エネルギー資本と軍産複合体、金融資本に莫大な超過利潤を提供し続けているが、しかしその足元がおぼつかなくなってきている。
高進するインフレと乱高下を繰り返す株式市場、経済危機の進行でバイデン政権の支持率がどんどん低下(5/24 支持率36%=就任以来過去最低、ロイター/イプソス調査)、対ロシア制裁で支持率上昇と踏んでいたものが、逆にブーメラン効果で経済危機が一層深化する事態をもたらしている。
5/28、週末、バイデン大統領は大学の卒業式(デラウェア大学)でのスピーチで、「悪はテキサスの小学校の教室にも、ニューヨークの食料品店にも、罪のない人々が死んだあまりにも多くの場所にもやってきた」(Evil came to that elementary school)と嘆く深刻な事態である。5/24、テキサス州ユヴァルデのロブ小学校での18歳少年の銃乱射事件で、19人の子供と2人の大人が死亡する悲劇が発生。
使用されたアサルトライフル銃は合法的に販売されており、製造しているダニエルディフェンス社(Daniel Defense Inc.)は、民間人が使用するものを含め、アサルトライフルを製造することに誇りを持っていると表明。「世界最高のAR 15スタイルのライフル、ピストル、ボルトアクションライフル、および民間、法執行機関、軍の顧客向けの付属品で 構成される、銃器の世界で最も有名なブランドの1つ」と自賛している。
米国は世界最大の武器産業の本拠地であり、世界の武器企業 の上位5社すべて米国の軍需産業でもある。当然、これらの企業はワシントンにロビイストを派遣、豊富な資金で民主・共和両党の議員たちの多くを取り込んでいる。いくら銃規制が叫ばれても、すべて葬り去られている。銃規制を求める新たな声が次々と上がってきているが、民主党主導の銃規制は、武器メーカー・軍需産業の規制ではなく、消費者(身元調査、購入禁止リスト、等)に焦点を当てる付け焼刃でしかなく、それさえ可決される可能性はほとんどない。バイデン大統領自身が先のスピーチで「一体いつになったら、神の名においてでやるべきことをやるのでしょうか?」と嘆いてみせるだけである。
一方、国防総省・ペンタゴンの予算は年々膨らみ続け、バイデン政権は2023会計年度に8130億ドルもの巨額予算を提案している。しかしこれとて、軍需産業側は、さらにインフレ率を3~5%上回る2023年の軍事予算を議会に要求している。
5/26、ボーイング、レイセオン、ノースロップグラマン、ゼネラルダイナミクスなどが加盟する防衛企業の業界団体「航空宇宙産業協会(AIA)」が、予算委員会と武装サービス委員会の指導者に書簡を送付、AIAの会長エリック・ファニング(Eric Fanning)氏は、「インフレ率を上回る3~5%の成長は、アメリカのグローバルな戦力を支え、敵対国に対する競争力を維持し、遅れをとっている分野で技術的に追いつくために必要な投資水準である」、「ロシアと中国の侵略に直面したときの決意」を示すためにも必要なことだとさらなる増額を要求しているのである。現在のインフレ率8%をさら3~5%上回る巨大な増額要求なのである。こんなとんでもない要求が臆面もなく堂々とまかり通っている、助長されているのが、現在のアメリカの政治・経済・社会であり、18歳の若者が、殺人ライフルに簡単にアクセスし、虐殺の悲劇が実行される同じ社会の風景の一部となっているのである。
<<「無謀で配慮に欠ける、遊離した存在」>>
問題なのは、リベラル派や進歩派、左派といった議員まで含めて、民主党は、銃製造会社がアメリカで拳銃や半自動小銃の販売で大儲けしていることを一応は非難しているが、ウクライナ支援に名を借りたペンタゴンへの武器販売は、こぞって支持し、軍需独占体企業の戦争巨大利権者のために、民主党議員は全員が軍需予算増大に賛同していることである。
しかし、ここでもバイデン政権の思い通りにならない異変が生じつつある。
バイデン政権の400億ドルにも及ぶウクライナ軍事支援は、上院、
下院とも圧倒的多数で可決しているが、上院で11票、下院で57票の「反対」票がすべて共和党員から出されたという事実である。リベラルで反戦の民主党は吹っ飛んでしまい、右派・保守派の共和党側から反対票が投じられるという、劇的な役割の転換が出現したのである。極右とみなされてきた共和党のマット・ゲッツ下院議員は、「危険な超党派のコンセンサスが、我々をロシアとの戦争に向かわせようとしている」と「反対」票を投じる議会演説で警告を発する反戦演説を行ったのである。これは、海外介入に反対する強力な声として何度も登場してきた歴史からすれば、共和党にとっては「原点回帰」とも言えるかもしれない。
さらにその背後に、著名な保守系シンクタンク、ヘリテージ財団に所属するロビイストたちが、この400億ドル支援法案に反対するよう共和党議員に内々に働きかけていたという事実が明らかにされている。
同財団のケビン・ロバーツ会長は、「ウクライナ支援策はアメリカをないがしろにする」という見出しで、この法案を無謀で配慮に欠けるものと決めつける厳しい声明を発表している。同声明は、「政権発足当初から、バイデン大統領の外交政策の失策は、米国の世界的地位を弱めた。2年目の今、バイデンと議会の民主党
は、400億ドルの膨れ上がったウクライナパッケージを上院で強引に通過させようとしている。このウクライナ支援案は、米国民の優先事項から資金を奪い、説明責任も果たさず、外国に我々の税金を無謀にも送りつけるものである。アメリカは記録的なインフレ、負債、狭い国境、犯罪、エネルギーの枯渇に苦しんでいるのに、ワシントンの進歩的な人々はウクライナへの400億ドルの援助を優先している-これはアメリカ司法省の年間予算全体を上回る額である。参考までに、これは司法省の年間予算よりも高額で、環境保護庁、労働省、商務省の資金を合わせた額よりもさらに大きい。この法案はまた、3月のインフレ率が8%を超え、記録的なインフレの中で出されたものである。」と核心を突いている。
5/25、同財団は「先週、議会がウクライナ支援策を承認したことは、我々の指導者がいかに国民や我々の関心から遊離した存在であるかを示している。」との声明を発表している。加速する軍事経済への警鐘と言えよう。
他方、400億ドルの支出に賛成したニューヨークのアレクサンドリア・オカシオ・コルテス下院議員やバーニー・サンダース上院議員は、「反戦」と「左翼」「民主的社会主義・DSA」の代表として自称してきたにもかかわらず、自らの立場を説明することを事実上拒否しており、プレスリリースやツイートさえ出してもいない、出せない混乱、危機的状況に陥っている。
バイデン政権とそれを支える民主党が、進行する政治的経済的危機の中で、危険な軍事経済に加担することによって、「無謀で配慮に欠ける、遊離した存在」となっており、この進行を食い止める運動と闘いこそが要請されている。
(生駒 敬)