【投稿】でたらめ闊歩の米・EU関税交渉--経済危機論(166)

<<「暗黒の日」、EUは「屈服した」>>
7/27、トランプ米大統領と欧州連合・EUのフォン・デア・ライエン委員長は、英スコットランドのターンベリーで首脳会談を開き、関税交渉での合意を発表した。
トランプ大統領の発表によると、米国からの輸出に対する関税はゼロであるが、EU加盟27カ国から米国への輸入品に対しては、一律に15%の関税が課せられる。見返りとして、EUは3年間で7500億ドル(約110兆円)相当の米国産LNGを購入し、さらに6000億ドルを米国産業に投資することを約束した。この合意により、8月1日に発動予定の30%への関税引き上げは停止される、その一方で、EUは米国への関税を一切課さないことに同意した、と言う。

 ホワイトハウスは、この合意は「歴史的な構造改革と戦略的コミットメントを実現し、何世代にもわたって米国の産業、労働者、そして国家安全保障に利益をもたらす」と述べている。日米関税交渉での「史上最大の貿易協定」と自負したあの同じ表現で、今回も「史上最大級のディールだ」とトランプ氏は胸を張った。トランプ氏にすれば、「してやったり」の心境であろう。
まさに、日米合意をそのままなぞったような「合意」であるが、やはり、その具体的な内容は、今回も公表されていない。

ところが今回は、EU加盟国首脳や野党からも、あからさまな不満と懸念、非難が公然と表明されている。なにしろ、トランプ政権以前の平均税率4.8%に代わり、15%の関税で、コストは3倍になったのである。
7/28、ドイツのフリードリヒ・メルツ首相は、「今回の関税はドイツ経済、欧州、そして米国経済に「相当な損害」をもたらすであろう」、「インフレ率が上昇するだけでなく、大西洋横断貿易全体にも影響が出るだろう」、「この結果は我々を満足させるものではない。」と手厳しい。しかし、「それでも、現状では達成可能な最良の結果であった」と、EU委員長を擁護している。ドイツ野党第一党の「ドイツのための選択肢」AfD共同党首、アリス・ヴァイデル氏は、これは「合意ではなく、欧州の消費者と生産者への侮辱だ!」と糾弾している。
フランスのフランソワ・バイルー首相は、さらに辛辣な発言で、今回の貿易協定は「暗黒の日」であり、EUは「屈服した」とまで述べ、「自らの価値観を肯定し、利益を守るために結集した自由な人々の同盟が服従を決意した今日は、暗黒の日だ」と断言している。右翼フランスのマリン・ル・ペン氏は、EUの「政治的、経済的、道徳的な大失敗」と呼んで、この取引を非難し、英国が10%の関税であるのに、「政治的には、27の加盟国と欧州連合が英国よりも悪い状況を獲得した」と述べ、「これは、フランスの産業と私たちのエネルギーと軍事的主権にとって完全な降伏なのです。」と非難している。

 しかし、問題はこれからである。まず、この「合意」はEU加盟27カ国全てによって承認される必要がある。加盟国はそれぞれに異なる利害関係を持ち、米国への輸出への依存度も異なる。EU内部の分岐・分裂が浮上するのは当然であろう。こうした懸念と非難で、ユーロは対ドルで5月以来最大の1日下落を記録している。

とりわけ問題にされているのが、3年間で7500億ドルの米国産LNG(液化天然ガス)購入である。フォン・デア・ライエン委員長は、「米国産LNGガスはロシア産ガスよりも「手頃な価格で優れている」と主張して、この合意をを正当化しようとしているが、実際は、米国産LNGの価格は、ロシアのパイプラインガスの3~5倍なのである。
しかも、3年間で7500億ドル、ということは、年間2500億ドルである。ところが、欧州の現在のLNG支出は900億ドル以下である。3倍近い、現状をさえ無視した、まったくのでたらめな購入額なのである。トランプ政権、米エネルギー資本への貢ぎ物なのであろうか。これまでEUにとって最も安価で信頼できるエネルギー供給国であったロシアに対し、バイデン政権に同調し、米国との連帯として課した対ロシア制裁の結果がこれである。その結果、欧州は「ロシアから競争力のある価格でエネルギーを購入するのではなく、米国から非常に高い価格でエネルギーを購入せざるを得ない」事態に自らを追い込んだのである。こんなでたらめを闊歩させ、正当化させる政策こそが、3年間で7500億ドルもの米国産LNG購入を約束させたのだとも言えよう。

<<「これを超えるパロディは存在しない」>>
Euronews のリポーターJorge Liboreiro氏は、「これを超えるパロディは存在しない」と題して、
「VDL(フォン・デア・ライエン)は、米国産LNGガスがロシア産ガスよりも「より手頃で優れている」と主張し、彼女が欧州のために署名した不平等な条約を正当化しようとしている。この条約では、さまざまな譲歩の中でも、今後3年間で7500億ドル分の米国産LNGを購入することを約束している。
 常識のある人なら誰でも、近隣の国からパイプラインで直接送られてくるガスは、液化されて大西洋を何千マイルも特殊タンカーで運ばれ、欧州で再ガス化されるガスよりも、定義上はるかに安価であると理解できる。
ここに見られるのは、大西洋をまたぐ関係の完璧な例だ:EUのエリートたちが、米国への従属を正当化するために自国民に嘘をつき、すべてはEUの全政策の基礎をロシア嫌悪に置いた結果だ。後者は、米国が欧州でNATOを拡大し続ける決定の直接的な結果でもある。
米国の視点から見れば、これは完全に合理的だ。古き良き「分断して征服する」戦略であり、その恩恵を享受している。EUの視点から見れば、彼らは合理的な決定であるかのように見せるために嘘をつく必要があるが、明らかな真実は、彼らがまんまと利用されたということだ。」と、今回の合意の本質を突いている。

さらにこれらに加えて、いくつもの問題点が列挙されている。
* 米国に6000億ドルの投資を約束しているが、出所は明らかにされていない。もちろん、タイムラインもなし、執行はワシントンの、トランプ氏の気分次第である。
* 鉄鋼、アルミニウム、銅といった最も重要な工業素材は、航空宇宙、防衛、重工業といった中核セクターで重要な役割を果たしているにもかかわらず、最大50%の税率のままである。インフレは再び勢いづく。
* 建設業者、加工業者、そしてサプライチェーン管理者は、より多くの税負担に追い込まれる。
* 自動車はEUから米国への主要輸出品の一つであり、ドイツの自動車部門は2025年上半期に15億ドルの利益減に直面しているが、さらにこれが拡大する。ドイツ自動車工業会(VDA)は、関税率が15%であっても「ドイツの自動車産業は年間数十億ドルの損失を被る」と警告している。
* 米国の軍産複合体は、NATO加盟国である欧州諸国にGDPの5%という膨大な防衛負担を強いることで大きな利益を獲得する一方、EU各国の防衛費急増は、加盟各国経済をむしばむことが確実である。
* 医薬品と半導体は免税対象から除外され、救済措置もなく、課税される。欧州の輸出医薬品の約6割は米国向けであり、製薬業界には最大190億ドルの追加コストが発生する可能性がある。
* EUは今後5年間で6,000億ドルを米国の産業に投入する。これには、LNGターミナル、AIチップ製造工場、軍用ロボットへの投資が含まれる。
* IMFは、今年のドイツ経済はゼロ成長になると予測し、G7諸国の中で唯一停滞すると予測している。

トランプ政権は、EUとの貿易協定総額、1兆3000億ドルを大々的に宣伝しているが、実際に存在するのはわずか165億ドルにすぎない。残りは融資、約束、合意文書のない口約束だけである。そして日米関税交渉でも、日本側の総額5500億ドル投資という数字が発表されているが、このうち実際の直接投資はわずか1%から2%、約55億ドルから110億ドルに過ぎないと日本の財務省は明言している。これも残りは、融資、保証、そして政府保証付き信用枠の再パッケージ化、第三国の米国への投資への部分融資まで計上し、無理やり膨らませているが、実質的、経済的には空虚な数字の計上に過ぎないのである。

EUにとっての「暗黒」、「屈服」、「降伏」、「屈辱」、「侮辱」、「大失敗」等々は、EUの支配層、エリート層が、米支配層と手を組み、それを正当化するための最大の根拠として、ロシア嫌い・ルッソフォビアがEUのあらゆる政策の根幹に据えられてきた、煽ってきた結果が、もたらしたものである。その根本政策を転換させ、平和と緊張緩和の路線に転換しない限り、政治的経済的危機は引き続き深化するであろう。同じことは、トランプ政権についても、もちろん、日本の政権についても言えることである。
(生駒 敬)

 

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