<<裁判所への警告、脅し>>
8/8、トランプ大統領は、無謀で国際法違反が明白な自らの関税政策に対して、自身のソーシャルメディア・Truth Socialへの投稿で、「もし過激な左派の裁判所が、この段階で私たちに不利な判決を下し、アメリカがこれまでに見たことのない最大の資金、富の創造、影響力を崩壊させたり混乱させようとした場合、これらの莫大な資金と名誉を回復したり返済したりすることは不可能になります。それは1929年の大恐慌が再び起こるようなものになるでしょう!」との警告を発した。
その全文は、以下の通りである。
「関税は株式市場に大きなポジティブな影響を与えています。ほぼ毎日、新たな記録が更新されています。さらに、数百億ドルが我が国の国庫に流入しています。もし過激な左派の裁判所が、この段階で私たちに不利な判決を下し、アメリカがこれまでに見たことのない最大の資金、富の創造、影響力を崩壊させたり混乱させようとした場合、これらの莫大な資金と名誉を回復したり返済したりすることは不可能になります。それは1929年の大恐慌が再び起こるようなものになるでしょう! もし彼らがアメリカの富、力、権威に反対する判決を下すなら、それはこの事件の初期段階で、私たちの国が二度とこのような偉大さを得る機会を失うことなく、1929年のような危機に陥らないようにすべきでした。アメリカはこのような司法の悲劇から回復する方法はありませんが、私は裁判制度を誰よりもよく知っています。歴史上、私のような試練、苦難、不確実性を経験した人は
いません。絶望的なこともあれば、驚くほど美しいことも起こり得ます。私たちの国は、混乱、失敗、恥辱ではなく、成功と偉大さを得るに値します。神よ、アメリカを祝福せよ! Aug 08, 2025, 11:38 PM 」
つまり、トランプ氏は、裁判所が自身の関税政策に反対の判決を下した場合、その判決は、世界恐慌の引き金となる可能性があると警告、あるいは脅しているわけである。1929年型の経済崩壊と大不況到来の脅しである。なぜ、突如こうした発言がなされたのであろうか?
実は、米連邦控訴裁判所がトランプ氏の関税政策への対応方法について審理を行っている最中なのである。その意味では、トランプ氏の直接的な裁判への、司法への干渉である。しかもそれは、危機感と焦りを伴った干渉なのである。
米ニュースサイトCNNは、8/8、「米国国際貿易裁判所はすでに5月に、トランプ大統領が外国製品への広範な関税の多くを課す法的権限を逸脱したとの判決を下した。先週、連邦巡回控訴裁判所はトランプ政権の控訴審を審理し、11人の判事からなる審理部は、政権が実施したような強引な方法で関税を課す権限をトランプ大統領に与えているかどうかについて懐疑的な見解を示した」と報じているのである。ポール・ライアン元下院議長も、CNBCに対し、最高裁が国際緊急経済権限法(IEPA)に基づく関税発動を最終的に無効とする可能性があると述べている。
もちろん、たとえ無効との判決が下されて、裁判所が関税命令の撤回を命じる可能性があるとしても、直ちに控訴すれば、最高裁はなにしろトランプ派が多数を占めており、逆転する現実的な可能性は大である。トランプ氏は、それを見越してもいよう。
しかし、関税発動の無効判決が出たこと自体による、政治的経済的打撃、影響は、軽視できないほど重大な事態を招くであろうことも否定しがたい現実であろう。
<<手痛い現実への焦りと責任転嫁>>
そして、このトランプ氏の警告と脅しは、8/7に、トランプ政権による一方的で包括的な「相互関税」が発効し、その結果、米国の輸入関税が1929年大恐慌以来の最高水準に引き上げられたことの、直接的反映でもある。この脅しは、追加関税が発効し、国内大手メーカーや小売業者の一部が価格引き上げを発表した、その翌日に行われたのである。インフレにはならないと、強弁してきたトランプ氏にとっては、手痛い現実への焦りと責任転嫁を目論む抗いである。

新たな関税が発効し、輸入税は大恐慌以来の最高水準に引き上げられる。 EU諸国製の家電製品から日本製の自動車、食品、家具、玩具など、幅広い製品が影響を受ける。(NBC News Aug. 7, 2025)
8/7のNBC News は、1929年大恐慌時の写真をトップに据え、「新たな関税が発効し、輸入税は大恐慌以来の最高水準に引き上げられる。EU諸国製の家電製品から日本製の自動車、食品、家具、玩具など、幅広い製品が影響を受ける。」と報じている。
そして実際に関税コストの価格転嫁が本格的に始まる、すでに行われている現実が報じられている。
ニューヨーク・タイムズ紙は、「アディダス、スタンレー・ブラック・アンド・デッカー、プロクター・アンド・ギャンブルなどの企業の幹部は、投資家に対し、関税コストの一部を顧客に転嫁する予定、あるいは既に転嫁したと伝えている」と報じている。「ウォルマートや玩具メーカーのマテル、ハズブロも、関税が消費者のコスト上昇につながる可能性が高いと、同様の警告を既に発していた。」
しかも、この関税率は、1930年代大恐慌時の関税以来の高関税である(Average tariff rate 1929 – 2024)。当時、「スムート・ホーリー法」によって、「自国の産業を守るため」として、実に輸入品2万品目に平均60%という高い関税を課し、1930年から1933年の間に世界全体の貿易量を3分の1から半分近くまで落ち込ませ、関税の報復合戦が始まり、世界的大恐慌をもたらし、さらには第二次世界大戦にまで導いた、歴史的には「大きな政策ミス」と結論づけられている関税政策である。トランプ氏の「アメリカ・ファースト」を旗印に掲げた関税政策は、自身が認識せざるを得ないほど、この大恐慌時の関税政策と酷似しているのである。
トランプ氏は、「関税は株式市場に大きなポジティブな影響を与えています。ほぼ毎日、新たな記録が更新されています。さらに、数百億ドルが我が国の国庫に流入しています。」などと虚勢を張っているが、
この関税収入なるものは、結局は、米国企業と消費者が負担する、数千億ドルもの課税なのである。
米輸入額の対GDP比は、1930年時の実に3倍に上昇しており、これらに対する関税の重要性は当時より格段に高まっているのが現実である。全米小売業協会(NRF)は、年間2,000億ドルの輸入コストが家計に打撃を与えると推計しているとおり、「ポジティブ」どころか、ネガティブな影響の方が拡大しているのである。
高関税政策を推し進めればするほど、消費者価格の高騰はもちろん、関税報復合戦さえ再燃させ、グローバルサプライチェーンの混乱と分断をもたらし、世界的経済恐慌という、重大な政治的経済的危機を自ら招かんとしているのである。
(生駒 敬)