【投稿】「仮想通貨」バブルの崩壊とドル覇権終焉の足音
福井 杉本達也 アサート No.483 2018年2月
1 「仮想通貨」バブル
1月26日深夜、仮想通貨取引所大手のコインチェックが約580億円の仮想通貨が外部からの不正アクセスで流出したと発表した。仮想通貨を巡っては、約470惜円分が消えた2014年の「マウントゴックス事件」を超える過去最大の流出となる。しかし、東証の記者会見に臨んだ若干27歳の社長、和田晃一良氏は、まさに「仮想」の宙を見ているようで、巨額の損失を出した責任者としての感情は全く見られなかった。
日経によると18年初めの仮想通貨の総額は100兆円と1年前の40倍になった。けん引役はビットコインで、あふれるマネーを飲み込みながら急成長してきた。しかし、今年1月、2万ドル近くまで上昇したビットコインが5割以上急落した。仮想通貨は法定通貨のように国家が保証するような裏付けは何もない(日経:2018.2.16)。まさに「仮想」そのものである。その様な得体の知れないものにマネーが流れ込み、破綻したのである。『週刊東洋経済』2017年11月4日号では「あなたもできる!ビットコイン投資」などと仮想通貨への投資を煽りに煽ってきた。経済学者の野口悠紀雄氏などもビットコイン技術を評価してきた。おかげで、世界におけるビットコイン取引のうち約半分を日本円建てが占め、日本は「仮想通貨大国」となったが、日本のあふれるマネーをかすめ取る動きの一環といえる。
1630年代のオランダで起きたチューリップバブルについて、日経は「高騰にはこれといった根拠がなかった。値上がりへの期待だけが膨らみ続け、ありふれた品種に年収数年分の値がついた。そしてある日、突然買い手が消えた。」(日経:同上)と書いたが、「仮想通貨」こそ「電子・金融空間」を舞台とした現代版の「チューリップ球根」である。
2 「尻尾」が「本体」を振り回す
2月2日のニューヨーク市場で長期金利の指標となる10年物国債利回りが一時、2.85%と約4年ぶりの水準に上昇したことに嫌気した投資家が米国株に売り出し、ダウ平均が665ドル安と9年ぶりの下げ幅となった。その後も投資マネーはリスク回避に走り、5日にはダウは1175ドル安と最大の下げ幅を記録し、日経平均も6日には1071円安となった。世界株の時価総額は5日~9日の1週間で5兆ドル(540兆円)も減少した(日経:2018.2.11)。
リーマン・ショック後に米国中央銀行であるFRBは、短期金利を上げたり下げたりする従来型の金融政策ではなく、米国債や住宅ローン担保債権などを直接買い上げ、金融市場にマネーを直接供給する「量的緩和策」(Quantitative easing、QE)を始めた。量的緩和を始めた2008年以降の債券の増加ぶりはすさまじい。世界の債券の17年末の時価総額は推計で169兆ドル(1京8400兆円)。金利低下で債券価格が上昇し、08年から50兆ドル(4割)膨らんだ。世界の国内総生産(GDP)の6割強にあたる。マネーの規模がかつてないほど膨らんだ分、揺らぎの余波は大きい。適温相場は中銀がマネーを大量に供給し続けた非常事態の上で成り立ってきた。市場はすっかり中銀頼みとなっている。今後「尻尾(金融)が本体(経済)を振り回す」ことになると予測される(独保険大手アリアンツのモハメド・エラリアン首席経済顧問)(日経:2018,2,10)。
3 原因は資本が過剰なまでに積み上がっていることにある
日銀がマイナス金利政策を導入して以来、銀行の貸出金利は下がり続け、2017年末の貸出金残高のうち金利0%台の融資は全体の62%に拡大している。マイナス金利政策は民間の銀行が集めた預金を日銀に預けると、義務として預けなくてはならない法定準備預金額を超えた分の一部に0・1%の利息を日銀に払わなければならない制度である(日経:2018.2.16)。1215年ローマ教会が利子を公認して以来利回りは資本増殖の効率性を図る尺度であった。それ以前は、借り手はお金を借りても利子を付けて返す必要はなかった。「時間は神の独占物」だったからである。ところが、マイナス金利は貨幣が利子を生む「種子」から何も物も生まない「石」への再転換を意味する。「資本主義の終焉」を意味している(水野和夫・福井:2016.3.20)。
「資本はモノではなく、貨幣がより多くの貨幣を求めて永続的に循環する一個の過程である」(マルクス)。資本主義とは資本が永続的に自己増殖する過程であるが、積み上がった過剰な資本を投資する先がなくなったのである。耐久消費財が行き渡った日本では、自動車生産台数を始め全ての消費財は右肩下がりとなっている。下手に巨大投資すれば、シャープの液晶パネルのように巨大な負債を抱えて、台湾資本の傘下に入らざるを得なくなる。利潤を追求することは「安く仕入れて、高く売る」必要があり、そのためのフロンティア(未開拓地)を求めて国外に経済活動を拡大したのがグローバリゼーションである。しかし、中国も東南アジアなどの新興国もグローバリゼーションの恩恵を受け、もはやフロンティアは残されていない。
4 グローバリゼーションからの撤退するトランプ政権の「米国第一主義」
トランプ政権は、「米国第一主義」を掲げ、グロバリゼー ションからの撤退を表明した。通商政策ではTPPからの離脱、NAFTAの再交渉、気候変動抑制に関する多国間の国際的な協定(パリ協定)からの離脱など保護主義色を強めている。また、安全保障政策でも「世界の警察官」の看板を取り下げつつある。トランプ氏が掲げる「米国ファースト」は、内向き政策の裏返しである。1990年代半ば以降、IT革命とグローバル化によって米国の雇用は、海外生産や経理事務などのアウトソーシングなどが進み、高卒以下の人たちの仕事が奪われてきた。トランプ氏を支持する「忘れられた人々」は働き始めた時よりも現在が貧しく生活が良くならない人々であり、多くは学歴が高卒以下、地域的には白人の比率が高いラストベルトなどの内陸部の人々である(参照:水野和夫・福井:2017.5.7)。
失業している白人に職を与えるために政府としてできることはインフラ投資だが、財政赤字は拡大する。財政赤字を補てんするには国債の増発しかない。しかし、米国債の多くは中国をはじめとする外国勢が買っているが、米国の経済が良くならないと判断すれば米国債を買いにはいかない。そのブレが2月の長期金利の指標となる10年物国債利回りの上昇である。
5 最大の不安定要因は国際基軸通貨「ドル」
世界経済の最大の不安定要因は米国の「ドル」にある。ドルは米国の経済力と軍事力を背景として国際的に基軸通貨として流通しているが、1971年8月に当時のニクソン大統領が金との兌換を停止し、変動相場制に移行したことにより(ニクソン・ショック)、それまでのブレトン・ウッズ体制は崩壊した。金と交換できる唯一の通貨がドルであり(金1オンス=35ドルの固定相場=金本位制:当時、日本円は1ドル=360円の固定相場)、金という本来の貨幣がドルの裏付けとなることによって、ドルが基軸通貨としてIMFを支えてきたのがブレトン・ウッズ体制であったが、ドルの金交換に応じられないほど米国の金保有量が減ったことにより、戦後の金とドルを中心とした通貨体制を維持することが困難になったためである。その後ドルは大幅に切り下げられ、ドルは金の裏付けもなく、事実上強制的に国際的に流通する基軸通貨としての機能を果たしてきた。強制的にというのは特に主要エネルギー資源である原油の取引においてはドル以外での通貨による取引がほとんど認められていないからである。
この強制的原油取引を支えているのがイスラエルであり、サウジアラビアである。またイスラム国(ISIL)やアルカイダなどの米CIAの傭兵による脅しである。もし、自国の原油をドル以外の通貨で取り引きしようとした場合には米国の直接的な軍事力の行使によって、あるいはクーデターによって潰されてきた。2003年のイラクのフセイン政権であり、2011年のリビアのカダフィ政権である。一大産油国で唯一潰すことができなかったのは1979年のイラン・イスラム革命で成立したイランであるが、その後、イラン核開発問題を巡り様々な国際制裁を受けてきた。欧米6カ国は2015年に制裁解除で合意したが、トランプ政権は制裁再開の脅しをかけ続けている。
こうした中東での力関係を変えたのが、2015年9月からのロシアによるシリア・アサド政権への直接的軍事支援であり、結果、イスラム国などのCIA傭兵組織は壊滅状態となり、傭兵を支えてきたサウジ―カタール連合は分裂し、同じく傭兵を支えてきたトルコはロシア側に半分寝返り、イランの中東での存在は大きくなっている。制裁解除後、イランはユーロでの原油取引や中国との元建て取引を行うとしている。中国は、世界最大の石油輸入国であるが(2016年の国の消費量に占める輸入量の割合は65.5%まで上昇した)、人民元建ての原油先物を3月26日に上場すると発表した(日経:2018.2.10)。上海先物取引所での取引開始を呼びかけて主要な石油供給国へ圧力をかけることができる。これはすでに市場で取引されているWTI原油やブレント原油に加えて新たなベンチマーク契約が生まれることにつながる。人民元建て先物取引の誕生により、ロシアやイランなどの石油輸出国は制裁を回避する必要がある場合にドルの使用を避けることが可能となる(umuu’s blog:2018.1.4)。
貨幣の貨幣としての金の裏付けもなく、原油というモノの裏付けも、米国の経済力という背景も、軍事力という強制も失ったドルは益々紙屑への道を進まざるを得ない。「仮想通貨」は「電子・金融空間」という技術を背景とした金融覇権の試みの1つであるが、ドルの覇権を維持するにはチャチな舞台装置に過ぎない。覇権を維持するために、今後さらに経済的大変動や軍事的緊張が高まるのか、覇権通貨間の妥協による何らかの軟着陸着地点を見出すことが出来るのか、新自由主義的イデオロギーや情報操作に誤魔化されない眼が必要とされる。経済学者ケインズは、ゼロ金利は「利子生活者の安楽死」をもたらすとしたが、「安楽死」するか過剰資本もろとも人類を滅亡させる「最後のあがき」を試みるのか危機的状況はなお続く。
【出典】 アサート No.483 2018年2月