【投稿】日本の河川行政の根本が問われる台風19号の豪雨による水害
福井 杉本達也
1 「水害も自己責任」か?―被災者など眼中にない政府・与党
台風19号による豪雨で甚大な被害が出ている。今回の災害で亡くなった人は10月18日時点で、80人 、不明11人、堤防の決壊は、千曲川や阿武隈川など7県にまたがり71河川の128か所に上っている。宮城県丸森町など、今の時点では詳しい状況が確認できていない地域もあり、被害の全容はまだ分かっていない。自民党の二階俊博幹事長は13日、 台風19号の被害を受けて開いた党の緊急役員会のあいさつで、「予測されて色々言われていたことから比べると、まずまずで収まったという感じだ」と語った(朝日:2019.10.13)その後、二階氏は「日本がひっくり返るような災害に比べれば、そういうことだ」と釈明。
ようするに国民を生身の人間としてではなく、数でしか捉えていない。安倍首相はラグビーにうつつを抜かし、菅義偉官房長官は15日の記者会見では、22日の天皇の即位を祝うパレードは「淡々と進める」と述べていたが、さすがに、被害が広範囲に及ぶことが明らかとなってきた18日、パレード中止を決めた。この国家の指導者にとって、「貧困は自己責任」・「学費が払えないのは自己責任」・「就職難は自己責任」・「病気は自己責任」そして「水害は自己責任」なのである。
2 堤防の強化を
今回、千曲川が決壊した長野盆地も。阿武隈川が決壊した福島盆地は洪水の堆積でできた地形である。下流の狭隘部を広げろとの意見もあるが、そこを広げれば、その下流でさらに大規模な洪水が発生する。洪水を避けるのは不可能である。堤防が決壊して直ぐに水がきたという報告もある。流速は高低差が大きいほど早くなる。高い堤防が決壊すれば、低い堤防に比べ断面積が大きく流量も増し、浸水に気づいた時には、もう逃げられなくなる可能性が高い。現在の堤防のほとんどは河川の周辺の砂や土で築堤されているので1㎠あたり2.3kgの荷重にしか耐えられない。計画規模を超える超過洪水に対しては、越流しても破堤しないように堤防を強化することが大事である。強化方法としては連続地中壁工法などが提案されている。越水から浸水までの時間を長くし、避難の時間を稼ぐのも防災の一つの方法である。
3 重要施設の設置は、ハザードマップを活用すべし
台風19号の影響で長野市内を流れる千曲川が氾濫したため、JR東日本の「長野新幹線車両センター」が浸水し、北陸新幹線の120両も水につかってしまった。被害は全車両の3分の1にのぼる。長野県のハザードマップでは、付近の川が氾濫した際には、10メートル以上浸水するおそれがあるとされていた(NHK:2019.10.13)。JR東は車両センターの建設にあたり、過去の水害被害をほとんど無視したことである。車両センターのすぐ横に、赤沼区の「善光寺平洪水水位票」が建てられている。水位票の解説には「何世代にも渡る千曲川の氾らんによる『人と水との戦い』の歴史の中で、洪水に対する先人の苦労を偲び、昭和16年8月に深瀬武助氏が私費で建設した」とある。ところが、『北陸新幹線工事誌』によると、車両センターの盛土の高さ設定について、最終的に標高332mにした経過について、「昭和57年時の浸水被害実績図を見ると最高浸水高さは標高331.1m付近まで達していた」が、近隣の浸水写真を見ると「国道18号線の路面(標高332.0~332.5m)は冠水していない」として、たった1m盛土しただけで立地した理由が書かれている。一晩で320億円もの損失を出すなどとは全くばかげた企業である。
4 台風被害を全て「地球温暖化」のせいにする倫理観なき暴論
災害真っ只中の10月13日朝のTBS「サンデーモーニング」は台風19号が「大型で強い」勢力のまま、本州に上陸した背景には、日本近海の「海水温の上昇」があるとし、そのすぐ後に、国立環境研究所の江守正多副センター長の「海面水温は温暖化が止まらなければ上がり続けますから、今回のような発達して勢力を弱めずに上陸してくる。より強く発達した台風が日本を襲うという確率は、これからさらに高くなっていく」とのコメントを放映した。「地球温暖化」のせいだから被災するのやむを得ない、今後もどんどん災害は大型化するのだからこのような被災は耐え忍べという暴論である。災害は自然と人間生活の接点で起きるものである。なぜその地区が浸水したのか、なぜその地点で堤防が破堤したのか・越水したのか、なぜその地区に車両基地や老人福祉施設が立地していたのか、ハザードマップははぜ無視されたのか、なぜ避難が遅れたのか、なぜダムが緊急放流したのか等々は「地球温暖化」とは無関係である。「サンデーモーニング」は被災者に向かって「地球温暖化」のせいですなどと本気で言えるのか。驚くべき倫理観の欠如である。頭の政府与党が腐っているなら、尻尾のマスコミも腐りきっている。
5 八ッ場ダム必要論の虚構について
赤羽国交相は16日の参院予算委員会で、八ッ場ダム(群馬県)に台風19号の大雨がたまった結果、下流の利根川での大きな氾濫を防ぐのに役立ったと答弁した。民主党時代に事業仕分けされたなどとダム推進派はここぞとばかりに八ッ場ダムが利根川を守ったと強調しているが事実ではない。八ッ場ダムがなかった場合でも水位は17cm上昇したに過ぎず、氾濫は考えられない。むしろ今回八ッ場ダムは10月1日から工事完成の最終段階に当たる試験湛水を始めたところで、貯水量は0に近かった。本格運用していたら緊急放流もあり得た。台風19号で、八ッ場ダムは12日から13日にかけてのたった1日で計画水量の1億トンを全部貯めたとみられる。通常・降水量が増える7/1~10/5の洪水調節容量は6,500万㎥で、今回はそれを上回る水が流入した。実際に運用していれば、10月6日以降は下流都県の水道用水などの確保のために水位を上昇させる時期のため、さらに洪水調節容量は少なかった可能性がある。今回は試験湛水初期という運が良かっただけである。関東整備局の河川情報管理官も「試験中でなければ増水による下流への放流もあったかもしれない」と認めている(朝日:2019.10.14)。元々、利根川合流点の渋川までの流域面積は八ッ場ダムが建設された吾妻川の流域面積の6倍ある。八ッ場ダムは利根川の水の1/6を止めただけである。利根川の全流域面積で比べれば、八ッ場ダムが止めた水は1/30くらいであり、誤差に埋没する。水源連の嶋津暉之氏は河床の掘削の方がピーク時の水量を下げられるとしている(東京新聞:2019.10.17)。
昨年7月の西日本豪雨では、愛媛県を流れる肱川の野村ダムと鹿野川ダムの緊急放流で下流の堤防が決壊し、8名が死亡している。今回の洪水でも国が管理する美和ダム(長野県)、県が管理する高柴ダム(福島県)、水沼ダム、竜神ダム(ともに茨城県)、塩原ダム(栃木県)、城山ダム(相模原市緑区)の6ダムが緊急放流して下流に大きな被害を出した。政府・与党はこの間の度重なる水害にもかかわらず何の反省もしていない。ただ単に大型公共事業であるダム建設の自己目的化があるのみである。そもそも、安倍政権下における国交大臣は公明党が議員を連続して送り込んできたのではないか。その国交相が八ッ場ダムだけを取り上げ、かつての民主党政権を批判するが、現在の治水事業は誰が担っているのか。破堤した千曲川や阿武隈川・那珂川・多摩川・吉田川などは国交省管理の1級河川ではないのか。4万2000棟もの住宅浸水・2万5000haもの浸水面積を出しておいて、他人に責任を擦り付ける責任逃れはあまりにも醜すぎる。江戸時代ならば“治水奉行”は切腹ものである・
6 利根川・荒川・「地下神殿」などの治水事業でかろうじて浸水を免れた首都圏
首都圏の地下や上流では大規模な治水対策が行われており、有名なのが、「地下神殿」とも呼ばれる首都圏外郭放水路で、地下約50mに建設したトンネルで結ぶ全長6.3kmの施設である。中川、倉松 川、大落古利根川など5つの中小河川から水を引き込み、流量を調節しながら江戸川へ排水する。「能力はほぼ全て使ったと言える。」とされ、フル稼働で、15日までの排水量は1100万㎥に達したとしている。
また、国交省関東整備局は、渡良瀬遊水地、菅生調節池、稲戸井調節池、田中調節池の「4つの調節池で過去最大となる合計約 2.5億㎥(東京ドーム約200杯)の洪水を貯留し、台風19号 による首都圏の洪水被害防止に貢献しました。」と発表し、調整池の整備の成果を強調している。
さらに、埼玉県にある荒川第一調節池(彩湖)は、規定の流入堤の水位を超えた時点で調節池に流入させる仕組みになっているが、計画上では3900万㎥の貯水容量を持っており、これらが機能し、下流の首都圏の大洪水を防ぐことができた。ハザードマップでは、東京都江戸川区は東に江戸川、西に荒川、海にも面していて超危険地帯であるが、こうした一連の治水施策が機能し、今回はかろうじて被災を免れたといえる。
7 現代のバベルの塔:タワーマンション
10月12日深夜、台風19号による豪雨で神奈川県川崎市のJR武蔵小杉 駅周辺は広範囲にわたって冠水被害に見舞われた。武蔵小杉といえば、タワーマンションが続々と建設され、景観のよいセレブなニュータウンとして人気の街となっている。それまでは工場の跡地であり、さらにその数十年くらい前は一帯沼地だった。タワマンの地下には電気設備や水道関連設備が集中しており、心臓部である。今回、2棟のタワマンで、雨水が地下駐車場から地下の配電設備に浸水してインフラがダウンしたが、マンションはオール電化施設だったため、水道ポンプへの配電も途絶し、全戸で断水した。そもそも、建物を高層化すれば、エレベーターや空調を含め全てを電力に頼らなければならなくなる。壮大なエネルギー資源の無駄である。タワマンは災害に弱いと指摘されていたが、それが意外と早く現実化したといえる。かつて水害が頻発したところを無理やり開発するなどして被害が拡大している。首都圏への人口集中が限界にきていることを物語っている。