<<IMFの警告>>
10/15、IMF(国際通貨基金)は今後の世界経済見通しに関するレポート(IMF 2019 Global Financial Stability Report)を発表し、これまでの世界経済予測(2019年の3.9%の成長予測)を下方修正(3.0%)、10年前の金融危機以来、経済成長率が最も低いレートに落ちると予測し、世界経済は「同期した減速」にあり、「不安定」かつ「不確実」と表現、「貿易障壁の高まりと地政学的な緊張の高まりにより成長は引き続き弱まっている」と述べ、新たな世界的な金融危機の懸念を提起し、強い警告を発表している。経済危機の進行への強い警告を発したのである。
同レポートは、超金融緩和、負の金利政策の実施と関連して、「短期的には緩和的な金融政策が経済を支えているが、それらに依存した政策は財政的なリスクテイクを促進し、一部のセクターや国の脆弱性のさらなる蓄積を促進している」と指摘している。
しかしIMFはわずか3年前には「「負の名目金利の経験は限られているが、全体として追加の金融刺激策を提供するのに役立ち、需要と物価の安定を支援するはずである。」と評価していたのである。自らが支持し、推進してきた不健全かつ異常、危険な、マネーゲームと投機を促進し、実体経済を損なう超金融緩和政策、その危険性に警告せざるを得ない事態を認識しだしたということでもあろう。事態の推移を注視してきた人々にとっては、同レポートは深刻な現状を確認したものに過ぎないとも言えよう。
一方、FRB(米連邦準備制度理事会)は10/16、金融市場に量に制限を設けない、無制限の金融緩和政策に踏み切り、月に約600億ドル(約6兆5000億円)、財務省短期証券を購入し、少なくとも6カ月間継続することを明らかにした。2014年10月に量的金融緩和を終了して以来、5年ぶりに保有資産の拡大に踏み切るのである。翌10/17、ニューヨーク連邦準備銀行は、流動性を高めるためとして104.15億ドルを金融市場に投入している。米国の金融当局によるこの2つの行動は、米国が金融市場に再び無制限の量の現金・金融緩和を提供することにより、世界経済の差し迫った不況に対応しているのだという姿勢を表明したつもりなのであろう。
しかし問題はこうした超低金利、ゼロ金利、一部を除いて史上かつてなかったマイナス金利(EU、日本等)まで伴った「型破りな金融政策」によってだぶついたマネーは、深刻な金融危機の条件を作り出しており、新たな悪循環、時限爆弾を準備し、10年前のリーマンショックをも上回る破壊的な危機を作り出す可能性を高めていると言えよう。市場原理主義に基づく規制緩和、それと対をなした緊縮政策と一体となって推進されてきた金融緩和政策がいよいよ限界に達し、実体経済に投資されることなく、かえって実体経済を損ない、バブルや投機的なよりリスクの高い金融資産に投資することを促進するものである。
<<個人にまでマイナス金利!?>>
国債など、各国の政府又は政府関係機関が発行し又は保証している債券・ソブリン債(sovereign bond)を専門に扱っているサイトのソブリンマン(sovereignman.com)のある編集者が「信じられない!」という報告をそのサイトに掲載している(2019年6月4日 )。「昨日、デンマークのノルデアにある銀行に電話しましたが、彼らが私に言ったことを信じることができませんでした。…彼らは私に10年のモーゲージ(抵当権を担保にする貸し付け)にマイナス0.12%で、金利をつけて融資すると申し出たのです。言い換えれば、銀行は私に融資をするために私に利子を支払うというのです。もちろん、ソブリンマンの編集者として、マイナス金利について多くのことを書いてきました。しかし、これらのケースのほとんどは、常に大規模な銀行または機関に関するものでした。それはもはや事実ではないようです。」と書いている。利子までつけて融資してくれるのであれば、不動産バブルの再来、その破綻もも近いと言えよう。
個人にまでマイナス金利、これはごく一部の例外なのかもしれないが、2012年から2016年にかけて、スイス、スウェーデン、デンマーク、日本、およびユーロ圏の中央銀行は、経済史上初めて主要な政策金利をゼロ以下に引き下げている。トランプ米大統領もFRBに声高に要求している。
政策金利がゼロやマイナスの場合、金利を操縦する余地が非常に狭くなり、中央銀行が本来持っていた金利政策の効力ははるかに限定されざるをえない。そもそもマイナス金利では、銀行経営を圧迫し、貸出意欲は増加するはずがなく、事実その結果、総需要の増加がなくなっている。マイナス金利は、一時的、部分的な刺激効果がみられはしたが、継続が困難となり、総需要を刺激するどころか、逆効果となっているのである。しかし、2049年までのマイナス利回り国債の残高は、今年だけでも20%増加し、現在、マイナス利回りの債務は11兆ドルを超えている。先進国のソブリン債務の約30%がゼロ未満の利回りとなっているという異常な事態である。
誰も負の利回りの長期債を購入して満期まで保有するものではない。満期時に額面より価値が下がりマイナス金利を支払わなければならないからである。銀行をも含め、誰もが現金退蔵に走る事態を招くことは必然と言えよう。事実、銀行は自社株をどんどん買い戻しており、企業も自社株を買い戻し、内部留保にせっせと励んでいる。2018年、買い戻しは過去最高の806億ドルに急増し、前年から55%増加している。
日本でも今、画策され、導入されようとしている「預金口座管理手数料」なるものは、この個人や預金口座所有者に対するマイナス金利の一種と言えよう。預金口座を持つ個人は、手数料やマイナス金利がとられかねない事態に、口座を引き上げ、金利を取られることのない現金退蔵・タンス預金に走るのは当然とも言えよう。
<<現金の段階的廃止論>>
そして問題は、現金が依然として社会で流通している限り、現金退蔵は無利子での無料オプションであり、金利の下限として機能し続けることである。ゼロ金利やマイナス金利が長期的な現実となり、銀行が有無を言わさず顧客に口座管理手数料や負の金利を請求できるようにするためには、この現状は無視できない重みをもっている。そこで登場するのが、現金の段階的廃止論である。IMFブログは、「ゼロの下限を突破する一つの選択肢は現金を段階的に廃止することである」と指摘し、「それによって中央銀行は政策を大幅に柔軟にすることができる。金利の引き下げは銀行預金、ローン、債券に自動的に送信され」、マイナス金利を有無を言わさず自動的に確保できるというわけである。現金がなければ、預金者は負の金利を支払ってでも預金を維持せざるをえないからである。現金が利用可能な場合、マイナス金利を確保することはきわめて困難である。銀行が希望どおりマイナス金利を請求でき、自動送信で金利を確保できるようにするためには、現金は社会から取り除かれなければならないというわけである。犯罪利用やいろいろな理由を挙げて、まずは高額紙幣の廃止が提唱され、次いで決済の利便性、ポイント付加などを挙げて、現金を介さない自動決済がしきりに推奨され、現金廃止論が大手をふって横行しているわけである。しかしそこには、金融資本の独占的利益確保への暴走の危険やデリバティブ債権の破綻、バブルの時限爆弾などが色濃く内包されている。何がきっかけで破壊的な危機に突入するか、予測不可能な事態を招き寄せている危険性が極めて高いのである。
だぶつくマネーは、本来あるべき生産的投資や公共投資、雇用の拡大や、賃上げ、ましてや社会保障の拡大・充実などには向かわず、マイナスレートは経済の長期的な効率性や生産性を低下させ、悪循環を加速させているのである。これを断ち切るニューディール政策こそが要請されており、それは現実的にも可能なのである。共和党支持者まで含めて急速に支持を拡大させている米民主党左派が掲げるグリーンニューディル政策など、2020年、米大統領選の最大の争点はそこにあると言えよう。
総じて、超金融緩和とゼロ・マイナス金利は、経済全体に悪影響を及ぼし続け、いよいよ出口さえ見つけられない危機に向かっていると言えよう。そうした事態を回避する政治・経済政策の大転換こそが要請されている。
(生駒 敬)