【書評】「雇用身分社会」(森岡孝二 岩波新書 2015年10月) 

【書評】「雇用身分社会」(森岡孝二 岩波新書 2015年10月) 

 筆者は最近ある転職フェアに参加した。もちろん自身の転職ではなく、転職フェア出展ブースのお手伝いである。30代から40代くらいの年齢の人々が、出展会社ブースをたくさん訪れていた。「転職」という選択が今では日常茶飯事になっている現実を目の当たりにした。こうした転職フェアは、いくつもの団体が実施しているが、そこに見えるのは、雇用が不安定化している現実であろう。今や雇用者全体の4割が派遣や契約社員、パート労働者と言われる中、より条件の良い、また自分のスキルを活かせる仕事を探しているのであろうが、果たして、この転職フェアで、どれだけ「安定した」仕事を見つける人がいるのだろうか、と思う。
 本書は、「格差社会」「ブラック企業」など社会問題化している雇用の現状を、格差と差別が固定した「雇用身分社会」と捉え、非正規労働の増加と「正社員」の多様化が同時進行し、戦後確立された労働法制を無効化する事態が進行していることを明らかにする。そして成長戦略・規制緩和の大合唱の中で進む「格差と貧困」に対抗する方策を提言している。
 「日本では、ここ30年ほど、経済界も政府も「雇用形態の多様化」を進めてきた。・・・そして、あたかも企業内の雇用の階層構造を社会全体に押し広げたかのように、働く人々が総合職正社員、一般職正社員、限定正社員、嘱託社員、契約社員、パート・アルバイト、派遣労働者のいずれかの身分に引き裂かれた『雇用身分社会』が出現した。
 ここにあるのは、単なる雇用・就業形態の違いではない。それぞれの雇用・就業形態のあいだには雇用の安定性の有無、給与所得の大小、労働条件の優劣、法的保護の強弱、社会的地位(ないし評価)の高低、などにおいて身分的差別とも言える深刻な格差が存在する。」
 
<労働者派遣法は、無権利労働者を増大させている>
 第1章で、戦前の紡績工場での身分化された労働実態を明らかにしつつ、そこに「ブラック企業」の原型を見出す。そして、現在、労働者の無権利化が進み、歴史が逆戻りしていることを明らかにする。
 第2章では、「派遣で戦前の働き方が復活」では、1985年に「労働者派遣法」が、成立したが、これは「既成事実化した労働者供給事業」の違法状態を法により許可するもので、労働者と使用者の間に仲介者が存在した戦前の「雇用身分制」への回帰の始まりであった。そして、労働者と使用者が分離され、無権利状態となっている現在の「派遣労働」が、戦後確立した労働法制を現場から空洞化させてきたことを明らかにする。
 
<格差と差別が蔓延する職場>
「派遣労働者は職員食堂が使えない」「正社員と使うトイレが違う」「問題を指摘しても、派遣会社と使用者でたらいまわしにされ、何ら解決しない」など、職場に厳然たる差別が存在していることが本書の随所に記されている。
 第3章では、パート・アルバイト問題が取り上げられている。現在のパート労働では、正社員と同様の仕事内容である場合も多く、身分による賃金格差は大きい。さらに性別による賃金格差も著しく、ここから「シングルマザー」の貧困問題が生まれる。同一労働同一賃金の原則では短時間の労働であれば、時間に見合う賃金と制度適用が行われるべきであろう。ヨーロッパでの短時間労働の場合のように、条件の違いは、時間の違いだけとなるはずだが、日本ではそうではない。
 派遣・パート労働には、賃金・社会保険・福利厚生制度などがら除外される「格差・差別」が厳然として存在し、これらの労働者が激増しているのである。

<正社員も多様化の中にある>
 第4章は、「正社員の誕生と消滅」では、非正規労働の多様化と増加により、一層「正社員化」を求める人々が増えているが、著者は今や「正社員」にも、不安定化・多様化の波が押し寄せていることを指摘する。
 そのひとつは、「限定正社員」増加である。2012年12月第2次安倍内閣が誕生し、規制改革会議が「正社員改革」を打ち出した。「無期雇用、フルタイム、直接雇用」の正社員に対して、職務、勤務地、労働時間等が特定されている「限定正社員」を増やすべきだと提言した。
 限定正社員は、正社員よりも賃金は低く抑えられ、4割も安い場合もある。そして何よりも「限定」の条件が消滅した時、解雇がしやすいということが問題であろう。店舗が閉鎖された時、職種が事業上無くなった時など、「限定」された条件がなくなれば解雇は容易となる。
 「正社員の多様化」という流れの中にあって、正社員も安定した「身分」ではなくなりつつある。その一つが「高度プロフェショナル制度」である。いわゆる残業代ゼロ法である。高度な専門職で、年収1075万円以上の雇用について、時間外手当を支給しないという内容だ。1075万円ということで対象は少ないと説明されているが、この基準を引き下げることが意図されており、長時間労働を強いても賃金が増えないことを常態化させようとしている。限定正社員の増加と、無制限労働を強いられる正社員を増やす目論見、これが経済界と安倍政権が進める雇用改革なのである。
 
<政府は貧困の改善を怠った>
 1985年の労働者派遣法、1995年の「新時代の日本的経営」(日経連)、そして今回の労働者派遣法改悪、残業代ゼロ法案など、一連の「雇用の多様化と流動化」策は、労働者の賃金を引き下げ、社会保障を後退させ、企業に利益をもたらした。そして社会に貧困を蔓延させた。
 安倍政権は、株価対策として大企業への賃上げ要請を行っているが、足元では労働者全体の賃金を引き下げる戦略を進め、それは、経済的貧困にとどまらず、健康や人としての生き方も否定する「差別的政策」に他ならない。
 著者は、第7章「まともな働き方の実現に向けて」で、「雇用身分社会から抜け出す鍵」として必要な対策を挙げている。
 1)労働者派遣法を抜本的に見直す、2)非正規労働者の比率を引き下げる、3)雇用・労働の規制緩和と決別する、4)最低賃金を引き上げる、5)8時間労働制を確立する、6)性別賃金格差を解消する。
 本書は、戦前・戦後の雇用制度を概観しつつ、「雇用身分社会」化している現実を明らかにして、近代的雇用関係を否定する流れを丹念に描き出している。読者各位には、ご一読をいただきたい。(2015-12-22佐野) 

【出典】 アサート No.457 2015年12月26日

カテゴリー: 労働, 経済 パーマリンク