【投稿】情報戦の中の安保法案と日本エスタブリッシュメントの正体
福井 杉本達也
1 エシュロン・プリズム・スノーデン
かつて「エシュロン」(Wikipedia:(Echelon)は、アメリカ合衆国を中心に構築された軍事目的の通信傍受(シギント)システム。同国の国家安全保障局(NSA)主体で運営されていると欧州連合などが指摘している一方、アメリカ合衆国連邦政府自身が認めたことはない。エシュロンはほとんどの情報を電子情報の形で入手しており、その多くが敵や仮想敵の放つ電波の傍受によって行われている。1分間に300万の通信を傍受できる史上最強の盗聴機関といわれている。参加している国は、アメリカ合衆国、英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドであり、英米同盟(UKUSA)とも呼ばれるアングロサクソン諸国とされる。日本での基地は青森県三沢基地に置かれ、日本政府・企業も監視対象などという言葉を口にすれば「陰謀論」か「きわもの」扱いで、「どこに根拠があるのか」、「新聞には書いてあるのか」などと言われるのが落ちであった。これまで、こうした米国を中心とする不法な諜報活動を指摘してきたのは、池上彰・中尾茂夫・本山美彦氏などごく少数であり、日本の言論界ではタブー扱いであった。最近では加藤哲郎氏(『CIA日本人ファイル』)、有馬哲夫氏(『日本テレビとCIA 発掘された「正力ファイル」』)、松田武氏(『対米依存の起源――アメリカのソフト・パワー戦略』)などの地道な研究も進み、ようやく一般化しつつある。
6月23日、ウィキリークス(WikiLeaks)はNSAがオランド仏大統領ら歴代3大統領の盗聴活動を行っていたことを暴露した。2013年にも独メルケル首相らの盗聴を行っていたことが暴露されている(日経:2015.6.25)。また独連邦情報局(BND)がNSAと協力して仏大領府の監視や独電機大手シーメンスの企業情報を傍受し米国に情報提供していたことが明るみになっている。BNDはナチス政権下の対ソ戦の秘密情報機関が前身で、戦後CIAの管轄下に入り、その後も「現政権が望まない活動を続けてきた」(日経:2015.5.17 玉利信吾「スパイ疑惑に揺れるドイツ」)といわれるが、こうした裏の動きがようやく新聞紙面でも見えるようになってきたことは、アサンジ氏が創設したWikiLeaksやロシアに亡命し「プリズム」(PRISM:全世界で970億件/月のインターネットと電話回線の厖大な通信傍受が行われており、電子メールやチャット、電話、ビデオ、写真、ファイル転送、ビデオ会議等あらゆる情報が収集・分析され、Microsoft、Yahoo!、Google、Facebook、PalTalk、YouTube、Skype、AOL、Appleなどが協力しているとされる)を暴露した元CIA・NSA職員:スノーデン氏の功績である。独にBNDのような組織があるということは、日本にも同様の組織があると考えることが自然である。
2 スプートニク・ショック
ロシアの通信社:スプートニク(sputnik)は、英ガーディアン紙の報道として「NATO加盟国の指導者の多くは攻撃的な反ロシア的論調を展開」しているが、「これらの国の有権者らはこうした政策を支持する構えにない。」とし、これらの要因は「説得力のあるような嘘や生半可な真実を流布することが多く、秤にかけた客観的分析をしない西側マスコミ」にあると指摘している(sputnik 日本:2015.7.8)。これまで、米欧は旧ユーゴ内戦やイラク攻撃などにあたり、まず情報戦で勝利してから実際の戦闘行為に移っている。たとえば、イラク攻撃ではフセイン政権に大量破壊兵器を保有しているとして攻撃に入ったが、後に大量破壊兵器は無いことが明らかとなった。しかし、最近のウクライナクーデターなどでは、米欧のプロパガンダに対しスプートニクがすぐさま反論するため(マレーシア航空機撃墜事件等)、EU諸国は国民を十分説得できなくなっている。「西側が今、極度に恐れているのは『情報戦争』でロシアに敗北すること」(sputnik 同上)である。
情報戦でのロシアの勝利はスノーデン氏の亡命によることも大きい。英サンデー・タイムズ紙は、身分が明らかになることを恐れ、英秘密情報局(M16)のスパイを「敵国」から引き上げる決定をしたと報道している(共同:2015.6.16)。
3 岸信介と60年安保の評価
元外務省国際情報局長孫崎亨氏のベストセラー『戦後史の正体』において、これまでの認識を大きく改めさせられた箇所がある。「岸首相は、イメージとちがって、大いに研究すべき人物です」という項目がある。結論を要約すれば、岸首相を引き摺り下ろすために60年安保闘争は米軍やCIAなどが企てたというものである。安保闘争の当初目的は「安保条約」だったが、途中「岸打倒」に変質した。安保闘争を指揮した全学連(ブント)は後に右翼活動家田中清玄らから金を貰っていたことが明らかとなっている。孫崎氏のシナリオは「国際政治という視点から見れば、CIAが他国の学生運動や人権団体、NGOなどに資金やノウハウを提供して、反米政権を転覆させるのはよくあること」で「岸首相の自主独立路線に危惧を持った米軍およびCIA関係者が、工作を行った」が、「岸の党内基盤および官界の掌握力は強く、政権内部から切り崩すという通常の手段が通じなかった」ため、「独裁国に対してよくもちいられる反政府デモの手法を使った」ということである(孫崎)。結果、安保の根幹である日本の米軍基地を占領下と同様にフリーハンドで使える日米地位協定(「われわれ(米国)が希望するだけの軍隊を、希望する場所に、希望するだけのあいだ、駐留させる権利」―ジョン・F・ダレス:1951年)はそのまま残り、岸だけが退陣した。表向きは「憲法」→「安保条約」→「地位協定」であるが、内実は「地位協定」→「安保条約」→「憲法」であり、米国が最重視したものは「地位協定」の墨守であった。その後55年、「地位協定」に全く変更はない。占領下のままである。60年安保を闘った当事者はとても認めたくないシナリオであるが、国際政治の冷徹な現実である。
4 「9.11」と田中真紀子VS鈴木宗男
2001年4月、小泉内閣の外務大臣に日中国交を回復した田中首相の娘:田中眞紀子氏が任命された。中ロも政治的・経済的混乱から抜け出してきたことで、日本が東アジアでの冷戦構造の打破に動く内閣布陣と期待された。しかし、米軍産複合体の画策した9.11により一気に軍事緊張が高まり、鈴木宗男氏(当時衆議院議院運営委員長)との確執を理由に邪魔となった田中氏を更迭、鈴木氏も、共産党の佐々木憲昭氏のロシア友好の家を鈴木氏の利権であるとして「ムネオハウス」と攻撃、当時社民党の辻元清美氏(現民主党)は「疑惑のデパート」批判、国会中継はさながら劇場型となったが、結果、鈴木氏・外務官僚の佐藤優氏(現作家)ら外務省ロシア派も田中氏らの中国派も共に粛清され、外務省内は対米追従派に独占されてしまうこととなった。疑惑を追求した辻元氏も辞職に追い込まれるなど後味の悪さが残ったが、シナリオを描いた者は背後に存在する。以降、小泉内閣は「アーミテージ・ナイ・レポート」・「年次改革要望書」どおりの操り人形と化し、アーミテージに「Boots on the ground」と脅されて自衛隊のイラク派兵を行い、辞任直前にはブッシュ大統領の前でエルビス・プレスリーの物まねまでしてご機嫌伺いをし、NYTに「impersonators」(物まね芸人)とこき下ろされる醜態を演ぜざるを得なくなった。
5 鳩山政権の崩壊とその評価
2010年6月の鳩山政権の崩壊を内田樹氏は「アメリカ・官僚・メディアの複合体が日本のエスタブリッシュメント」を形作っており、「日本という国がどういうふうにできているかということを、白日の下に露わにしたという所が、最大の功績」である(内田:『最終講義』)と評している。民主党つぶしは東京地検特捜部の陸山会事件捜査に始まり、共産党による小沢一郎氏攻撃などもからめた小沢氏封じ、鳩山由紀夫氏の孤立、辺野古基地問題での米・官僚・メディアからの総攻撃と、メディアに煽られるままの予定調和的な社民党福島瑞穂大臣の罷免と内閣の瓦解、菅直人氏の裏切りと徹底した親米路線への転換・尖閣諸島を舞台とする中国への挑発が我々の目前で行われた。演目もキャストも異なるが、どこか既視感がある。共産党・社民党も知らないはずはない。
検事出身の郷原信郎弁護士も指摘するように東京地検特捜部の前身はGHQ配下の「隠退蔵物資事件捜査部」(旧日本軍が民間から集めた貴金属等の軍事物資をGHQが接収しようとして組織された)であり、現在も米国の影響下にあると見なされており、犯罪要件を構成しないものを犯罪としてでっち上げる組織である。政治家の税金に関わる不祥事は国税庁が、スキャンダルについては警察庁が、政治資金規正法は総務省が握っているなど、全ての情報は官僚の手中にある。米国がシナリオを書き、どのカードをいつ出すかだけである。最近、クリントン氏の大統領選出馬問題で個人メールが公開されたことにより、2009年12月の鳩山政権時に沖縄県の普天間基地移設を巡る問題で、外務省から(藤崎一郎駐米大使が)「ヒラリー・クリントン米国務長官に呼び出された」と発表されていた情報が虚偽である可能性が高いことが判明した(東京新聞:2015.7.8)。日本側のエスタブリッシュメントは常に「主人」の意向を先回りして奉仕している。
7月16日、安保法案が衆院を通過したが、これまでの日米地位協定による「基地の自由使用」に「軍隊の自由使用」(「われわれ(米国)が希望するだけの傭兵を、希望する場所に、希望するだけのあいだ、派兵させる権利」)が新たに加わろうとしている。かつての大英帝国の「英印軍」を想起させる。日経「美の美」に山下菊二が1954年に日本と米国の関係を怪物的な想像力を駆使して描いた『新ニッポン物語』が掲載された。「YELLOW STOOL」(日本人を侮蔑する隠語)と書かれた醜い雌犬の姿は「黒ずんだ眼窩、視点の定まらない瞳」をしている。「感情をなくし、考えることをやめた者の顔」である(2015.7.12)。日本を内側から占領するエスタブリッシュメントの影響をはねのけ、民主主義をもう一度しっかりとつかみ直す必要がある。
【出典】 アサート No.452 2015年7月25日