【書評】『琉球独立論』

【書評】 『琉球独立論』
    (松島泰勝著、バジリコ、2014年。1800円+税)

 日本の安全保障政策の大きな転換点において自衛隊の海外派遣の日常的現実化の危険が前面に出て、ごく最近までマスコミを賑わしていた辺野古へのアメリカ軍基地移転問題が沖縄一地方の問題として扱われているかのような印象を与えている現在である。しかしまさしくこの状況の本質を問うことが本書の問題意識である。著者は「琉球」の視点から、次のように述べる。
 「多くの日本人は、近現代における『本土』(日本)との関係の中で琉球人が強いられてきた苦難の歴史を潜在意識のうちに感じながらも、知らない、知りたくない、知らないふりをする、といった行動様式に終始しているのではないでしょうか」。
 そのことは、自衛隊の海外派遣=「戦争への道」の問題が中心となっても(もちろんこれは重要な問題ではあるが)、その自衛隊の連携先の(?)米軍の行動が議論にはならず、ましてや米軍基地が日本国内に多数存在し、それが「沖縄」に集中していることが議論になっていないことに端的に示されている。そしてその一方で日本人の間で日米安保が日本の平和に寄与しているとの意識は根強く、「米軍基地は日本の抑止力である」とされる。しかし「その『日本』の中に琉球は含まれていません」と著者は指摘する。
 そしてこうも述べる。
 「日本の安全保障の目玉が在琉米軍基地であるとして(それ自体私には幻想としか思えませんが)、なぜそれが琉球に集中せねばならないのか、なぜ、常に日本のリスクが琉球に集約されねばならないのか。補助金は、本当に琉球人を潤わせているのか。日本の人々は、他者の中に自己を投影して考えてみる、ということを一度くらい試みてみてもよいでしょう」。
 それはかつての「沖縄奪還、沖縄返還」を叫んだ復帰運動でもそうであり、著者は、この運動で広く歌われた『沖縄を返せ』(1956年)の歌詞中の「民族の怒りに燃える島沖縄よ」、「我等のものだ沖縄は」の「民族」「我等」という言葉が意味するのは、「あくまでも日本人」ではなかったのか、と問い返す。
 つまり「琉球の置かれている状況は、アメリカの植民地である日本の植民地である琉球、というまるでロシアのマトリョーシカ人形のような入れ子構造となっている」。そして日本の現状を見ると、「未だに日本には他国の軍隊が駐留軍のように存在し、不平等条約である日米地位協定を改正さえできない日本は独立国家の体をなしていないのではないでしょうか。また、琉球に基地を集中させて自らは平和と繁栄を享受したいと考えることは道徳的に、または人間として正しい姿でしょうか」と厳しく批判する。
 そして今や「琉球にとって、こうした中央政府対地方自治体という構図の中での議論は既に意味を持ちません。現在の課題は、同化するための差別撤廃というテーマから、独立するために構築すべき日本との関係性というテーマに移っている」として、「琉球の独立」を正面から主張する。
 本書はこの「琉球の独立」を、歴史(琉球王国、琉球併合、戦時下、米軍統治、「復帰」という名の琉球再併合という経緯)、理念(琉球独立論・琉球ナショナリズムの系譜)、政治経済(基地経済の実態と骨くされ根性)、国際関係(多角的国際関係と安全保障)等さまざまな角度より論じたものであり、海洋国家・琉球の歴史・現実を直視することによって、その独立の必要性を強調すると同時に、琉球に対する日本の政治・意識のあり方そのものをわれわれに足元から問い直すことを促す書である。(R) 

【出典】 アサート No.452 2015年7月25日

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