【投稿】ブレトンウッズ体制に対抗するアジアインフラ投資銀行

【投稿】ブレトンウッズ体制に対抗するアジアインフラ投資銀行
                            福井 杉本達也 

1 ドル基軸通貨体制から離脱する英国
 中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)をめぐる激震は3月13日の英国の突然の参加表明から起こった。国際金融は米(ウオール街)と英(シティ)を結ぶアングロサクソン枢軸によって長年握られてきた。その枢軸が崩れたのである。英国が長年の盟友である米国を切り捨てて中国主導の投資銀行に参加する必要性がどこにあったのか。
 ロイターによると「英政府の関係筋は『国際金融において中国の良きパートナーでありたい』と語った。また、『米国が同じ立場でないことは理解していたが、それを承知で動いた』と述べた。」(ロイター:2015.3.24)と報道している。既に、ロンドンは人民元取引の中核市場の一角として、人民元の決済システムを導入している。また、イングランド銀行(中央銀行)は2013年、中国とポンド・人民元通貨スワップ協定を締結している。また、実質上香港に拠点を構える英金融最大手のHSBC(香港上海銀行:英国による東アジア植民地経営の発展とともに成長した銀行)などは2014年11月から開始された上海証券取引所と香港証券取引所の相互取引(将来、深圳取引所も参加か)などを活用して中国―アジア金融市場に確固とした橋頭堡を築こうとしている。
 米国はこうした一連の流れを阻止しようと2014年にはニューヨーク、ロンドンに次ぐ国際金融センターである香港の中環(「セントラル」)を占拠する「雨傘革命」を企てたが失敗に終わっている。New Eastern Outlook(2014.10.1)によると「Hong Kong’s “Occupy Central” is US-backed Sedition」という見出しで、米国務省が資金を提供している全米民主主義基金(National Endowment for Democracy NED)が香港のデモに関与していると指摘した。NEDは非営利団体として、国務省との関連が強いばかりか、連邦議会からも活動資金を受け取っている。NEDは香港が返還されて以降、自分たちが権力に付けたい候補に金銭的、戦略的な支援を行っている。
 中国と英国はリーマンショック以来8年、賞味期限がとっくに過ぎ悪臭をぷんぷんと放つドル基軸通貨体制(ブレトンウッズ体制)を切り捨て、新しいドルに代わる国際決済インフラの整備に乗り出したといえる。既に英国は通貨ばかりではなく、米国のシリア空爆を止めさせたほか、軍事予算においてもナポレオン戦争以来最低の水準にまで通常兵力を削減。対「イスラム国」有志連合へは「驚くほど控えめな役割を演じ」、ウクライナ問題では「悲劇的な読み違え」をしたと揶揄されるほど米国との距離をとり始めている(日経=英フィナンシャル・タイムズ特約2015.2.28)。

2 「日本は迷走」ではなく「金融インフラを掘り崩し」
 AIIBへの参加締切日の翌日、日経新聞は「日本の対処後手に・英の参加誤算・6月末までに再判断」との見出しで「『お粗末だった』。首相周辺の一人は後手に回ったアジアインフラ投資銀行(AIIB)への対応を、自戒の念を込めてこう振り返える」と書いた(2015.4.1)。一方、内田樹は「AIIBへの不参加が客観的な情勢判断に基づいて『国益に資する』としてなされた決定であるなら、それはひとつの政治的見識であることを私も認める。けれども、その決定の根拠が『アメリカによく思われること』であるというのなら、それは主権国家のふるまいとは言いがたい。主権国家はまず自国の国益に配慮する。韓国も台湾もオーストラリアもそうした。日本だけがしなかった。というかできなかった」と述べる(HP内田樹の研究室:2015.4.4)。確かに米国の属国の分際であるから韓国や台湾のように国益を主張できるわけはない。しかし、それ以前の一連の安倍政権のアジア金融制度への対応を見ているとさらに深刻な景色が見て取れる。
 今年2月23日、金融危機に備えて緊急時に通貨を融通しあう日韓通貨交換(スワップ)協定が失効した。通貨交換協定は外貨不足に陥った場合、自国通貨と引き換えに締結相手国が持つ米ドルを融通してもらえる仕組みである。1997年のアジア通貨危機を教訓に日韓両政府は2001年に協定を結び2011年の欧州危機でウォンが急落した際には融通枠を700億ドルまで拡大したが(福井:2015.2.15)、冷却化により終焉することとなった。一方、日中通貨交換協定の方は尖閣問題などで悪化する中、2013年9月の停止以降1年半以上も店晒しとなっている(日経:2014.8.10)。チェンマイ・イニシアチブ(ASEAN+日中韓)の方は、アジア地域で連携して通貨暴落などによる経済危機を防ぐ仕組みがあり、IMFに依存せず、域内で自律的に危機対応できる体制で、2014年7月に資金枠を2400億ドルに倍増したので、直ちに影響が出るわけではないが、中枢に位置する日⇔中、日⇔韓のスワップ停止は根幹を揺るがすこととなりかねない。日本は、アジア通貨危機以来積み重ねてきた金融インフラを自ら壊し始めている。この政権はなんら建設的な提案をできず、ひたすらこれまでの良好な経済・金融関係を崩すという、『破壊』のみを目的としているようである。
 G20会議においても、麻生財務相は、AIIBについて「国際的なスタンダードに基づく運営が重要だ」と述べたが(日経:4.18)、「国際的なスタンダード」とは旧態然たるIMF体制(ドル基軸体制)のことを繰り返しているに過ぎない。建設的な意見は何もない。
 いずれドル基軸体制は行き詰る。ドルをいくら抱えていても、その時には紙くずになりかねない。中国はそれを恐れて米国債の売却を始めている。米財務省の統計によると、中国の米国債保有額は1兆2237億ドルで、6年半ぶりに日本の保有額1兆2244億ドルを下回ったと発表された(日経:4.17)。日本ではそのような将来を想像することすらはばかれる。いつか、日本が所有する米国債は紙くずになるが、日本は「それも仕方ない」とあきらめるのであろう。長年、属国の地位にあると、『国益』とは『米国益』と考える習性が染み付いてしまっている。

3 中国を拒絶するIMF、それでも中国は資本輸出国へ
「中国が主要な国際金融機関を「迂回」する決断を下した要因は、それらの機関を率いる先進諸国が中国に対し、その経済力にふさわしい役割を与えなかったことにある。例えばアジア開発銀行(ADB)では、日本とアメリカの議決権数はそれぞれ全加盟国投票権数の約13%だが、中国は6%に満たず、総裁は常に日本人が務めている。世界銀行の総裁は常にアメリカ人、IMF(国際通貨基金)の事務局長は常にヨーロッパ人だ。IMFについては、10年に20カ国・地域(G20)首脳会議(金融サミット)で中国の出資割当額の増額が合意されたものの、米議会が批准を拒んでいるために改革が進んでいない。」(ハビエル・ソラナ(元EU上級代表)ニューズウィーク日本語版:2015.4.14)
 こうした中、中国は「資本の純輸出国」に変化しつつある。2014年10~12月期で資本収支が912億ドルの赤字となっていることからも裏付けられるが、先の全人代では中国の発展戦略として「一帯一路」戦略を打ち出し、中国から中央アジア(陸)・東南・南アジア(海)を経由して欧州に至る「シルクロード」構想を打ち出している(梶谷懐:「資本の純輸出国に定着へ」日経:2015.3.26)。

4 アジア通貨危機の教訓を引き継ぐAIIBと世界を『破壊』するIMF
 1997年のアジア通貨危機の直前、90年代のアジアは高成長をしていたが、投資資金を国際金融市場から短期調達し、それを国内向けに長期運用していた。ところが、米国は経常収支の赤字を補填するため「強いドル政策」を採用し、市場からドルを吸収したことで、ドル高となった。アジア諸国の通貨はドルに連動するドルペッグ制が採られていたため、通貨が過大評価されることとなった。ジョージ・ソロスなど米国のヘッジファンドはアジア各国通貨を売り崩せれば巨額の利益を得られと考え、売りを浴びせたことで通貨が暴落。通貨危機にあたりIMF が融資の条件として景気後退期に緊縮財政や高金利政策を課したことが危機をより深刻なものとした。それまで好景気を謳歌していた東南アジアや韓国経済はどん底に突き落とされ、インドネシアでは32年間続いたスハルト独裁政権が崩壊した。
 その後、アジア諸国は再び高成長をしているが、アジア通貨危機の傷はいまも深く残っている。インドネシアのジャカルタやタイのバンコクなど、アジアの諸都市は資金難からインフラ投資ができず大渋滞である。わずか10分ほどの距離に1時間以上もかかる。バンコクから観光地アユタヤに向かう途中、高速道路と並行して「レッドライン」(都市鉄道)が建設中である。そのすぐ脇に黒ずんだ建設途中で放棄された橋脚が林立している。1993年に香港資本によって着手された高架上に六車線の高速道路を建設する総額3,200億円もの計画であったが、アジア通貨危機により建設が中止されてしまった。タイ人は今もその橋脚を苦々しく見続けている。
 3月末に訪日したインドネシアのジョコ大統領は、日中を天秤にかけ、遅れているインフラ開発への協力を呼びかけた。また、タイ軍事政権のプラユット暫定首相は、2月に先進国としては初めて日本に外遊をした。当初、日本はタクシン金融資本を支持する米国に追随し、軍事政権には批判的であったが、4000社が進出し、10万人もの日本人が滞在するタイの現状を無視することはできなかった。プラユット首相も日中を天秤にかけている。タイに対する今回の大きな政策転換は、対米従属を国是とする日本にとって最近では唯一の「反抗」である。東アジア+ASEANとの経済関係において日本は追い詰められている。
 ドル基軸体制はドル=石油=軍事体制でもある。ドルの揺らぎを石油のドル取引きや軍事手段によって補完する。石油価格の暴落によってロシアやベネズエラなど産油国経済に打撃を与え、暴騰によって中国経済などに打撃を与えることができる。ウクライナやイラン・シリア・「イスラム国」・イエメンなどにおける軍事的脅しもある。しかし、自暴自棄の『破壊』からは何も生まれない。2014年5月、中ロ間で石油・ガスに関する戦略的エネルギー協力関係に合意したことで、石油から自由になり、中国の「シルクロード」構想が開ける。AIIBは『破壊』による脅しだけで自らの地位を守ろうとするIMF体制に代わる第一歩となろう。

【出典】 アサート No.449 2015年4月25日

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