【投稿】国際金融資本の手の内で踊った「アベノミクス総選挙」
福井 杉本達也
1 国家が株式市場まで操作する異常さ
国家が日銀や年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)・ゆうちょを使って、ばくち(株価の買支え)を大々的に打つということは前代未聞である。東短リサーチの加藤出氏は「日銀がETF(上場投資信託)を大規模に購入することによって株式市場をサポートしているが異様な政策だ。海外の主要な中央銀行で株やETFを買っているところは他にない。平時に中央銀行が株価を操作した場合、企業業績が伴わなければ株価は急落し含み損を抱えてしまう」(『週刊ダイヤモンド』2014.12.13)と警鐘を鳴らす。これまでも、国家は景気が後退したときに,政府支出を拡大する財政政策や基準金利を下げる金融緩和などの金融政策を行ってきており、米国では量的緩和政策(金融政策)によるITバブルやサブプライム・ローンなどの不動産バブル・リーマン・ショックを引き起こして来たが、株式市場(賭場)に国家が直接介入するというのは日本だけであろう。アベノミクスは従来的な国家による市場経済への介入である「第1の矢」(金融緩和=異次元緩和)や「第2の矢」(財政出動)によって一定の成果をあげてきているというが、市場経済への介入に成果があがっていないからこそ、「株価こそ政権の命綱」(日経:2014.6.16)として、実体経済に基づかない『根拠なき熱狂』(アラン・グリーンスパン)の場を作りだそうとしているのではないか。株式市場は本来不安定なものであり、賭場を規制し、『熱狂』を冷ますのが本来の国家の役割であるはずだが、国家自らが博徒となってマネーゲームを主導するというのは、もはや経済政策とはいわない。16世紀に始まったといわれる近代国家(Nation-state)の経済的役割は根本的な行き詰まりを見せ、自らの行先を探しあぐねてのたうちまわっている。ところが、与党はもちろん、野党も選挙期間中、国家によるカジノ開業についての異議を差し挟んだ形跡はない。
2 「消費増税延期」指令は9月米国発―クルーグマンから始まった
マスコミは『争点なき総選挙』と書き、加藤哲郎一橋大名誉教授は「投票率は、戦後総選挙史上最低の52.66パーセント…師走の不意打ち選挙に、特定政党につながらない国民の足は、投票所に向かいませんでした。…マスコミの争点を『アベノミクス』の是非へと誘導し、消費税10%も、沖縄基地問題も、原発再稼働も、外交・安全保障も争点にならないよう仕組まれた選挙でしたから、ある意味では予想通りです。」と書いている(HP「ネチズン・カレッジ」2014.12.15)。
しかし、仕組んだのは誰なのか。まさか、一度「はらいた」で降板した安倍にそのような能力があるはずもない。指令は米国発で、日本の「リフレ派」黒田日銀総裁や岩田規久男副総裁らの元締めでもあるノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマンから下りてきたのである。
「消費税率を2015年10月に10%に引き上げることの是非を決断する期限が近づきつつあった。今年4月の8%への引き上げの影響で、日本の景気は四半期ベースとして世界的な金融危機以降で最も深刻 な落ち込みに見舞われ、その後の回復の足取りもおぼつかない状況だった」(ブルームバーグ:2014.11.21)。「米国の経済学者でノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン氏が6日、安倍晋三首相と会談し、2015年10月からの消費税率10%への引き上げを先送りするよう促した。本田悦朗内閣官房参与がブルームバーグ・ニュースの取材に明らかにした。本田氏によると、クルーグマン氏は予定通りに増税した場合にアベノミクスが失敗する可能性を指摘」(同:2014.11.6)。「唯一の問題は消費増税だと訴えた。会談が終わるまでには、首相は延期を決めるだろうと本田氏は確信を持ったという」(同:2014.11.21)。本田氏は既に9月9日の時点で米ウォール・ストリート・ジャーナルのインタビューに答え「政府にとっての『ベスト』の選択肢は、10%への消費税率引き上げを当初予定より1年半先送りすることだろうと話した。そうすれば、持続的な経済成長を確立する上で必要な、より大幅な賃金上昇を実現させる時間が稼げる、と指摘した」。しかも、共産党を含む全政党が消費増税先送りに賛成したのであるから、総選挙は最初から米金融資本=代理人[クルーグマン]=支店長[本田参与]の手の内で踊ったに過ぎない。
3 総選挙で取りあえずは増税派の反抗を抑え込んだ安倍
金融資本の言いなりにならず、近代国家としての筋を通そうとする反安倍勢力の結集を潰すには総選挙しかなかった。「仮想敵」は野党ではなく自民党内と財務省であった(後藤謙次:『週刊ダイヤモンド』同上)。それが表に出たのが野田毅自民党税制調査会会長の公認問題である。野田氏は会見で、日本の消費税率10%への引き上げについて、景気への悪影響には触れず、「予定通りというのが常識の線だ」と述べ、消費税法の「景気条項」を適用した見送りなどは検討せず、2015年の10月に増税すべきと言う考えを示した(参照:野田「社会保障財源の代案なき増税先送りは無責任に極み」『週刊ダイヤモンド』同上)。これに対し、官邸サイドは野田氏の公認を見送るよう党執行部に働きかけた(産経ニュース:2014.11.18)。
4 「アベノミクス批判」へと踊らされた野党
アベノミクスの表向きの目的は「デフレからの脱却と景気回復」=「経済成長」である。しかし、全ての与野党のは「景気回復」=「経済成長」を掲げた。たとえば、志位共産党委員長は「現在の景気悪化は消費税8%を強行した結果で消費税不況だ。消費税増税は必ず景気を壊す。」と述べた。また、江田維新の党代表は「デフレを脱却して景気を増税に耐えられる体力にしないと逆に景気が悪化して税収が落ちる」とし、海江田民主党代表も「農業を成長戦略の柱にしなければならない。医療介護も、自然エネルギーも柱」(以上:朝日:8党首討論会:2014.12.2)と自らの成長戦略を語っている。アベノミクスは経済理論としては空理空論であり、国家詐欺であるが、株高でもなんでも、兎に角景気が良くなる“雰囲気”さえ作ればよいのである。「景気」=「雰囲気」というアベノミクス(=感情論)に「消費増税で景気が悪化した」「円安で格差が拡大した」などという理論的反論を行っても暖簾に腕押しである。結果、全野党が景気回復のために消費税の先送りを主張、クルーグマン=本田参与の術中にハマり、「大義なき総選挙」ではなく、自ら「大義を潰した総選挙」を踊ったのである。
水野和夫氏が『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社新書)で指摘するように、資本主義は「中心」と「周辺」から構成され、「周辺」というフロンティアを広げることによって自己増殖するシステムであるが、新興国の発展により拡大する「周辺」が無くなり、過剰投資、過剰設備を抱えた先進国では利子率が低下、だぶつく投機資金が金融市場を不安定にし、国内に「周辺」=国内格差を作り出している。今回の選挙でも全ての政党はいまだに「成長がすべての怪我を癒す」という価値観に引きずられている。右的立場ではあるが、佐伯啓思京大教授も、選択肢は「いっそうの規制改革を推進し、戦略的産業を打ち出し、過激化するグローバル競争のなかであくまで経済成長を追求する方向である。もうひとつは、あえてグローバル競争と成長主義から距離をおき、安定した地域や社会や国土を確保していくという方向である」(朝日:2014.12.2)と争点を整理している。
5 資金の流れは日本から米国へ…しかし、全政党が真実に口を噤む
日銀は12月8日、国内の投資家が今年7~9月の3か月間に海外証券を8兆1千億円買い越したと発表した。GPIFは国内債券に偏った運用を見直しし、海外債券や株式の運用を増やすとしており、野村証券の池田氏によると、2015年度は公的年金・投信・生命保険で21兆円もの巨額の資金が海外へ流出すると試算している(日経:2014.12.19)。これを裏付けるように根岸明治安田生命社長は今下期に5000億円を外債運用に投じるという。日銀が追加緩和で国債を市場から吸い上げたため、マイナス金利の状況が続いており、運用利回りが逆ザヤになりかねないためであると解説している(日経:12.18)。我々が汗水たらして積み立てた公的年金の積立金を始め、生命保険や銀行の預貯金などは米国家財政の赤字補てんに使われ、将来ほとんど戻っては来ないだろう。1997年6月、橋本龍太郎首相は、コロンビア大学での講演において「大量の米国債を売却しようとする誘惑にかられたことは、幾度かあります。」と発言したことによりNY株式市場は一時暴落、米国から睨まれ翌年首相の座から引きずり降ろされてしまった。
米沢GPIF運用委員長(早大教授)は株式運用比率の倍増について、「国債を大きく売る必要があり、日銀が大量に国債を買い入れ」なければならず、日銀の大規模緩和が前提だったとし(朝日:2014.11.21)、GPIFが国内株式というカジノに資金を投入するには、保有する国債を売却しなければならないが、売却される安全な国債に国内の銀行・投資家が向かわず、米国債等を購入させるために、日銀が国債を全て買い上げる連携が必要だったことを明らかにした。しかし、選挙期間中、共産党を含め全野党は、アベノミクスの真の目的が米国への資金還流であり、金融資本を手助けするものであることを語った党はない。新聞の行間を読めばそのようなことはすぐ分かるはずだが、①金融資本の代理人か、②勉強不足なのか(もちろんそのような政党に政権を担う力量はない)、③脅されたのか(橋本元首相のように)、いずれかであろう。高齢化が進みつつあり、社会保障費は自然増でも毎年1兆円ずつ増加する。国家に対する不信があろうがなかろうが、税を考えなければ、現在の制度は全て崩壊してしまう。誰も米国のように盲腸の手術に200万円も払いたい者はいない。近代国家は国民から強制的に(暴力による強制を含む)税金を徴収し、それを国民に再配分して様々な政策を行うものであるが、制度設計を放棄し、外国(国民国家の外)に資金を一所懸命貢ぐと共に、カジノに打ち興じる国家を何と呼べばいいのか。
【出典】 アサート No.445 2014年12月27日