【投稿】米に脅されプーチン来日中止–ガスパイプライン計画の行方は
福井 杉本達也
1 プーチン大統領の来日中止
ロシアは9月11日、日本側が招待したプーチン大統領の秋の来日を中止すると発表した(福井=共同:2014.9.12)。事の重大さと比較するとマスコミの反応は極めて静かというべきか、事実上の「無視」である。日経は2面に僅かな言い訳記事を載せたに過ぎない。『The Voice of Russia』は「日本政府は、ウクライナ情勢に関連した欧米諸国の対ロシア制裁強化を考慮し、プーチン大統領の日本招聘を取り消すよう求める米国大統領の主張を受け入れた。」という見出しで、3.11後「今や国内で生産される電気のほぼ半分は、LNG(液化天然ガス)によるものだ。昨年日本では、エネルギー重要がピークに達したが、日本へのエネルギー供給国としてのロシアの役割は、重くなり続けている」にもかかわらず「日本のような強い国力を持つ独立国が、自分達の国益と他の国の利益の間でバランスを取らざるを得ないという事、そしてしばしば自分自身を害する選択をするというのは、ロシア人の多くにとってひどく奇妙に見える」(2014.9.24)と報じた。プーチンの来日中止は、安倍首相が日本の国益を全く無視した、根っからの対米従属主義者であることを証明した。
2 日本のエネルギーの現況をごまかす『エネルギー基本計画』
4月11日に閣議決定された新『エネルギー基本計画』は「発電用燃料の負担は、東日本大震災後、原子力を利用した場合と比べ、 約3.6兆円/年 増加 する(一人当たり年間約3万円、一日当たり約100億円の負担増)とし、→電気料金は家庭で約2割、企業で約3割増加/企業の雇用・収益・株価にも影響 →この負担は国内には受益をもたらさず、国の富が海外に流出 」(参照:RIETI:後藤 収 (資源エネルギー庁大臣官房審議官))していると書き、あたかも原発の停止が国富流出のような書きっぷりであるが、茂木経産相の答弁からも約3割の1.08兆円は、資源相場の上昇や円安による輸入費用増加によるものであることが明らかとなっている(東京新聞特報:2014.4.12)。
一方、天然ガスについては、米国については、「シェール革命が進む米国の天然ガス市場は、原油価格と連動せずに市場の需給バランスで天然ガスの価格が決定される市場であり、このような価格決定方式を持つ米国からの天然ガスを輸入することは、石油価格と連動しないLNGの価格決定方式を我が国の取引環境に取り込むことを意味している。」とする書き、ロシアについては、「シェール革命が進行する中、ロシアは既存の主力販路である欧州における需要不振等の問題に直面し、新たな市場として我が国や中国などアジア市場進出に真剣に取り組まざるを得ない状況となっている。」と述べ米国産シェールガスが価格的にも有利でロシアは販売先に困り、日本に頼らざるを得ないような分析である。
3 「シェール革命」は米国の国家詐欺である
9月29日、住友商事は米テキサスのシェールオイル開発で1,700億円の損失を出したと発表した(日経:2014.9.30)。大阪ガスも2013年12月に同じテキサスで進めていたシェールガス開発で290億円の特別損失を出しており、また伊藤忠も2014年1~3月期でオクラホマ州のシェールガス開発で290億円の特別損失を計上している。米国のシェール開発で大損を出しているのは日本企業ばかりではない。2013年10月にはロイヤル・ダッチ・シェルが240億ドル、英BPも21億ドルの評価損を出している。
損失の原因は最初から明らかである。シェールガス・オイル自身は決して安い化石燃料ではない。掘削が困難なため採算性の面から石油メジャーは開発に二の足を踏んでいる。シェールガス田の場合、産出が始まって3年経つと産出量が75%以上減少するといわれ、次々と新しい井戸へリプレースしなければならず、自転車操業状態となっている。米国全体で2012年に420億ドルものコストがかかったと言われ、一方産出されるシェールガスの売り上げは325億ドルで毎年100億ドルの赤字経営を強いられている。米国のシェールガス開発企業はバラ色の未来像を振りまき、外国企業に採掘権を高値で転売し売り逃げているとの懸念が高まっている(「なぜシェールガスはカベにぶつかっているのか」藤和彦 世界平和研究所:2014.1.24)。まさに米の国家あげての詐欺である。
4 日本のLNG輸入価格にはどう影響があるのか―そもそも船がパナマ運河を通れない
JOGMEC調査部の野神隆之氏の計算によると、米国内のシェールガス開発・生産コストは4~6ドル/百万Btu(Btu:熱量単位 天然ガス1Nm3の発熱量は約9,000kcal 1Btu = 0.252kcal)で2025年には7ドル超といわれ、これに液化燃料費(天然ガス価格の15%)、液化施設使用料(3ドル/百万Btu)、タンカー運賃(3ドル/百万Btu)を加えると日本への到達価格は14ドル/百万Btuとなる。2012年の日本の平均LNG価格は16.80ドル/百万Btu 程度であり、引下げ効果は最大でも7.7%に過ぎない(野神:『石油・天然ガスレビュー』 2013.9)。また、米国内価格が極端に上昇する可能性もある。ハリケーン・カトリーナの影響では10ドル以上に達したし、2003年の厳冬では18ドルにも高騰している。
さらに、問題は液化基地であるメキシコ湾岸から運び出すのに、幅40mのLNG船は最大幅32mのパナマ運河を通れないことである。現在のルート選択は南アフリカ喜望峰回りで最大45日もかかる。運河拡張の完成は16年以降となる。安いシェールガスなどというのは日本が勝手に描く幻想に過ぎない。
5 米国の仕掛けたウクライナ紛争はロシアと欧州の経済関係を破壊することにある
ウクライナ紛争はロシアが仕掛けたという報道が日本や欧米では流布されている。7月17日にはマレーシア航空機が撃墜され乗員乗客298人全員が死亡しているが、撃墜したのはウクライナの親ロシア派のミサイルであるということとなっていた。ところが、9月9日のオランダ調査団の中間報告では、コクピットに機関砲の様な貫通跡が見られるとし犯人特定は行わなかった(日経:9.10)。航空機の前方上部を地対空ミサイルで攻撃することは不可能である。コックピットを狙えるのはウクライナ軍の戦闘機しかない。米国側のウソがばれた時点で「マレーシア航空機撃墜事件」は欧米報道から完全に消された。しかし、この事件によって、当初はロシアへの経済制裁に消極的だった欧州各国を無理矢理米国の謀略に加担させることに成功した。
ロシアと欧州の経済関係は天然ガスパイプラインによって深く結びついている。これは1969年・旧西独のブラント首相の考えから始まった。1973年10月の稼働開始以来、欧州へのガス供給はソ連崩壊時にさえ止まったことはなかったが、米国がロシアと欧州の経済関係を破壊しようと「オレンジ革命」を仕掛けた2009年に初めてウクライナから先への輸送ができなくなった。今回はウクライナを回避するパイプラインルートであるNord Streamは操業中である。3月26日、ロシアをG8から放逐したブリュッセルにおいて、オバマ大統領は欧州をロシア産ガスへの依存から解放するために、米国産ガスの輸出を許可する用意があると発表した。しかし、米国の輸出用LNG基地建設はこれからであり、輸出開始は2016年以降となる。しかも、価格は15ドル/百万Btuになるという。一方ロシアのガスは12ドルである。さらには受入ターミナルが整備されているのは、スペイン、イギリス、フランス・イタリアなどに限られる。ロシアのガスに100%依存するリトアニアやポーランドなどへの輸送は不可能である。オバマ大統領の脅しは今後数十年は実現不可能である(ヴズリアド紙2014.4.1)。
6 ロシア―中国・世紀のガス契約
5月21日、ロシアと中国は年間380億?・30年間の長期契約・契約総額4,000億ドル・ガス価格350ドル/1,000㎥という世紀の契約に調印した。供給は東シベリアのチャヤンダからパイプライン「シベリアの力」の支線を利用して2018年から開始される。量としては欧州に供給する全量の1/3に相当する。価格は現在のロシアの最大顧客であるドイツの価格に近いといわれる(ロシアNOW 2014.5.22)。
これにより、ロシアはようやく欧州に次ぐ安定的な市場を東方に確保することができるようになった。ロシアの東方シフト政策は昨今の思いつきで始まったわけではなく、ロシア全体の理にかなった戦略のとして積み重ねが実ってきたのであり、安倍首相のように、米国の脅しによって、コロコロと政策変更をさせられるような代物とはレベルが違う。
7 日本へのパイプラインの可能性
LNGかパイプラインかの分岐点は2,500海里といわれる。サハリンのガス田から北海道までの距離はこれよりもはるかに短い。もし、パイプラインによる輸送が可能となれば、日本のガス価格は1/3になる。サハリンから首都圏の茨城県日立市までのガスパイプラインの総延長は1,350km、建設費用は6,000億円と見積もられている。これにより、年間200億㎥のガスを首都圏まで供給できる。日本の総輸入量の17%に当たる(ロシアの声:2014.5.28)。プーチン来日に当たり、「日露天然ガスパイプライン推進議員連盟」は提案しようとしていた。もし、このパイプライン計画が具体化するならば、日本とロシアとの関係は飛躍的に安定する。しかし、これは米国が最も嫌うことである。安倍はこのせっかくのチャンスを自ら潰してしまった。今後、米国からシェール権益のババを掴まされ、国際価格よりも異常に高いLNGを買わされ続け、どんどん日本の「国富」は米国に吸い取られていくであろう。
【出典】 アサート No.443 2014年10月18日