【投稿】「成長神話」と決別し、脱原発を「定常社会」への模索の第一歩に

【投稿】「成長神話」と決別し、脱原発を「定常社会」への模索の第一歩に
                              福井 杉本達也 

1 「成長がすべての怪我を癒す」というのは本当だろうか?
 安倍晋三首相は5月1日夜(日本時間2日早朝)、ロンドンの金融街シティーで講演、経済成長の実現に向けて原発再稼働を進める方針を明言した。経済成長には安定的で安いエネルギー供給の実現が不可欠とし「世界のどこにも劣らないレベルの厳しい安全基準を満たした原発を慎重な手順を踏んで再稼働させる」と表明。英国と技術開発に取り組む考えを明らかにした。(2014.5.2共同)
 安倍は「経済成長」のためには原発の再稼働が必要だというが、そもそも、日本は今後「経済成長」するのだろうか。はたまた、「経済成長」することが日本の国民にとって良いことなのであろうか。「経済成長」さえすれば、雇用は拡大し、年金福祉の財源を確保し、格差を是正することができるのであろうか。「経済成長」がこれらの問題解決の決め手になるのであろうか。「成長がすべての怪我を癒す」というのは本当だろうか。

2 『ゼロ金利』は資本主義卒業の証
 日本の10年物国債は0.6%台、10年物米国債は2.6%前後で推移している。不透明な米景気、低めの物価、「安全資産」の絶対的不足などが低金利の要因といわれているが、長期利子率の低下は、投資をしてもそれに見合うだけのリターンを得ることができなくなったからである。IMFによると、先進国の「需要不足」は110兆円にのぼるといわれる(日経:2014.5.12)。「需要不足」という言葉からは、あたかも需要を喚起できるかのようであるが、実際はそれだけ生産設備が余っている「過剰生産」ということである。資本主義とは資本を投下し利潤を得て資本を自己増殖させるシステムであるが、自己増殖の『対象』である投資先がなくなったのであり、そのために膨大なカネ余り現象が生じており、カネが余っているから、「歴史的低金利」になり、リターンが少ないから、よりリスクの少ない(=より金利の低い)国債で運用せざるを得なくなっているのである。水野和夫氏は「ゼロ金利は資本主義卒業の証」と書いている(水野:『資本主義の終焉と歴史の危機』)。

3 イノベーションでも経済成長しない
 「経済発展は、人口増加や気候変動などの外的な要因よりも、イノベーションのような内的な要因が主要な役割を果たす」と述べたのは経済学者のシュンペーターである。2014年度予算の解説では「競争力を強化し、民需主導の経済成長を促す施策」が掲げられ「科学技術の司令塔機能強化」として、「戦略的イノベーション創造プログラム」に500億円を計上している。また、2013年度補正予算では「革新的研究開発推進プログラム」として550億円が、また、「イノベーション創出に向けた科学技術研究開発の加速」として622億円も計上している。予算取りの理屈として「イノベーションとは、技術の革新にとどまらず、これまでとは全く違った新たな考え方、仕組みを取り入れて、新たな価値を生み出し、社会的に大きな変化を起こすことである。このためには、従来の発想、仕組みの延長線上での取組では不十分であるとともに、基盤となる人の能力が最大限に発揮できる環境づくりが最も大切である」(『イノベーション25』閣議決定)と解説する。『イノベーション』・『技術革新』で成長するというのは単なるこれまでの『物語』であり、21世紀の今日では幻想に過ぎない。何の根拠もない。そもそも、リスクだけが異常に大きく、リターンが見込めないからこそ政府が金を出しているといえる。国家が科学研究に莫大な投資を行い、それで経済成長を図る。その20世紀のイノベーションの最たるものが核開発であり、アインシュタインの相対性理論や素粒子理論を駆使して「経験」ではなく「理論」から「演繹的」に核兵器を作り上げはしたが、そのエネルギーの取り扱いに失敗したのが福島原発事故であり、経済発展どころか、いま我々に膨大な負債を残しつつある。

4 福島第一原発事故処理にどれだけの金がかかるか
 政府の26年度復興特別会計予算では、「原子力災害復興関係経費」として6,523億円が計上されている。内訳は、除染(放射性物質汚染廃棄除染(放射性物質汚染廃棄物処理を含む)として3,912億円、中間貯蔵施設の整備に1,012億円、福島再生加速化交付金等(早期帰還支援・長期避難者支援)1,186億円となっている。この他、凍土方式の遮水壁など汚染水処理対策事業に206 億円(25年度補正)、廃炉・汚染水対策事業に479 億円(25年度補正)、原子力損害賠償支援機構への交付金として350 億円、原子力損害賠償支援資金の積増しが 225 億円、原子力損害賠償支援機構向け交付国債の発行限度額引上げとして+4 兆円(現行5 兆円)=9兆円という数字である。建前上は特別会計の金は貸し付けるだけで電気料金から戻ってくる計算になっているが、電気料金を無限大に値上げするわけにはいかない。事実上破綻している東電に返す金などない。全て一方通行になる金である。 今後どれだけの金を投入するか(できるか)は計算もできないが、1つの試算としては、ウクライナが国家予算の10%をチェルノブイリの事故処理に投じてきたことなどから、一般会計の1割=10兆円程度を見込む必要があるかもしれない。こうした経済負担は医療・福祉・教育をはじめ他の経費に重くのしかかることとなる。需要は①「消費」、②「投資額」、③「政府投資額」、④「海外からの需要」の4つから構成されるので、原発事故処理の負担が膨大になれば③が大きく減ぜられることとなる。

5 より成長しようと欲した先に原発事故
 経済成長するとは「より遠く、より速く」行動するこということであり、そのためにはエネルギーの消費が不可欠である。もっと成長をしようと欲することは、資源をもっと使おうとすることである。石油や石炭などの化石燃料は数億年かけて生物の死骸などが地下に積み重なったものである。それを我々はこの数百年で食いつぶそうとしている。化石燃料はいずれ枯渇するから『永久エネルギー』としての核エネルギーに手を出し、最終的に制御できずに爆発したのである。『永久エネルギー』は『永久負債』に転化してしまった。

6 日本の人口は減少に転じた
 既に藻谷俊介氏や広井良典氏・伊東光晴氏などから指摘されているように、日本の総人口は2004年にピークに達し、2005年から減少傾向に転じ、2050年には1億人を切るといわれている。人口増加率が低いと自然成長率を制約する。日本では総人口より先に1995年から生産年齢人口が減少に転じており、自然成長率はマイナスへと転じることとなる。旺盛な消費の主体である生産年齢人口の減少は国内需要を減少させる。自動車産業を見れば歴然である。国内の生産台数は伸びていない。頭打ちから減少傾向である。リーマンショックの2008年まで年間1000万台を超えていた生産台数は、2012年には840万台にまで減少している。

7 いまだ『成長』への幻想を引きずっていた都知事選
 都知事選の宇都宮健児陣営の責任者であった、反原発の弁護士:海渡雄一氏は選挙総括で「舛添さんがなぜ当選したのか。彼が福祉の『プロ』だという評価…それを突き崩すためには、きちんとした政策論争をするしかない。…原発やエネルギー政策は重視する政策としては三番目で福祉や雇用政策を最優先に考える…細川さんはそこを最初から放棄してしまった」(『世界』2014.4「都知事選をめぐって―脱原発運動のために」)と述べている。海渡氏は「福祉」と「脱原発」は重ならないものとみているがそうではない。資本主義システムは無限の膨張を「善」としてきたが、無限の膨張を「保証」する『永久エネルギー』としての原発も「善」としてきたのである。
 資本主義は常に前進あるのみで、空間が無限であることでしか成立しえない。しかし、既存の実物経済では高い利潤を得ることは不可能になった。そこで、新たに電子・金融空間での収奪が行われることとなったが、リーマンショックではそのバブルも破綻した。
 「サブプライムローン」などを設定された最弱の貧者は自己責任で住宅を奪われ、最強の富者は公的資金で財産保護が行われた。富者と銀行には国家社会主義で臨むが、中間層と貧者には新自由主義で臨む」(ウィリッヒ・ベッグ)。資本と労働の分配構造は破壊され、労働は派遣・非正規労働者として新自由主義の真っただ中に投げ込まれ、労働側からの収奪が行われ、景気回復は資本家のためのものとなった。年収100~200万円では労働者の家族形成(再生産)はできない。使い捨てられる労働に未来はない。資本主義の「強欲」が「未来からの収奪」として、将来の需要を過剰に先取りした。その成長のためとして、わずか数十年の電気のために福島など東日本の住民の生活を奪い、数万年にもわたり管理しなければならない放射性廃棄物を抱えることとなった原発は「未来からの収奪」の最たるものである。
 いま必要なことは「福祉や雇用政策を最優先に」成長願望を唱えることではなく、成熟社会に見合った政策であり、人口減少社会に軟着陸するための叡智である(伊東光晴『世界』2014.3)。脱原発諸運動は今すぐ『未来からの収奪』・『成長神話』と決別しなければならない。 

 【出典】 アサート No.438 2014年5月24日

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