【投稿】日本共産党の原発政策

【投稿】日本共産党の原発政策
                      福井 杉本達也 

1 「核兵器廃絶」と「脱原発」の間の深溝高塁
 ロンドンオリンピックに隠れて、今年の原爆記念日は影が薄かった。田上長崎市長は平和宣言で「核兵器廃絶」と「脱原発」を結びつけ「放射能に脅かされることのない社会」を目指すことを表明、原発に代わる新しいエネルギー政策実現への道筋を示すよう政府に求めた。一方、松井広島市長はエネルギー政策の早期確立を政府に求めたものの、「脱原発」にまで踏み込むことはなかった。原水禁は7月28日、昨年に引き続き福島県で2回目の世界大会を開催したが、共産党系の原水協は、昨年の世界大会では「原発からの撤退と自然エネルギーへの転換を要求する運動との連帯を発展させよう」(「国際会議宣言」:2011.8.5)と述べるに止まり、今年も「核兵器と原発との関係に留意し、使用済み核燃料の再処理とプルトニウムの蓄積、原子力の軍事利用に反対する。」とまでしか謳わなかった(2012.8.4)。この違いはどこから来るのか。原子炉はその最初から原爆開発のために作られ、材料となるプルトニウムを生産することを目的とした。その後、「動力炉」として発電も目的とするようになるが、軍事とは切っても切れないものである。英語では核兵器は「Nuclear weapon」であり、原発は「Nuclear power plant」である。その間に原理的違いは何もない。深溝高塁を築く理由は存在しない。

2 「原子力の平和利用」を否定しない共産党
 共産党は当初から「原子力の平和利用」を否定していない。その意味では当初から“首尾一貫”している。米スリーマイル原発事故(1979年3月28日)後の国会質問で不破哲三書記局長(当時)は「核エネルギーというのは人類が発見した新しいエネルギーですから、これを平和的に利用する方策を探求するのは私は当然だと思います…これは未完成の技術であって、そのことを十分心得て安全性についての今日の技術の許す限りの体制をとらなければ非常に危険なことになる、これが根本問題だと思います」(1980.2.1 衆院予算委員会:『前衛』2011.6 再掲)と述べている。
 また、1990年、高原晋一副委員長・科学技術局長(当時)は「「脱原発」派は、現在の原発が危険だということから、将来にわたって原子力の平和利用を認めないということを原則的な立場にしています。これに対して、私たちは、現在の原発の危険性を正面から指摘し、その危険に反対する点では、もっとも一貫した立場をとりますが、人間の英知の所産である原子力の平和利用の可能性を原則的に否定する立場はとらない、という点にあります。…人類は失敗を繰り返しながら、科学・技術を発展させてきました。同様にして、将来もまた、発展していくだろう、というのが、われわれの哲学、弁証法的唯物論の立場です。だから、人間はやがて科学・技術の発展によって安全な原発を実現させる方向にすすむだろう、したがって、それを研究することは当然であるといっています。」(「原発問題での全都道府県代表者会議に対する党中央の報告」(1990.12.8『原発事故と安全神話』)と述べている。
 それを前提として、今回の福島原発事故後、不破哲三前議長は『「科学の目」で原発災害を考える』において①「日本のエネルギーを原発に依存するという政策から撤退するという決断をおこなうことです。」②「原子力施設にたいする安全優先の審査と規制の体制を確立することです…知恵と技術を結集して、本当に安全優先で原子力施設の管理ができる、世界で一番といえるような原子力安全体制を確立することです。」(「しんぶん赤旗」2011.5.14)という形で、おそるおそる「原発からの撤退」方針を打ち出した。

3 根底に「科学技術」に対する驚くべき楽観論
 確かに「核エネルギーというのは人類が発見した新しいエネルギー」である。それは、それ以前の経験主義的に始まった水力や火力といったエネルギーとは異なり、純粋に物理学者の頭の中から導き出されたエネルギーである。しかし、そのエネルギーは「科学・技術の発展によって安全な原発を実現させる方向」に導くことはできないのである。それは一旦暴走すると人間にはコントロールすることができないほど巨大だからである。そのことを、今回、日本において福島第一原発事故で我々は経験することとなってしまった。核分裂のエネルギーは化学反応 (燃焼) の 約 1億倍 にもなる。今回の事故の2011年3月中の大気中への放射能放出量だけで900PBq(900ペタベクレル=900,000,000,000,000,000ベクレル 東電推計:2012.5.24)という途方もない量を放出した。シーベルト(Sv)と土壌1kg当たりベクレル(Bq)簡易換算では0.4μSv/1時間=1,000Bq/kgという式が成り立つから、1,000Bqで年間で3.5mSv被曝することとなる(武田邦彦ブログ:2011.7.3)。職業人しか立ち入ることできない「放射線管理区域」が5mSvであるから、900PBqという量がいかに人間のコントロールを超えたものであるか分かる。いまなお16万人が避難生活を送り、国土の3%がほぼ永久に利用できないという中にあって、「本当に安全優先で原子力施設の管理ができる、世界で一番といえるような原子力安全体制を確立する」というのは夢物語以外の何物でもない。「原子力施設が有する潜在的危険性の大きさを十分に踏まえ…リスク管理に万全を期した国民に信頼され、期待される姿に革新しなければならないと考えます。このため、世界最高水準の安全性を有する原子力施設を実現するための施策…を決定する」とする原子力委員会の『年頭の所信』(2012.1.10)と言葉が微妙に重なっていないだろうか。科学的にも技術的にも裏付けのない「願望」で安全体制を確立できるとは到底思われない。「安全性についての今日の技術の許す限りの体制」とはどのような体制なのか。

4 低線量被曝の軽視
 日本科学者会議の野口邦和(放射線防護学)は政府のとった緊急避難措置に対し、「真っ暗ななかで避難しろと言われてもどうしようもない状況だ。避難が必要ならば翌日の朝に避難指示を出せばよかった」という(野口:「福島原発災害の危機と国民の安全」『前衛』2011.6)。しかし、緊急避難の状況はあらゆる災害で昼間ばかりでなく深夜に避難命令を出さざるを得ない場合もある。水害で深夜の豪雨で河川の水嵩が増した場合、朝方に避難命令をだしたのでは間に合わない。全くの初期被曝の軽視である。食品の暫定規制値に対しては「暫定規制値以下に汚染した食品を1キログラム食べることによる被曝は、急性障害が起こるレベルよりもはるかに低く、数マイクロシーベルトとか、数十マイクロシーベルトとかのレベルの話しだ…かなり安全側に立って作成しているので、神経質になることではない」と述べている(野口:同上)。当時の(事故直後)国の食品の暫定基準値1kg:500Bqでは1年5mSvになり、(2012年4月より一般食品:100Bq/kgに引き下げられた)一般人の年間限度1mSvを軽くオーバーする。放射線の専門家であるはずの野口は、当然「電離放射線障害防止規則」の規制値を詳しく知っているはずであるが、規制値をあえて具体的に示さず「安全」と判断している。また、内部被曝についても「学界では、内部被曝も外部被曝も、線量が同じならば影響の度合いは同じだというのが共通の認識になっている」と述べている(野口:同上)。γ線などによる外部被曝は人体を一度通過するだけだが、呼吸や消化器管などから体内に取り込まれた放射性物質はα線やβ線などの透過性の弱い粒子線を出し、周囲の細胞に連続的な影響を与える。しかし、研究事例が少なく不明な点が多いということで線量が同じであれば影響も同じという取り決めになっている。 では、なぜ、研究事例が少なかったのか。放射線影響調査の元となった、放射線影響研究所(旧ABCC)の広島・長崎原爆の被爆者調査では高線量被曝の研究は行ってきたが、低線量被曝については調査してこなかったのである。広島で放射能を含んだ「黒い雨」が降った地域は調査対象外だった。1953年に内部での低線量被曝調査の動きを潰したことを正式に認めた。だから、放影研のデータは福島では使えない。福島が安全であるという知見は我々にはないと述べている(NHK「知られざる放射線研究機関ABCC/放影研」2012.7.28放映 大久保利晃放影研理事長発言)。
 低線量被曝調査がなぜ潰されたのか。核戦争の遂行に支障があるからである。戦争は核兵器で攻撃すれば終わりではない。相手国を軍隊で占領しなければならない。ところが、占領軍兵士が低線量被曝するというのでは軍隊を派遣することは出来ない。また、爆発で上昇した放射能はプルームとなって、自国の国民をも襲う。これでは核戦争が出来ないと考え、調査を止めさせたのである。
 共産党の思考方法の問題は、「核兵器廃絶」のスローガンを掲げながら、「核の巨大なエネルギー」を排除しない(その圧倒的力の前にひれ伏す)ことである。核エネルギーの利用から「原発」を排除すれば「爆弾」しか残らない。その延長上に、1962年の「ソ連核実験は防衛的」発言(上田耕一郎副委員長(当時))、1964年の「部分的核実験停止条約」への反対=中国核実験への支持(「世界の4分の1の人口を持つ社会主義中国が核保有国になったことは、世界平和のために大きな力となっている。」岩間正男参議院議員:参議院予算委員会1964.10.30)=原水爆禁止運動の分裂が連なる。「アメリカだったら、巨大な権限をもった原子力規制委員会が、大統領指揮権のもとに、事故の対応に全責任を負います」(不破:上記)と米国のシステムを過大評価するが、第二次大戦末期に原爆開発の為に設置された「暫定委員会」(「爆弾は可能な限り迅速に日本に対し使用されるべき」と大統領に勧告した)→「原子力委員会」(AEC)の流れを組む米国の核管理体制をありがたがっても何の解決にもならない。2001年のアメリカによるアフガニスタン侵攻の際に協力しなければパキスタンを「石器時代に戻す」とリチャード・アーミテージ国務副長官は脅迫したが、このまま突き進めば石器時代どころか45億年前に戻され、地球上のあらゆる生命は消滅するであろう。「核エネルギーは人類の発見した新しいエネルギー」という夢想に我々も含めすっかり騙されてきたが、早急に「信仰」から抜け出さねばならない。) 

 【出典】 アサート No.417 2012年8月25日

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