【投稿】生活保護が危ない
生活保護がまた、マスコミを賑わすテーマになってきている。受給世帯数が160万世帯、人員で210万人を越えて増え続けているからだろう。ベクトルは、単純な抑制論、不正受給キャンペーン、受給する事自体を「無責任」とするような「排外主義的」傾向を強めており、極めて危険な動きであると思う。
<芸能人の謝罪から>
人気タレントの母親が、彼の下積時代に生活保護を受給開始し、その後、人気が出て収入が増えても保護を受け続けていると、自民党の片山なつき議員がブログで取り上げたことが発端だった。一定の仕送りを福祉事務所に届けていたようで、法律的には問題は無い。ただ、「道義的」には、少し問題を感じるところだが、マスコミが取り上げると少々、そうした枠をはみ出し、打撃性の強いものとなった。
続いて、大阪では、地方公務員の親族が生活保護を受けているという話題に飛び火した。発端は、東大阪市で議会で問題になり、市が30名の職員の扶養義務を負う親族が、保護を受給していると公表。仕送りをしていないケースが大半と報じられた。その後、堺市や岸和田市などが、同様の調査結果を公表した。(その後、府内で28市が調査・公表している。)
さらに、地方議員や国会議員の親族に保護受給者がいる、との情報も飛び交い、自ら親族に保護受給者がいると「謝罪」した大阪府議会の維新議員まで出てきた。
報道によると、「維新の会府議:親族が生活保護を受給–(8/2)大阪維新の会に所属する府議の親族が生活保護を受けていることがわかり、議員本人が釈明しました。府議は、「大変お騒がせしたことを反省しますとともに、今後このようなことがないよう議員活動を進めていきたいと思います」と釈明しました。・・・今日記者会見し、妻の姉、つまり義理の姉が八尾市から生活保護を受けていることを認めました。」そして、今後経済的支援をすると明言してみせた。
この府議の行動は、果たして褒められたものか。維新議員の水準がよく分かるというものだが、生活保護がどういう制度なのか、90万円近い議員報酬があれば、親族に保護世帯があってはならない、かのような印象を受けるし、保護制度を敵視するかのような姿勢である。
<ベクトルは、不正受給の追及へ>
こうして、生活保護が増え続けている経済・社会的要因や、社会制度の不備の問題は脇に置かれ、不正受給が多いとか、扶養義務者に「高額所得者」がいるのに、保護制度を否定的な方向から議論しようとする傾向に流れている。
大阪だけではないと思うが、冷静な議論を飛び越えて、打撃的に敵を創りだし、センセーショナルに「問題の指摘者」「指弾者」として振舞うことで、世論を誘導しようという傾向が強くなっている。強者が弱者を叩くという構造だが、問題の解決への道筋は一向に描かれていない。
<最低賃金との比較論>
また、生活保護と最低賃金の比較が再び注目を浴びている。「働かなくてももらえる」生活保護基準が、最低賃金を上回るのは、いかがなものか、とのマスコミ報道が目立つ。
ただそのベクトルは、最低賃金の低さではなく、生活保護制度への批判を内包したものであり、増え続ける生活保護世帯数・人員と、連動する保護予算(国の予算で3兆円を越えている)の増加に対するキャンペーンの色合いが強い。
人気タレントも公務員も、果ては議員も、その「批判」にひれ伏している。維新の会府議の「謝罪」も、それに迎合するものであろう。
<路線の定まらない民主党>
税と社会保障の一体的改革(まだ、私もさっぱり理解できないが)を行うとして、消費税増税をおこなった民主党も、人気タレントの問題や、最低賃金との比較を受けて、保護水準の引き下げを言い出した。すでに始まっている2013年度予算編成においては、生活保護予算の削減を盛り込んでいると報道されている。
「生活が第一」を訴えて政権交代を実現した後、すぐに着手したのが、生活保護の母子加算復活だったことは記憶に新しい。以後、生活保護の制度改革は、ほとんど進んでいない。にも関わらず、世間というか、マスコミ誘導というか、生活保護への逆風を見て取るや、「保護基準の引き下げ」に舵を切っている。
<医療費を削減すれば、予算は激減する>
生活保護予算の内、6割は医療費である。しかし不必要な、過剰な医療も行われている。ジェネリック医薬品の利用も進んでいない。奈良の山本病院の例を出すまでもなく、勝手に病名を付けて、不必要な医療行為を繰り返すことは、「常態化」していると思われる。
自己改革できない医療界に対してこそ、徹底的なメスを入れるべきであると私は考えている。さらに、受給者自身にも一定の規制は止むを得ないのではないか。せめて、国保医療の水準を超える場合には、上限を設定することは、直ちに可能ではないか。
筆者は、医療界に少々批判的な意見を持っているわけだが、病名は付けても、直せない医療ではどぶに予算を捨てているようなものであろう。医療費削減が、一番簡単と思われる。ただ、簡単な事なのだが、抵抗が大きいことも事実なのだが。
<今後も増え続ける生活保護>
非正規雇用を増やし、不安定雇用が3分の1と言われるまで、低賃金と不安定雇用を常態化させてきた「新自由主義」施策が生み出したものが、最後のセーフティネットと呼ばれる生活保護受給者の増加に他ならない。今後も、年金だけで生活できない高齢者と、雇用保険も補償されない不安定雇用に従事せざるを得ない中高年を中心に生活保護受給者が増え続けることだろう。しかし排外主義的な議論では解決しない事は忘れてはならない。(2012-08-19佐野秀夫)
【出典】 アサート No.417 2012年8月25日