【本の紹介】「日本の国境問題—尖閣・竹島・北方領土」

【本の紹介】「日本の国境問題—尖閣・竹島・北方領土」
        孫崎 亨著 ちくま新書 2011年5月10日 760円+税
 
 東日本大震災で吹っ飛んでしまった課題に尖閣事件がある。2010年9月7日尖閣諸島海域で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突、翌日逮捕された事件である。
 逮捕によって那覇地検の下に船長は拘留され、日中の緊張は高まった。中国国内では、(政府許容の下)大規模な反日デモが起こる、中国政府がレアアースの輸出を差し止める、国際交流事業も中止になる、といった事態が生まれた。那覇地検は、「政治的配慮」により不起訴を決定し船長を釈放するが、日中の緊張は中々解消されなかった。
 
 本書は、日本が抱える国境問題–尖閣・竹島・北方領土問題について、そもそも国境問題にはどう対処すべきか、それぞれの問題についての歴史的背景明らかにしつつ、平和国家・日本の為すべき外交政策の論点がまとめている。
 
 <中ソ国境紛争を例に>
 1969年に、中ソ国境のダマンスキー島(珍宝島)で国境紛争が起こった時、著者は外務省のソ連留学生としてモスクワにいた。そして中ソそれぞれの対応と経過を現地で調査したという。中国では、毛沢東の後継に林彪が選ばれ、文化大革命のあとの「外敵」を求めていたという。反ソデモには1億5千人の参加があったという。一方、ソ連の側では、逆に冷静な対応が目立った。
 「国境問題があった時、関係国のすべての人が、紛争を円滑に収めようとする訳ではない。紛争を発生させ、それによって利益を得ようとする人が常にいる。」
 この中ソ紛争の中で、林彪は、穏健派の劉少奇派を封じ込めた。一方、ソ連も68年のチェコ事件をめぐる党内論争があり、この紛争を利用した人物・グループが存在したという。
 この中ソ国境紛争を、収束させたのが中国の周恩来であった。1969年9月の国慶節レセプションで「我々から戦いを挑むことはしない」と周総理が発言し、以来22年を要したが中ソ国境紛争は、収束した。。
 この「珍宝島紛争」を収束させた周恩来が、1972年の日中国交回復の際にも、「現状維持・武力不行使」の原則を、日中合意に含ませ「尖閣問題」の沈静化を図った。この合意を生かせなかったのが、昨年の尖閣事件であると著者は指摘する。
 
<尖閣事件処理の問題点> 
 1978年にも、尖閣諸島海域に多数の中国漁船が押し寄せたが、上記の「合意事項」の確認により、緊張は短期間で収束する。そして2000年日中漁業協定が結ばれ、同海域を含む漁業行為について、「それぞれが自国漁船を取り締まる、領海侵犯の行為には外交ルートで解決する」との合意が生まれる。
 昨年の事件では、直接中国漁船を臨検しようとし、衝突事件となった。さらに菅総理は、2010年の総理答弁において、尖閣問題に領土問題は存在しないと署名していた。さらに逮捕後は「国内法で裁く」と前原国土交通大臣が明言し、「領土問題棚上げ」合意を無視し、直接的な領土紛争への引き金を引く。
 中国の強硬な対抗措置は、日本政府(民主党政権)の対応への返礼であろう。
 誰が対中国強行路線を描いたか、それは明らかであろう。そして、残念な事に自民党政権以上に米政権・支配層に従順な民主党政権は、その指示を忠実に実行したのだろう。(これは佐野の私見)。
 本書では、尖閣事件を煽ってきた米政権の分析も行われる。日中の対立を煽ることで、日本の国民の不安感を強め、普天間・日米安保強化政策を推進し易くできる。
 
<北方領土問題を利用したアメリカ>
 北方4島をめぐる問題では、1951年のサンフランシスコ平和条約で日本は千島列島を放棄している。外交交渉問題は別にして、すでに決着している問題である。しかし、日ソ平和条約の動きなどに反発したアメリカは、日本の支配層に「領土問題」をけしかけた。戦後の一時期から、北方領土問題が日本側から持ち出された。アメリカは、日ソの接近を望まなかったのであり、日ソ平和交渉の妨害策として「北方領土問題」を持ち出した。
 かつて、「日本のこえ」の志賀さんが、「北方領土問題」の反ソ性を暴いていたが、この事実と符合する。
 2010年11月、メドヴェージェフ・ロシア大統領が、ソ連時代を含めて最高指導者として始めて北方4島を視察した。ソ連崩壊後、エリツィン大統領と橋本総理の間では、領土問題が進展した時期があった。その時期、ロシアは経済が破綻し、日本の協力を求めていた。しかし、現在、資源大国としてのロシアには、日本に気兼ねする要因が存在しない。おそらく当分の間、この問題での進展は全く望めない。
 まさに領土問題が、時の政権の、あるいは政権内部のあるグループの利害に従属することを示している。
 
<国境紛争地域は、日米安保の対象か>
 著者はまた、「北方領土・尖閣・竹島」で武力紛争が惹起した時、日米安保条約の対象となるか、を明らかにしている。
 安保条約第5条は「各締結国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動する」としている。
 日本の施政の下にない北方領土は対象にならない。竹島はどうか。竹島はアメリカ地名委員会によると国名は大韓民国と表記されている。
 よって、「北方領土」と竹島は、アメリカからすれば安保条約対象外となる。
 それでは尖閣はどうか。アメリカの見解は尖閣諸島は日本の管理下にあり、安保条約の対象である。尖閣の主権問題は係争中であり、そこには立ち入らないということである。
 昨年のクリントン国務長官の発言もこの域を出ていない。それでは、武力紛争に至った場合はどうか。「安保条約の対象である」ことと、「米軍が介入すること」は別問題ではないか、という論点が、ここで浮上することになる。
 日本が米軍の海外基地の全体の30%を提供しているのに、米軍が日本を守らないのか、この重要な点に発言したのが、モンデール駐日大使の1972年の発言であり、これにより辞任を余儀なくされている。すなわち「尖閣は日本の管理下にあるが、主権問題は係争中」である尖閣問題では、武力介入に米国議会の承認は降りないという事を著者は指摘している。

<武力を使わせない知恵>
 著者は、第5章領土問題の平和的解決–武力を使わせない知恵、第6章感情論を超えた国家戦略とは、において、領土問題を武力紛争に至らせないための戦略を展開する。
 最後の部分では9つの方策示して、平和的解決を図ることが重要だとしている。
 第1は、相手の主張を知り、自分の言い分との間で各々がどれだけ客観的に言い分があるかを理解し、不要な摩擦は避けること。第2に、紛争を避けるための具体的な取り決めを行うこと。第3に、国際司法裁判所に提訴するなど、解決に第三者をできるだけ介入させること。第4に緊密な「多角的相互依存関係」を構築すること。第5に「国連の原則」を全面に出していくこと。第6に、日中間で軍事力を使わないことを共通の原則とし、それをしばしば言及することにより、お互いに遵守の機運を醸成する。第7に、係争地の周辺で紛争を招きやすい事業につき、紛争を未然に防ぐメカニズムを作る。第8に現在の世代で解決できないものは、実質的に棚上げし、対立を避けることである。第9に、係争になりそうな場合、いくつかの要素に分解し、各々個別に解決策を見いだすこと、と、まとめておられる。
 「以上、ここに掲げた九つの平和的手段は、どれか一つだけが独立し、それですべてを解決できるものではない。武力紛争に持ち込まないという意識を持ちつつ、各々の分野で協力を推進することが、平和維持の担保になる。」と。
 
<2010年、アジア全域で国境問題が惹起>
 日中では尖閣問題、日韓では竹島問題、南北朝鮮では、延坪島問題、そしてアジアではベトナムと中国の領土紛争と、アジア全域で国境問題が焦点化している。
 中国の経済発展と資源確保政策、そして来年迎える中国共産党の指導者の交替など、中国がその震源ではある。 
 現在、ASEAN地域フォーラム等で、2002年の中国とASEAN諸国との「南シナ海の行動宣言」合意をさらに、「行動規範」とする協議が進められている。アメリカの介入を防ぎたい中国は、強行姿勢を控えてはいるが、予断は許さない。しかし、こうした協議の場を設けることで、中国の拡大路線を鈍らせることは可能であろう。
 こうした中、日本の国境問題を平易に論じる本書は、国境紛争を平和的に解決するためにも、大変役に立つと思われる。(佐野 2011-07) 

 【出典】 アサート No.404 2011年7月30日

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