【投稿】中国脅威論の虚構
利用される「不透明性」
7月6日、中国の江沢民前国家主席の死亡情報が世界を駆けめぐった。7月1日の中国共産党創建90周式典に江沢民が姿を見せなかったことから「重病説」が流布し、香港のATVテレビが「死亡」を「スクープ」したため、日本をはじめとする各国のメディアが、後追い報道を行った。多くは「死亡か?」「香港のテレビが死亡と報道」と慎重な論調であったが、「死亡した」とウラ取りもせずに飛ばし記事を書いた新聞もあった。
その後の展開は周知の通りであるが、現代において国家の最高権力者レベルの死を隠し通すことなど、北朝鮮であっても無理なことである。こうした中国に関するネガティブな報道は要人の動静だけでなく、軍事力に関しても同様のことが言える。中国の軍事費の透明性が低いことは明らかであるが、これを良いことにして軍事力を過大に見積もり、アフリカなど世界各地に於ける影響力拡大と合わせ「侵略の意図、能力あり」として自国の軍拡に利用しているのが日本政府である。
とりわけ、昨年9月の中国漁船事件以降、尖閣列島やガス田を巡り東シナ海における中国の行動を日本に対する差し迫った脅威と断じ、この海域や南西諸島を侵略する軍備を着々と整備しているかに報じられているが、実態はどうなのか。
中国は1998年、ウクライナから旧ソ連の未成空母「ワリャーグ」を購入し改装中である。これは近々「練習艦」として就役する見込みであるが、この存在については以前から明らかになっていたし、改装の進捗状況も定点観測的な映像をネット上で見ることができる。
続出する「秘密兵器」
これをあたかも中国の「秘密兵器」のごとくに取り上げ、日本に対する一大脅威の様に論じられることがある。軍事費の透明性から見れば、空母の予算が計上されているか判らないため憶測が飛び交うのだが、さらに中国は数隻の国産空母を建造中であり、これら機動部隊をもって近い将来東シナ海や南シナ海を支配下に置くとも、しばしば報じられている。
これについて人民解放軍の陳炳徳参謀総長は、空母を建造中であることは認めたものの、隻数については「指導部が決めていない」(7月12日「毎日新聞」)と語ったという。さらに、空母を運用するに際しての各種ノウハウについては未だ取得中であり、要は自動車教習所内での座学中で、「ワリャーグ」の就役を持ってようやく教習車に乗れるといったところではないか。さらに空母を護衛する艦隊の整備もこれからの段階であり、本免許取得までの道のりは長いと言わざるを得ない。
また、陳参謀総長はもう一つの「秘密兵器」といわれ、アメリカの空母に対する接近阻止戦略の切り札とされる、対艦弾道ミサイル「東風21D」について「まだ研究中で試験中だ」として、一部で報じられた実戦配備を否定した(同)。
このほかにも中国の「秘密兵器」としては、ステルス機「殲20」がある。先日ネット上で試験飛行の動画が関係者によって非公式に公開されたが、これは日本の海上保安官による尖閣ビデオの公開と同じく勇み足と思われる。「殲20」も開発中であり要求通りの性能を発揮できるか不明な段階であり、人民解放軍としては公開できるレベルではないと判断していたと考えられる。
7月23日、中国の高速鉄道が衝突、転落事故を起こしたが、民生部門のみならず、軍事技術においても同様の、未熟性、不安定性を内包していることは、明らかである。
現在の「張り子の虎」
かつて毛沢東主席は「アメリカの核兵器は張り子の虎である」と断じたが、現在の中国も張り子の虎なのである。それは兵器だけではなく、中国社会自体がそうである。中国は人口抑制のために「一人っ子政策」を続けてきたが、その結果とりわけ男子については、過保護に育てられ「小皇帝」と揶揄されるぐらいである。人民解放軍は志願兵制であるが、そうした子どもの「戦死」を親たちは容認しないだろう。
今後中国の経済成長が続き、生活水準が向上して行くにつれて、こうした傾向はさらに強まっていくだろう。逆に国内の少数民族や貧困層を報酬と処遇改善を餌に、最前線に送り込もうとしても更なる反発を生むことになるだろう。
毛沢東は「張り子の虎」に関連し「我が国の人口は6億人だ。核戦争で半分の3億人が死んでも、まだ3億人残るので人口はすぐに回復する」とも豪語したが、そうした時代はとうに過ぎ去っているのである。したがって中国がどこかの国と領土や資源を巡り、多大な犠牲を覚悟で本格的な交戦を開始するとは考えられないのである。
かつて1979年にベトナムに対して行ったような軍事介入も失敗したし、その後1988年のスプラトリー(南沙)諸島での、近代戦とは言えない小規模な海戦では勝利したけれども、それはこれからの戦いの教訓とはなり得ないだろう。
現在も中国はパラセル(西沙)諸島を加えた南シナ海で、ベトナム、フィリピンに対する圧力を維持しているが、強硬姿勢はいつまでも続かないことが明らかになってきている。中国は自らの実力を承知している。
南シナ海と東シナ海
現段階では越、比両国の海軍力は中国に比べ極めて劣勢である。しかしながらこの間、アメリカが介入姿勢を強めていることから7月20日、中国とASEANは高級事務レベル会合で、02年に署名された南シナ海紛争解決のための「行動宣言」を踏まえ、南シナ海における資源探査などの活動、計画に関する8項目の「行動指針」について合意し、翌日開催された中国、ASEAN外相会議正式に確認された。
一時は、南シナ海で武力衝突間近か、との見方もあったがこれにより、関係各国の協議による事態の改善が進む見通しとなった。アメリカは越、比両国、そして日、豪との合同軍事演習を展開してきたが、緊張緩和の動きを歓迎している。国務省のキャンベル次官補は21日、「行動宣言」の実効性を高める「行動指針」合意に関し、今後の具体化作業を支持すると明らかにした。これを受け日本の松本外務大臣も、21日の日本、ASEAN外相会談で指針の合意に歓迎の意を表した。
日本政府はこうした流れを評価するのであれば、東シナ海においても同様の政策を進めなければならないはずである。しかし菅内閣は昨年9月以降、具体的な改善策を提起していないどころか、「動的防衛力」=「兵力南西シフト」を明確にした「新防衛大綱」策定など、中国を仮想敵国視した軍事力増強を進めている。
来年には事実上の軽空母である「22DDH」(397号参照)の建造が始まり、来年度予算では大規模災害対策に有効という大義名分の下、2番艦である「24DDH」の予算が承認されるだろう。さらに与那国島への陸自部隊配備、これをバックアップする南西諸島への戦略物資の事前集積計画も進行している。特定の地域に於ける、特定の国を対象とした兵力の集中は、戦争準備と見られても仕方がない。機能不全に陥った菅内閣のもと、軍拡と緊張激化が一人歩きする危険性は益々拡大している。
国会では、マニュフェスト見直し論議が錯綜しているが、軍事、外交政策の見直しを放置してはならない。(大阪O)
【出典】 アサート No.404 2011年7月30日