【投稿】北朝鮮の権力世襲と東アジア情勢

【投稿】北朝鮮の権力世襲と東アジア情勢

<「三代将軍」披露>
9月28日、朝鮮労働党代表会が44年ぶりにひらかれ、金正日総書記の三男、正恩氏が党中央委員および党中央軍事委員会副委員長に任命され、党内序列5位(6位という説もある)についた。前日には人民軍大将の称号も与えられており、正恩氏は金正日総書記後継者の地位を確立した。
正恩氏の経歴については、少年時代スイスに留学したこと以外は明らかになっておらず、軍務に就いたことも、党務の経験もおそらく皆無に等しいと思われる。
しかし、同じ「三代将軍」でも徳川家光のような「生まれながらの将軍」ではなく、正恩氏は兄弟、とりわけ次兄の正哲氏との後継者争いを勝ち抜いてきたことは事実であり、そうした政治的経験を軽視すべきではないかも知れない。
金正日政権は先軍政治路線を進め、核開発や韓国に対する軍事的挑発を繰り返してきた一方、民生分野の充実を軽視してきた。
度重なる自然災害や食糧危機、あるいは昨年末のデノミの失敗に際し、先軍政治路線の弊害が噴出、多くの国民が犠牲となっており、今後も経済の再建は困難と考えられる。
それでも、10月10日の朝鮮労働党結成65周年軍事パレードは、正恩氏観閲のもと、戦車など機甲部隊や中距離弾道ミサイルなどを登場させた過去最大規模のものとなり、先軍政治路線の継承と強化を印象づけた。
この様子は朝鮮中央テレビがライブで放映したほか、諸外国のメディアの取材も許可するなど、正恩氏の一連の「お披露目」の有終の美を飾るイベントともなった。

<移行期間が問題>
今後は、金正恩氏の実績づくりが進められるが、核開発を材料とした対米交渉の進展が最優先し、経済再建を二の次とする非常に危ういものとなるだろう。
国内の不満を抑え込み、こうした路線を強行して行くには、権力基盤の確立が急務となる。 それを支えるのは、叔母の金敬姫とその夫である張成沢ら党最高幹部の親族、そして何より金正日総書記である。
今回の代表者会で金総書記は再選され、また依然として国防委員長の地位にあるが、健康状態は不安定であり、内蔵疾患とともに脳疾患による判断力の低下が指摘されている。今回後継者確定を急いだのも、そうした背景があり、徐々に権力以降が進むのか、突然最高権力者となるのか予断を許さない。
移行期間が長ければ、その間に権力基盤を固めていくことが可能で、正恩政権の安定度は高まるだろうが、近いうちに金総書記が死亡するような事があれば、不安を抱えたままの船出となり、その影響は国内のみならず国外にも波及するだろう。
しかし、この間正日、正恩父子は権力移行をスムーズに進めるため、不安定要因の除去に努めている。早くに後継者争いから脱落した長男の金正男氏は、世襲反対を明言している。しかし北朝鮮国内の正男氏シンパは正恩氏の意向を受けた公安組織により駆逐されたといわれており、実際の影響力はほとんど無いものと思われる。

<金正恩支える中国指導部>
金正日総書記は今年5月、および8月、年2回病身を押しての異例の訪中を行った。2回目には秘密裏に、正恩氏も同行したのではないかと推測されており、その真偽はともかく、訪中の目的が自らの後継者についての説明と支援要請であったことは間違いない。
中国はこれまで社会主義体制下に於ける権力世襲については、疑問を呈する姿勢であったが、今回の正恩氏の後継者擁立については、肯定的な対応を示している。
中国指導部は、北朝鮮を対米緩衝地帯と位置づけており、後継者を巡る権力闘争を発端に不安定化し、無政府状態に陥った場合、国境を接する中国東北部に混乱が波及するような事態を非常に危惧している。
今回中国は北朝鮮崩壊を避けるための最も無難な措置として、世襲を是認することにより、北朝鮮権力内に存在する「不満分子」に睨みをきかすことを選択したと考えられる。今後中国は、北朝鮮に6ヶ国協議再開を促し、金正日存命中に核開発問題の決着を図る方向で動いていくだろう。

<金正恩体制に備える韓、米>
韓国は、李明博大統領が8月15日「光複節」の演説で、南北統一に言及、北朝鮮が崩壊した場合の莫大な財政負担を補うため「統一税」の創設を提唱した。また10月13日の「朝鮮日報」は、韓国軍がその時発生する「北朝鮮難民」を最大200万人程度と見積もり、受け入れなどの対応措置を計画している、と報じた。
3月の「チョナン」撃沈以降続く、南北の緊張状態は継続しており、10月14日には韓国主催で大量破壊兵器拡散阻止(PSI)海上演習が、日米豪の参加で開催された。しかし、この演習は「特定の国を対象としたものではない」(韓国政府)とされ、実施海域も釜山沖で事前のセミナーは非公開とされた。
今後韓国政府は、北朝鮮の崩壊というシナリオを描きつつ、中国の金正恩承認という展開を踏まえ、金正恩体制を前提とする対話路線という両睨みの対応を模索していくこととなるだろう。
オバマ政権は、8月のカーター元大統領の訪朝時点では「金正恩が後継」という確証は得ていなかったようだが、10月9日ゲーツ国防長官が、政府高官としてははじめて「金正恩氏を後継者とみなしている」と発言、金正恩後継を確認した。
アメリカは8月イラクから戦闘部隊を撤収させ、来年7月以降、アフガンからも撤兵開始という事実上の対テロ戦争敗戦処理を進めているが、アジア戦略については、新たな脅威としての対中国関係の不安定化という要因をかかえながらも、北朝鮮については6ヶ国協議の枠組みを保持しつつ、韓国との連携を強め対処していくという、これまでの路線に変化は無いだろう。

<鈍感な民主党政権>
こうしたなか、菅政権、日本政府はまったく主体的な動きを見せていない。この間の日中関係の緊張激化とその修復や、臨時国会への対応に忙殺されているとはいえ、依然として日朝関係=拉致問題という自民党政権時代からの枠組みに縛られたままであり、高校授業料無償化に係わる朝鮮高級学校への適用問題についても、結論が先延ばしされ続けている。
拉致問題に関しては、7月の金賢姫元工作員来日や先日の柳田担当大臣の「おわび」など、パフォーマンスを繰り返しているが、大局的な視点を持った行動は皆無である。
北朝鮮とのパイプなど、ある意味自民党よりも豊富であるにもかかわらず、様々なルートを使った情報収集や接触が行われているとは思えない。韓国との関係は、概ね良好であり、中国とも首脳会談の再開など好転の兆しが見えている現在、両国との協調を保ちつつ独自の動きが必要なのではないか。
今後11月の横浜APEC首脳会議では朝鮮半島情勢も論議されるが、議長国が率先して地域安定にむけたイニシアティブを打ち出さなければ、「東アジア共同体構想」など雲散霧消してしまうだろう。(大阪O)

【出典】 アサート No.395 2010年10月23日

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