【投稿】「正義」のゆくえ

【投稿】「正義」のゆくえ—「自分だけが正しい」という思い込みはさらなる混乱を招く
福井 杉本達也

1.「正義」を求め続けるとどうなるか
現在の英仏間の国境を画定した「百年戦争」の終盤・1407年に「オルレアン大公暗殺」という事件が起った。暗殺を謀ったブルゴーニュ大公はフランス国王・シャルル六世の赦免を拒否し、オルレアン大公の信奉者たちも国王が赦免を与えることを拒んだ。王の赦免による曖昧(あいまい)な解決ではなく、正義の裁きを希求する「自分だけが正しい」という双方の思い込みが、その後に続くブルゴーニュ党とアルマニャック党(オルレアン大公派)の内戦を招き、これにイギリスの侵略が加わって、フランスはジャンヌ・ダルクの登場(1429年)まで長い混迷を強いられるのである。正義の裁きを求めての復讐(ふくしゅう)と懲罰がさらなる混乱を引き起こしたのでる(毎日:2010.10.10:鹿島茂書評・『オルレアン大公暗殺』ベルナール・グネ著)。

2.「日本の法律」は何処にでも通用すると思うな
尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件にについて、植草一秀氏は「中国人釈放刑訴法拡大解釈は治外法権容認を意味」するとし、「日本の法律に照らして極めて悪質な犯罪であることを理由に、中国人船長を逮捕、勾留したのなら、粛々と起訴して犯罪を明らかにする必要がある…中国の外交圧力に屈して…釈放したもので…このような弱腰な政権運営を行う政権に、国の主権を守ることは不可能である。」(植草一秀ブログ:2010.10.2)と述べているが、日本の法律は日本にしか適用されない。一方、中国は日本の領土とは認めていない。日中国交の時点で「棚上げ」で合意していた事項を一方的に破棄し、日本の法律を強行に適用しようとしたからこそ、今回、中国は強固な対抗措置をとってきたのである。植草氏のように「粛々と起訴」してとなれば、日中間の武力衝突まで行きかねない。
きわめつけは、文芸評論家・山崎行太郎氏の「中国に限らず、ロシア、北朝鮮、韓国というような国境を接してる国々が、『日本、怖るるに足らず』と錯覚し、『日本沈没』を画策し、妄想し、領土拡張の誘惑に駆られていくことは、決して日本にとって得策ではない。言い換えれば、核武装論を拒絶するならば、安保マフィアのように、いつまでも米軍基地存続を願う『従米属国派』のように、これからも宗主国の顔色を伺ってばかりいる半独立植民地国家・日本で行くしかない」(『毒蛇山荘日記』2010.10.3)との文章である。 領土防衛論から一気に独自核武装にまで飛躍してしまう。日本が核武装するということは政治的にも経済的にも東アジアから完全に孤立するということであり、明確な核拡散防止条約違反として、北朝鮮のような厳しい経済制裁を受けるということになる。その「結果」を考えて発言しているのか、それとも米軍産複合体への従属をいっそう深め・「貢ぎ物」を多くするために、エージェントとして、ここぞとばかりに“危機”を煽っているのか。
そもそも、「6月8日初閣議で尖閣列島で『解決すべき領有権の問題は存在しない』の答弁書決定。係争地なら武力衝突につながる国家権力使用は抑制…領有問題なしなら日本領への侵入。断固たる措置可能。『初閣議』で準備ない者に誰が主導権をとってこの決定をしたか。要チェック」(9.23)と孫崎享氏は述べているが、“危機”のどさくさで頭に血を上らせて裏で仕組み・操作する輩が存在するということである。それは尖閣危機が起こる2ヶ月も前に“準備”されていたという事実である。「国際政治は『あるべき』で行動すべきでない。相手の過激な行動をどう押さえるか、それをまず考えるべし。道徳の競争でない。」(孫崎:同上)

3.政治とカネの問題
政党への政治資金が特定の団体に偏れば、当然その政党の政策は特定の政治勢力の利益を代表せざるを得なくなる。しかし、政党というものは霞を食って維持できるものではない。野党時代の民主党を維持してきた大きな財源は小沢氏のカネと鳩山氏の“贈与資金”と労働組合からのカネ及び人の提供であった。しかし、これは少なくとも外国からの資金提供ではない。自民党の場合には政党の発足自体が外国からの干渉によるものであり、「CIAによる秘密献金は少なくとも1960年代終わりまで続けられた」(テイム・ワイナー『CIA秘録』)。さらには国民の税金である内閣官房報償費(機密費)を政治資金として下野する直前まで着服している(日経:2009.11.21「官房機密費・前政権の多額引き出し」 毎日:2010.5.21「野中広務元自民党幹事長・機密費月7000万円」 鈴木宗男氏:TBS「沖縄知事選で機密費」2010.7.21)。また、旧社会党右派には、1958年・アイゼンハワー政権下では「より親米的で『責任ある』野党が登場することを期待して左派系野党から穏健派を分裂させる隠密工作」を行っている(同上『CIA秘録』)。公明党の場合には「創価学会へ適正な税務調査が行われていない」という税法上の疑惑が指摘されている(伊東光晴:『政権交代の政治経済学』)。共産党の場合は長年に亘り議長を務めた野坂参三(1993年死亡)自身がソ連・秘密警察のスパイだったことが明らかとなっている(モスクワ旧ソ連邦公文書館資料:加藤哲郎HP:「歴史における善意と粛清 ―国崎定洞の非業の死からみた『闇の男――野坂参三の百年』の読み方」)。
政党が自立した政治資金を作れないならば、今後も外国の干渉を招くことになる。小沢氏の政治資金の取り扱いが、検察審査会の2度の議決が必要なほどの重要な犯罪案件なのか疑問である。さらには、議決に欠陥があり、法に定められた審査会の議事録があるのかも不明で、審査員の入れ替えも不明の検察審査会自体の「正義」も疑われる(日経:2010.10.6「告発にない犯罪事実追加」 Asahi:2010.10.14「小沢氏起訴議決の検察審査員、平均34.55歳に再訂正」)。

4.検察=「正義」か?
厚労省部長の村木厚子氏を逮捕・起訴したいわゆる「郵便不正事件」は大阪地検特捜部担当検事による「証拠改竄事件」及びその上司である特捜部部長・副部長らの逮捕という組織的な犯行を疑わせる内容へと発展しつつある。元々はこの事件は民主党の石井一議員を狙った「議員案件」である。ところが村木氏への無罪判決でも指摘されたように「口利き依頼日」に石井議員がゴルフに行っていたことが判明し、検察の狙いは崩れたにもかかわらず、虚構のストーリーを継続したことが冤罪事件につながったものである。
最高検は大坪特捜部長・佐賀副部長の責任というトカゲのしっぽ切りストーリーでこの「改竄事件」を処理したいようであるが、大坪・佐賀両氏は検察組織内部の「公然の秘密」を知り尽くした者達である。日経記者が拘置所で面会したところによると(10.15)、徹底抗戦の構えを見せている。その主張は①「自分たちは最高検の作ったストーリーによって逮捕された」、②「密室での違法・不当な取り調べによる虚偽の自白で、多くの冤罪が生み出されてきた」ので「全面可視化」の要求、③最高検による両容疑者への「接見禁止の申し立ての却下」である。③の「接見禁止」が認められると、マスコミには「最高検のリーク」記事で溢れかえり、一方的に偏った記事で、村木氏のように両容疑者は起訴前にも犯罪人扱いされ・社会的に抹殺されてしまう。大阪地裁は、こうした最高検の「ストーリー」を拒否した(上杉隆:「検察3つの“公然の秘密”」ダイヤモンド・オンライン:10.14)。接見許可の成果が上記日経の面会記事となっている。
日経「歪んだ正義」(10.16)の中で元特捜検事の堀田力氏は検察の「ストーリー」擁護して「事件の捜査では、いくつもの筋や可能性を考えるが、1つ1つを追いかけて裏付け捜査をしていくと、自然と真実が浮かび上がる。真実の裏付けは取れるが、ウソの裏付けは取れないからだ」とのたまう。これこそ全くのウソである。「ストーリー」に合わない事実は証拠として採用せず切り捨てられ、合う事実のみが証拠として採用されるのである。その中で「証拠」同士でどうしてもつじつまが合わないものが「改竄」される。最高検と特捜部上司との争いは「皮肉」である。
村木さん無罪判決の直後・9月16日に北九州八幡東病院の上田里美看護課長の「つめはぎ事件」の無罪判決が福岡高裁で出された。これは高齢の認知症患者の「つめを深く切った行為」が「故意につめを剥いだ虐待」に当たるのか、「認知症患者に対する適切なフットケア」に当たるかが争われた事件である。一審福岡地裁では「傷害」として懲役6ヶ月(執行猶予)の判決を受けてしまった。「つめ切り」という事実は1つであるが、司法の「解釈」によっては懲役刑を科せられるというとんでもない冤罪の事例である。
堀田氏は上記で政治家や経済人の「20件のうち1件でもいいから摘発することで抑止効果が出る」と述べるがとんでもないことである。政治資金規正法の些細な違反事例での摘発やそれもできなければ「虚偽のストーリー」を作るという行為こそ法治国家としてあってはならない。
摘発すべきは岸信介や緒方竹虎といったCIAのエージェントとして長年に亘り活動し(加藤哲郎・早稲田大学「20世紀メディア研究所・特別研究会―CIA と緒方竹虎」2009.7.25)、日本の国益を外国に売り渡してきたような巨悪とその「相続者」である。

【出典】 アサート No.395 2010年10月23日

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