【投稿】「最少不幸社会」は右を向くのか、左を向くのか?
福井 杉本達也
1 法人税率は果たして高いのか?法人税率を引き下げれば所得が海外移転するだけではないのか?
6月11日付の日経新聞によると、直嶋正行経産相は、日本の法人税率は国際水準より15~20%高いので、税制の抜本改革の議論を待たず「法人税の税率を来年度にまず5%下げる必要がある。」と発言している。しかし、本当に日本の法人税率は高いのか。少なくとも日本の税収と歳出のバランスは1991年までは均衡を保ってきた。これを大きく崩したのは、富裕層への所得税の大幅減税と伴に、1998年に法人税率を34.5%に下げ、1999年にはグローバル化に対応するため「国際水準並みにする」として30%に引き下げたことにある。一方で政府が『財政健全化目標』を掲げ、もう一方で大臣が『抜本改革の議論を待たず法人税を下げろ』というのでは何をか言わんやである。
そもそも、日本の法人税率は高いのか。広義の法人所得負担は、国税と地方税だけでなく、社会保険や民間医療保険なども加えて比較しなければならない。神奈川県の井立雅之氏の「法人課税の負担に関するGDP対比による国際比較」によれば、2004年で日本は9.4%であるのに対し、アメリカは11.2%、イギリスは8.3%、ドイツが9.2%、イタリアが14.3%、フランスが15.8%であり、決して、日本の法人負担が高いことはない。しかも、この四半世紀において、我が国の法人所得課税への負担は、他の先進国と比較して、最も軽減が図られてきたのである(「法人課税の負担水準に関する国際比較について」)。
法人税率を下げたとろで、カネが『成長』に回るとは限らない。日産の取締役の「平均報酬額は単純計算で1億6900万円となり、トヨタ自動車(3752万円)などと比べても突出して高い。日産の取締役のl人当たりの報酬額が高いのは、カルロス・ゴーン社長の報酬水準が高いためと見られる」(日経:2010.6.8)と報じられている。また、「『外国人役員はべらぼうな報酬をもらっている。1億5千万円くらいとっている』。亀井静香郵政・金融担当相は先月、2期連続赤字となった新生銀行を記者会見で批判」(日経:6.10)しているが、法人税率の下げは、成長投資には投入されず、役員報酬と配当に回り、その一部は海外流出する恐れが高い。直嶋大臣は「労働貴族」との評判ではあるが、その言動から察するに「国際金融資本のエージェント」と評価すべきであろう。
2 誰も言わない所得税の累進課税強化
2005年の厚労省の「所得再分配調査報告書」によると、当初所得のジニ係数(社会における所得分配の不平等さを測る指標。係数の範囲は0から1で、係数の値が0に近いほど格差が少ない状態で、1に近いほど格差が大きい状態であることを意味する。)は1993年には0.3703であったものが、2005年には0.4354となり所得格差が拡大している。主要な要因は高齢化によるもので、社会保障+税による再分配によって再分配所得は0.3074(1993年)→2005年では0.3225と改善されている。2005年における社会保障による改善度は22.8%、税による改善度は4.1%(計26.4%)となっており、年々社会保障による改善度の比重は高まり、逆に、税による改善度は6.5%(1993)→4.1%(2005)と微々たるものになりつつある。世帯主の年齢別所得再分配状況では、30~44歳の子育て世代層では現金給付は9.0~18.6であるのに対し、医療などの現物給付は34.3~41.4となっており現金給付は圧倒的に少ない。一方、60~74歳の年金生活世代層では現金給付が119.7~223.8、医療介護などの現物給付が 70.4~90.9となっており、医療なども膨らむが、生活を支える年金等の現金給付が多くなる。世帯員の年齢階級別の再分配所得は30~44歳の層でM字型に落ち込んでおり、この子育て世代を下支えするには、税による現金給付が重要である。したがって、6月から支給開始された「子ども手当」や「高校無償化」は非常に重要な政策手段である。所得税は1986年以前の15段階・70%の最高税率が6段階・40%にまで引き下げられてしまった。当初所得格差が拡大してきていること及び税による再分配機能が年々低下していることを考えるならば、所得税の累進課税を強化すべきである。
3 消費税増税の大合唱の中身
マスコミの論調や自民党のマニフェストは消費税の増税と法人税の減税、社会保険料の削減で、そして社会保障費の削減である。しかし、これは昨年8月30日以前の日本に戻すことである。確かに財政的余裕はない。今後とも国債を無限に増発していくことはできない。安定財源としては付加価値税が考えられる。日本の付加価値税率はドイツの19%、フランスの19.6%、中国の17%などと比較して、国際的には著しく低い。しかし、消費税の増税と抱き合わせで法人税の減税をやらせてはいけない。それは国民の負担で大企業や国際金融資本を肥え太らせ、日本の資金を海外に漏出させることである。「小泉構造改革」の再来である。法人税の税率見直しは、事実上の補助金となっている租税特別措置の見直しと抱き合わせでなければならない。
マスコミの消費税増税大歓迎の論調にはバイアスがかかっている。マスコミはこの間、日本の国債残高はGDPの2倍もあり、財政は持続不可能だと「危機」を煽ってきた。しかし、「『危機』を感じさせるイベントが起こったときに、妙に活性化する一群のビジネスがある。」と山崎元氏は説く。「行動経済学は、損をしている場合に人間がリスクのより大きい状態を好む傾向があることを指摘している。ヘッジファンドの提供者側から見ると、損を抱えた年金基金運用担当者は、格好のマーケティング・ターゲットだ。官庁も広義のビジネスだと考えると、なんとしても『増税』を行いたい官僚たちの意を受けて、日本の財政はギリシャ並みかそれ以下だとあおる宣伝が盛んだ。… いずれにせよ、顧客の危機感につけ込んで、恐怖と一緒に売る商品にろくなものはない。」(『ダイヤモンド』2010.6.12)と述べている。財政健全化論議も「恐怖」と一緒に煽られてはろくな商品にはならない。財政危機を煽って増税したい主体は官僚ばかりではない。国際金融資本は、日本国民の資産を、安全な国内預金や郵便貯金・日本国債から引きはがして、米国債や海外のハイリスクの資産運用に持ち込みたいのである。
4 アメリカ型低福祉社会を目指すのか、欧州型高福祉社会を目指すのか?
米国では上位1割の所得階層が、全所得の49.3%を有している。特に利子・配当所得の偏りは顕著で、100 万ドル以上の所得層(2006 年納税申告者数の0.3%)がその過半を独占している(2000年:55.7%、2006 年:61.4%)(田村 太一「アメリカの証券資本主義と所得格差」2009.3.31)。所得税の全税収に占める割合は70%もある。こうした不平等社会では、所得税の累進税率を上げることによって税収を確保することが容易である。日本の場合、課税所得が900万円超の階級・97万人で課税所得は18.3兆円(全課税所得の17.2%)、税収は4.8兆円と全所得税収入の40.2%となっている(平成21年度税制調査会資料)。つまり、日本のように相対的に平等な社会では、中堅の330~900万円の階級でも900万円超の階級に匹敵する4.6兆円の所得税を支払っており、累進税率だけでは大きな税収を確保することは困難である。既に、自民党時代からの国民年金の1/3から1/2への国庫負担増部分(2.5兆円)や子ども手当(5.3兆円 満額支給すると12.6兆円)などで税負担の先食いを行っており、赤字国債となっている。やはり、安定的な財源としては現行の消費税を欧州的なインボイス方式による付加価値税に変え、そのうえで、累進課税を組み合わせ、支出面では所得再分配による福祉政策を行うしかない(伊東光晴「付加価値税と累進課税で所得の再分配を進めよ」『東洋経済』2010.4.24)。日本はアメリカ型の社会を選ぶのか、欧州型の社会を選ぶのか、民主党・与党を含め国民自身の腰が全く定まっていないことに問題がある。
【出典】 アサート No.391 2010年6月26日