【投稿】 オバマ「核なき世界」は倫理なき世界か

【投稿】 オバマ「核なき世界」は倫理なき世界か
                             福井 杉本達也 

<「道義的責任」という言葉によって問題の核心が闇に>
 オバマ大統領は今年4月5日チェコの首都プラハに置いて、「核なき世界」の演説を行った。また、この9月24日に安保理首脳級会合での決議をめざすとしている。オバマ大統領のこの演説に対し、日本のマスコミはこの間好意的に報道し、共産党までもが歓迎しているがはたしてそうか。演説の骨子は①米国は核兵器のない世界に向けた具体的な措置を取る。ゴールにはすぐにはたどり着けない。②国家安全保障戦略における核兵器への依存度を下げ、他国にも同調を促す。③米国は核兵器を使用した唯一の核保有国として行動する道義的責任がある。④米国、ロシアの戦略核をさらに削減する新条約を今年末までにまとめる。⑤包括的核実験禁止条約(CTBT)批准に向けまい進する。⑥核兵器原料の生産を禁止する「兵器用核分裂物質生産禁止(カットオフ)条約」の交渉開始を目指す。⑦核拡散防止条約(NPT)体制強化。⑧「核燃料バンク」を支持する。⑨北朝鮮が長距離弾道ミサイルへの国際連携による強い対応。⑩イランに関与していく。⑪チェコやポーランドはミサイル防衛(MD)計画を進める。⑫テロリストが絶対に核兵器を入手しないようにしなければならない。⑬米国は1年以内に「世界核安全サミット」を主催する。などである。このうち、日本のマスコミ等が特に注目したのが③の「道義的責任」である。英文は「the United States has a moral responsibility to act」というものであるが、「moral」という便利な言葉によって問題の核心が覆い隠されてしまった感がある。
 米国は人類史上初めて核兵器を開発し、使用し、現在もなお大量に保有し続けている事実がある。広島・長崎に対する原爆の投下は国際法違反である。「核兵器は戦闘員と文民を区別しない無差別大量破壊兵器であり、国際人道法上認められない非人道的な兵器である」(民主党:「核政策」)。米英は第2次大戦末期の1945年2月13~14日に行ったドイツ・ドレスデン無差別爆撃について(映画『ドレスデン 運命の日』2006年:ローランド・リヒター監督に詳しい)1995年に和解行為を行ったが、広島・長崎については何らの動きを示していない。

<自らの核戦力・通常戦力を棚に上げて、他国を非難する不正>
 また、米国は核兵器を削減しても、圧倒的な通常戦力を保有している。古く管理がしにくい核兵器を処分し、通常戦力によって相手を圧倒しようとうと考えているとしても不思議ではない。核兵器は貧乏国家の兵器という言い方があるが、敵国(仮想敵国)との経済的・技術的格差が極めて大きく、国家の存亡がかかっていると判断した場合、核兵器を一発逆転の兵器として使おうとするものである。1964年の中国の核実験などがこれに当たろう。麻生内閣時の4月27日、中曽根弘文外相は「ゼロへの条件――世界的核軍縮のための『11の指標』」なる演説をおこなった。オバマ演説に便乗したものだが、「米国とロシアの間での安全保障上の核兵器の役割は大幅に低下してきました。両国は、第一次戦略兵器削減条約及びモスクワ条約により配備された戦略核弾頭数を大きく削減してきました。イギリスとフランスも透明性のある形で核兵器削減を行ってきています。しかし、中国の戦略的方向性は不透明な一方、核軍備の近代化を進めており、これまで核兵器削減に取り組んでいません。また、情報開示を一切行っていません。」と中国が核軍拡を進めていると名指しで非難し、その後「中国及びその他の核保有国による核軍縮」との章を設け「中国及びその他の核保有国による核軍縮です。中国とその他の核保有国が、軍備の透明性の向上を図りつつ、核兵器削減を含む核軍縮措置を行うことが、世界的核軍縮の前進のために必要不可欠です。また、これらの国々が、米国とロシアが核軍縮努力を行っている間においては、核軍縮の機運に逆行するような、ミサイル等の運搬手段を含む核兵器開発を凍結することが必要です。」と述べている。しかし、米ロは世界の核兵器の約95%・25,000発(核軍縮交渉の対象となる戦略核だけでも、アメリカが5,576発、ロシアが3,909発(米国務省調べ、今年1月現在))もの核兵器を保有しており、これを大幅に削減したところで、核戦力の圧倒的優位は動かない。どうして問題が「中国」なのか。中曽根外相の演説にはひいきの引き倒しで、オバマ演説が隠している自らの不公正さを“素直に”表現しているといえる。中国の核保有を弁護しようとするものではないが、中国の核戦略で他の保有国と大きく異なる点は「先制不使用」を宣言していることである。他国から核攻撃を受けない限り、自分から先に核兵器は使わないと公約している。

<オバマ政権の性格>
 そもそも、オバマ政権はどのような政権なのか。中田安彦氏著の『アメリカを支配するパワーエリート解体新書』(PHP研究所:2009.9.1)に詳しいが、国家経済議長のローレンス・サマーズ、財務長官のティモシー・ガイトナー、大統領経済復興諮問委員会のポール・ボルカーなどの超有名人の顔ぶれからも軸足は明らかに金融資本にある。ゴールドマン・サックスなどの金融資本を後ろ盾として政策を進めていると見ることが自然であろう。ブッシュ前大統領のネオコン=軍産複合体をバックとした極めて侵略的な政策ではないものの、雲の上のごく一握りの階級層を代弁していることに違いはない。金融資本は必ずしも侵略的でないとはいえない。金融資本は戦争の両当事者に金を貸し付けてぼろ儲けする。戦争行為を煽ることが資金運用の手段である。ケインズには申し訳ないが「軍事ケインズ主義」という言葉もある。オバマ政権が今後どのような政策を取ってくるかは、金融危機の今後の推移とのかね合いもあり、まだ、輪郭ははっきりとしない。必ずしも核軍縮を進めるとはいえない。

<歓迎すべき東欧へのMD配備の中止>
 ところで、オバマ政権は9月22日以降の米ロ首脳会談に先立って、チェコ・ポーランドへのMD配備を中止することを17日に決定した(朝日・日経等各紙:2009.9.18)。東欧のMD網は明らかにロシアを核戦略の標的にしたもので、この12月に期限を迎える第1次戦略兵器削減条約(START1)の後継条約交渉の最大の障害になっていたものであり、歓迎すべきものである。なぜ、この時期に中止を発表したのかであるが、まず、アフガニスタンの大統領選の結果が不透明であり、カルザイ政権の正当性がさらに疑われる事態となっており、軍事作戦でも米・NATO軍は苦境に陥っている。パキスタン側からの補給路は不安定化しており、どうしても7月6日に首脳会談で合意したロシアルートに頼らざるを得ない。第2に米国からの資本の逃避が進みつつあり、ドル危機が顕在化しつつあることがあげられる。9月8日、金は1トロイオンス:1,000ドルを突破し、中国は自国で産出した金を外貨準備に組み入れ、金準備を1,054トンと一気に8割近く増やし、ドル資産の分散に動いている(日経:2009.9.17)。ロシアの今年7月末の米国債保有残高は1180億ドルと世界第7位となっており、米国としてはドル資産からの逃避は避けたいところである。

<核軍縮に向けての日本の役割>
 麻生内閣までの自民党政府は核軍縮を唱えながら、日本を米の『核の傘』の下に置いていた。自らは持たずとも米国の核で日本を守ろうとするのであるから、核戦略の一環である。日本に配備したMD網はどう説明するのか。日本国内に核弾頭はなくとも明らかに米国の核戦略の一環を構成している。北朝鮮の弾道ミサイルへの対応というのは口実に過ぎない。現実は中国の弾道ミサイルへの対応であり、ロシアの核攻撃に対処するものである。ロシアが東欧配備ほどに日本のMD網に厳しい態度を取らないのはモスクワからあまりにも遠いからに過ぎない。オバマ演説が本当に核軍縮を進めるのであるならば、核の先制不使用を提案すべきである。そうすれば、米国は北朝鮮の核にコミットすることも、イランにコミットすることもない。オバマ演説からはまだ核の恫喝を放棄する確固とした意志は感じられない。民主党の岡田克也外相は幹事長時代の5月20日に、日本は米国に対し、核兵器の先制不使用と非核保有国への核兵器使用禁止を働き掛けるべきだとの考えを表明しており、民主党政権下での日本の役割に期待したい。 

 【出典】 アサート No.382 2009年9月25日

カテゴリー: 平和, 政治, 杉本執筆 パーマリンク