【本の紹介】『中国は世界恐慌にどこまで耐えられるか』
著者 仲大軍 訳者 坂井臣之助
2009年3月2日発行 草思社 ¥1,600 + 税
<<「5つの楽観的シグナル」>>
この5/7に、中国国務院新聞弁公室傘下のチャイナネットが発信した「世界経済回復の5つの楽観的シグナル」という論評は、「ここ最近、人々は国際経済情勢に対しより楽観的になれなくなっている。しかしどうであれ、希望は存在し、情勢が困難で人々を不安にさせている状況でも、多くの喜ばしいシグナルは現れている。」として、「楽観的シグナルその1」として、「中国と米国のPMIが同時に上昇」を取り上げ、「先週末、中国と米国からうれしい知らせが届いた。中国と米国が発表した4月の製造業購買担当者指数(PMI)は、世界金融危機が発生した昨年9月以来の最高となった。」と指摘。
次いでその2として、「米国経済情勢の最大変数の一つである不動産市場の暴落が収まってきており、これも実体経済が好転していると解釈できる現象と言える。」
その3として、5/1以降、ニューヨーク株式市場が反発し始め、ダウ平均は8200ポイントを突破した。その4として、「一時期「国家破たん」の見方が強まった東欧国家にも春の風が吹き始めた。」こと、さらにその5として、「景気の変化に非常に敏感な代表的原材料である銅価格が最近、国際市場において急騰している。銅材は自動車製造や建築の際によく使用される金属で、…過去の経験からして、景気回復時に銅の需要は増加するだろう。」と、実に楽観的な5つのシグナルを披瀝している。
そしてこれらの楽観的シグナルにおいて決定的なのは、中国の占める位置とその役割である。同論評は、「中国は世界経済を救う過程で中心的役割を果たすと考える人がますます多くなっている。英『フィナンシャルタイムズ』は1日、トップニュースで「中国政府が昨年11月に行った大規模な経済刺激計画はすでに効果を現し始め、多くのエコノミストは中国経済の予測を上方修正している」と報じた。『フィナンシャルタイムズ』のアナリストは、中国政府の「保八(GDP8%成長の確保)」の目標達成は問題ないと見ている。また同日、米『ウォール・ストリート・ジャーナル』も「中国政府が大規模な経済刺激計画を行ってから、米国のタイヤ企業からファーストフードまで、すべてが利益を得ている」と報じた。」と手放しの楽観論である。
しかし、このところ上昇傾向であった株価は、5/13からニューヨーク株式市場は急落し始めており、GM・クライスラーの破産、失業率の上昇、等々、実体経済の悪化はこれからがむしろ本番ともいえよう。
そして、安価な労働力、安価な土地、安価な資源、それらの浪費を決定的な武器としてグローバル経済に組み込まれ、外向型発展を遂げてきた中国自身にとっても、これからの本格的な「世界恐慌にどこまで耐えられるか」は、全世界注視のテーマでもある。5/12に発表された4月の通関統計によると、中国の輸出は6カ月連続減少しており、4月の輸出額は前年同月比22.6%減で、3月(17.1%減)よりも減少率が拡大しているのである。事態はそう楽観できるものではない、といえよう。
<<「腐敗と全体主義の時代」>>
ここに紹介する本の著者・仲大軍(ちゅう・たいぐん)は、同書によれば、「1952年、山東省済南生まれ。上海・復旦大学卒業後、国営新華社通信で経済関連を担当、95年、『中国経済時報』(国務院発展研究中心[センター]発行)記者。2000年、民間シンクタンク「北京大軍経済観察研究中心」を設立。官庁エコノミストとは一線を画し、一貫して庶民の立場に立って積極的に提言するほか、官僚主義政治、既得権益層の固定化を批判。調査・講演のために全国をくまなく歩く実践派エコノミスト」である。
著者の問題意識は、この著書の見出しにも明確に出されている。
第1章 中国はいかにしてアメリカ発の大難から逃れるか
第2章 今こそ外向型戦略から内向型戦略への転換を
第3章 中国には労働契約法があるだけでは不十分だ
第4章 メイド・イン・チャイナの問題と解決策
第5章 改革から三〇年、拡大する格差、矛盾と深刻な腐敗
第6章 王権政治と官僚政治、民主政治を比較する
第7章 二〇〇九年の経済展望と中国の対応
資料 中国は重商主義を深く反省すべきだ―我が国の発展戦略調整に関する一考察
著者の政治的立場は、「日本語版への序文」の中で明瞭に示されている。
「……前世紀の九〇年代以後、経済建設を中心とする改革目標の導きの下、中国政府の権力は日増しに強大になった。二一世紀に入ると、この政府は超級政府へと変質し、たんにマルクス・レーニン主義の普通選挙政治(すべての主要な政府官員は必ず選挙で選ぶ)に合致しないだけでなく、孫中山(孫文)時代の三民主義(民族、民権、民生)からもますます遠く離れ、民有(民族の独立)、民治(民主制の実現)、民享(地権平均・資本節制による経済不平等の是正)は弱められた。こうした局面は国際社会の共通の規範と甚だかけ離れるものであり、これを正し変革することが絶対に必要である。
だがこのプロセスは苦難に満ち、曲折したものになる。なぜなら現在の中国政治は辛亥革命、中華人民共和国初期に比べ、極端に言えば文化大革命期に比べても退歩しているからだ。その主なメルクマールは、現在の政府がますます巨大になり、すべてを包括し、ますます全知全能の独裁政府となっていることである。」
著者は、そうした政治的立場から、第5章において、「経済建設を中心とする改革は三〇年間進められ、経済の領域では大きな進展を勝ち取ったが、政治の領域では逆に(一九四九年の)建国以来見られなかったほどの腐敗と全体主義の時代に入った。」と述べ、「どこから来てどこへ行くのか。胡錦躊・温家宝政権は慎重に選択しなければならなくなっている。文革期に批判の対象となったのが政権内の走資派だけだったと言うなら、現在一掃すべきは政権内の汚職腐敗分子であり、もっと言えば汚職腐敗を生む制度である。当時毛沢東が運用したのが大衆手段だったと言うなら、今日取るべき方法は法制を大衆の監督と結びつけることである」と核心を突いている。だが同時に著者は、「総じて言えば、改革開放後のやり方では官僚階層の尊大な振る舞いを抑えられず、中国は新たなルート、新たな方法を見つけ出さねばならない。中国は西側の多党制(複数政党制)の真似をする必要はなく、やはり(改革開放以前にあった)伝統的なやり方を取り、大衆の意見に耳を傾け、問題を解決したほうがよい。中国の伝統的な方法こそ最も有効な方法である。全体主義政治の核心は人であり、人を正しく選ぶ限り、問題は即座に解決しよう。東洋の政治と西洋の政治の差異はここにある。こうした方法を取らなければ天下は大いに乱れ、問題は依然として未解決のままであろう。」と述べる。腐敗と全体主義が本質的には一体であるならば、これは矛盾した立場といえよう。一方で著者は、「中国は共に豊かになる社会主義の発展方向を放棄してはならず、エリート階層の利己主義的な全体主義の発展モデルを、断固として排除しなければならないのである。中国は社会主義の道に戻らねばならない。」とも述べており、民主主義と社会主義との結びつきこそが問われているというべきであろう。
<<アメリカに「拉致された」状態>>
さて、著者は現下の世界恐慌と中国のおかれた状況をどのように判断しているのであろうか。
それは、まず第1章「中国はいかにしてアメリカ発の大難から逃れるか」において、「なぜ今日の中国はアメリカに「拉致された」状態(巨額のドル建て外貨準備を持っていることが、逆に人質としてとられていることを指す)にあるのだろうか。なぜアメリカは、一緒になって市場を救済するよう中国に要求しているのか。なぜ中国は如何ともし難い、受け身の状態に置かれているのだろうか。」という問題意識に現われている。
「その主な理由は、中国とアメリカがあまりにも接近しすぎており、あまりにも関わり合いが深いからである。たとえば、二〇〇七年の中国の輸出総額一兆二〇〇〇億ドルのうち、対米輸出は約四〇〇〇億ドルだった。中国の海外投資の約九〇パーセントが対米投資で、アメリカの国債と住宅供給公社二社、「ファニーメイ」と「フレディマック」の社債などを合わせると約一兆二〇〇〇億ドルにのぼる。アメリカの輸入が減少すればすぐさま中国の輸出に影響し、アメリカで金融危機が発生すれば中国が購入した米国債券はたちまち巨額の損失を蒙ることになろう。それでは、中国の手に残ったドル建ての外貨準備は保全が可能なのだろうか。それは不可能である。なぜなら、今後ドルの大幅下落が起これば、我々が持っているドルは、極端な場合、一文の値打ちもなくなってしまうかもしれないからだ。」と警告を発している。
そこで著者は、{もしもアメリカの市場救済に参加すれば、肉団子を投げて犬を追い払うようなもので、新たに投入したお金が戻ってくるかどうかを心配しなければならない。中国政府は今、心理的に大きな矛盾を抱えている。それゆえ私は、もはや猶予はできない、何らかの方策を講じてドル債券を在中アメリカ企業の株主権と交換せよ、この方法によってのみ中国の海外資産を保全できると政府に建議したのである。」ことを明らかにしている。
<<「行きすざた私有化、国際化、グローバル化」>>
著者が問題にするのは、「中国がなぜアメリカに「拉致された」かである。危機爆発の経験と教訓を総括すれば、過去の多くの問題と誤りを見出すことができよう。」として、「それでは、我々は今何を反省すべきだろうか。第一に反省すべきは我々が近年、行きすざた私有化、国際化、グローバル化を進めてきたことである。」として、以下のように述べる。
朱鎔基氏が首相をつとめた最後の数年間、中国では私有化、国際化、グローバル化の波が勢いを増した。その具体的な流れは以下のとおりである。
(1)私有化とは、MBO(Management Buyout=経営陣買収。すなわち経営管理者が所有権を山分けすること)の後に、残り少なくなった中・大型国有企業を私有化することである。二〇〇三年以降、この活動が全国で展開され、各地の経済貿易委員会は、期限内に私有化を完遂するよう命令を下した。その結果、瀋陽工作機械工場のような大型国有企業までが急ピッチで私有化を実現した。
(2)私有化の後は国際化であり、それは具体的には以下のような形で現われる。すなわち、多くの国有企業と民有企業が国際社会とリンクするため、いわゆる戦略投資家となって海外で上場した。中国石油(ベトロチャイナ)、中国石油化工(シノペック)、中国銀行、建設銀行、工商銀行が海外で上場し、株主権を海外の投資家(企業)に売却したが、その結果、これらの外国企業は丸儲けした。
(3)国際化は同時にグローバル化である。いわゆるグローバル化とは多国籍企業化、つまり国内企業を大量に売り出し、門戸を大きく開けて外資の進出を受け入れ、外資が中国企業を買収したり、あるいは中国企業に資本参加するのを認めることである。
蒙牛集団(大手牛乳メーカー)、三鹿集団(大手乳製品メーカー)、アリパパドットコム(電子取引大手)、新浪網(SINA。中国のポータルサイト最大手)などの企業株主権の大半が外国人の手に落ちた。これだけでは足りず、一部の政府部門たとえば商務省は、さらに大きな企業売却プランを策定し、甚だしきは、国家経済の命運に関わる一群の企業をすべて外資に譲与しようとしたのである。重機メーカーの大手、徐州工程機械(徐工集団)をアメリカの投資会社カーライル・グループに売却しようとしたのはその典型的な一
例である。
著者は、「こうした私有化、国際化、グローバル化がすさまじい勢いで展開されていた時、国内の一部の学者などから強力な反対の声、抵抗の声があがった。そこでまず私有化のMBOが強制的に停止を命じられ、次いで銀行の海外上場は民衆から感情的な反発を買い、さらにカーライル・グループによる徐工集団の買収が撤回された。二〇〇三年以降、中国にこのような一群の愛国的な社会勢力が現われなかったら、あるいはこの勢力が精神的なバックボーンとして力を発揮しなかったら、中国企業の所有権はとっくの昔に外資によって山分けされてしまっていたであろう。もしそうなっていたら、アメリカ発の金融危機の後、中国の手中にある外貨準備はその価値を大幅に目減りさせただけでなく、国内の企業資産もみな外国人の手中に落ち、中国はさらに悲惨な境遇に陥ったかもしれない。振り返ってみると、まことに冷や汗が出る思いがする。」と率直に述べている。
<<中国の「新自由主義」>>
こうした「冷や汗が出る」事態をもたらした原因を、著者は中国の「新自由主義」にあると見る。それは、著者に言わせれば、「社会主義の放棄」である。
その結果として、「近年、中国の経済理論は完全に西側にコントロールされ、中国政府が起用するのは主に西側諸国に留学した学者である。中国では思想・文化面で、かつてないほどの西側崇拝と迷信が出現しただけでなく、経済面においても、かつてないほど過度の外国依存が見られるようになった。中国の理論界、経済界は二の足を踏むことなく、アメリカの導くモデルに沿って走っていたのだが、幸いなことにアメリカの金融バブルがタイムリーに破裂した。危機が爆発した時に改めて振り返ってみれば、誰が正しく誰が間違っているかはすべて明らかになろう。」と指摘する。
「この重大な戦略的誤りを振り返った時、我々はなぜ誤りを犯したのか、その原因を探らねばならない。中国が回り道をした根本原因は、思想の制高点(展望がきく要害の高地)が西側に占領され、経済学、政治学の理論が外国人によってコントロールされ、経済政策の制定すら西側政府の直接の影響を受けていることにある。正か否か、見極めのつかない経済発展の方法(新自由主義を指す)がアメリカで問題を起こしてはじめて中国は目が覚め、西側の理論と観点に問題があることを知った。
中国の改革のなかで生じた最大の問題は、二極分化の自由資本主義の道を歩み、共に豊かになる社会主義の道を放棄したことだ。近年は貧富の格差拡大が進み、全体主義の官僚政治体制がこうした傾向に拍車をかけた。自由市場経済を言うだけで民主平等の政治を言わない自由主義経済学者たちは、二極分化の歩みを加速させ、中国社会の腐敗を促進させた。」
著者がとりわけ強調しようとしていることは、以下の警鐘に集約されている。
「今日の中国の最も重要な任務は、なぜ社会主義を行わねばならないかの道理をはっきり見極めることである。なぜなら社会主義のみが社会の富を均衡化し、少数の人々によって富が占有されるのを阻止できるからだ。社会主義は、貧富の格差拡大に向かって社会を二極化へと発展させるものではなく、社会の富を均衡化し、全人民を均衡に発展させる制度を可能にするものだ。近年、我が国では社会の富を均衡化するシステムが働かなくなっており、社会の富を均衡化する法律や政策は欠如したままであり、資産税、相続税など、金持ちの富を制限する税目が制定できずにいる。
社会主義が放棄されたからこそ、貧富の分化がこれほど猛烈に発展する現象が中国社会に出現したのである。それゆえ、中国は科学的発展観をあらためて樹立しなければならない。最も重要なことは平等思想を確立し、わずかな個人がひたすら富を追求し、財物をかき集める事態を矯正し、わけても経済を発展させるだけで思想道徳を顧みない単一の発展モデルを正さねばならない。三鹿集団による有毒粉ミルク生産・販売事件は、中国社会に警鐘を鳴らした。改革の方向を再び矯正しないなら、中国社会の総崩れは免れがたいであろう。」
そして著者は、「これからの中国は、内向型の発展の道に戻らねばならない。そしてその成果は人民や一般大衆に与えるべきであって、一握りのエリート特権階層に与えるべきではない。次に中国がなすべきことは、現在の極端な所得格差を縮め、労働者・農民に一定の消費能力を持たせ、安価な製品の輸出を減らし、資源を国内にとどめることである。」と提議する。
<<ガイトナー米財務長官の訪中>>
著者は現下の恐慌の進展に照らして、中国政府に対して、きわめて具体的な提議を行っている。
「中国が損失を免れる上での第一の目標は、二兆ドル近い外貨準備を防衛することである。中国は金融面ではアメリカによって「拉致された」被害者だが、中国の手中には駆け引きのカードがある。中国が損失を具体的に回避する第一の方法としては、我が国の海外債券を使ってアメリカの在中国投資企業の株主権を買い取ることである。アメリカの大手自動車メーカー、ゼネラル・モーターズ(GM)が上海に投資しているが、中国は米国債を使ってその株式を買い入れ国有化しなければならない。アメリカの在中投資企業が、中国の安全保障に関わる企業であればすべてその株券を購入し買収する、つまり外資企業の国有化を進めるべきである。
中国が損失を回避する第二の方法は、我が国の企業が海外で売却した株主権を速やかに買い戻すことである。近年、我が国の少なからざる大型国営企業が安い価格で海外で上場したが、中国は金融危機というこの時機に、国益の観点から介入し、これら上場国営企業の株主権をできるだけ早期に買い戻さねばならない。その対象となるのは中国石油、中国石油化工、工商銀行、建設銀行などの大型国営企業で、我が国の主権基金(政府ファンド)が真っ先になすべきことは、これらの企業の海外にある株主権を買い戻し国有にすることである。」
こうした建議に最もあわてているのはアメリカ当局である。この5/14、オバマ大統領自身が、「中国などはいつか米国債の購入に飽きてくる。購入を控えた場合、資金借り入れのための金利を引き上げなくてはならず、米経済に悪影響を与える」との発言まで行い、急遽、日本の頭越しに、ガイトナー財務長官が5月末に中国を訪問することが発表され、6月1、2の両日に中国政府高官と会談し、米中経済関係を強化するという。ガイトナー氏は今年1月の財務長官承認の議会公聴会の際に「中国は人民元を為替操作している」と批判していたのだが、今や、巨額の景気対策を打ち出した中国を評価する姿勢に一転して、なだめることに必死なのである。
中国の現状を把握する上で、タイムリーな好著と言えよう。
(生駒 敬)
【出典】 アサート No.378 2009年5月23日