【投稿】「豚インフル」の政治経済学

【投稿】「豚インフル」の政治経済学
                             福井 杉本達也 

1 「豚インフル」と「新型インフル」の間
 WHOは4月27 日に「豚インフル」(swine influenza)の呼称を、「A(H1NI)型インフル」=日本での呼称「新型インフル」へと変えた。呼称の変更は、「豚インフル」では豚肉の輸出に支障が出るという米国の強い圧力によるものである。既に4月26日には、中国が米国のインフル感染州産の豚肉の輸入を禁止している。ロシア、インドネシアなども同様の措置を取っている。日本は米国産豚肉の輸入規制をしないということで、米国から“感謝”されている。インフルエンザは医療の問題ではあるが、政治経済とは無関係ではない。むしろ、感染症=公衆衛生は政治経済と密接に結びついている。WHOという組織は国際機関としての公正さを装いながら、米国の政治経済的利益を代弁する機関である。

2 感染症による緊張状態の創出
 今後さらに深化するであろう世界恐慌下にあって、再び階級社会に分裂しつつある社会を、今回の豚インフル騒動は、危機意識を煽ることによって社会を統合しようとする政治的臭いがぷんぷんする。政府・自治体各機関・大企業では豚インフルが発生した場合、職場にどれだけの割合の職員が残るかという調査をしている。発生段階に応じた人員計画として、たとえば職員の欠勤率が40%の場合は業務はどう継続する、最大80%の場合は既存業務の大部分を縮小するとかをシミュレーションしているが(「事業継続計画(BCP)」)、現在の豚インフルへの対応=「水際作戦」=隔離政策から類推すれば、ある課で豚インフルの患者が発生すれば、その課の全職員のみならず、そのワンフロアの全職員は「監禁」である。むしろ、本所と支所の指揮命令系統をそっくり入れ替える方が「危機管理」対応であろうが、調査者はおそらくそのようなことは考えていまい。本所(自分)だけは感染とは無関係に「生き残り」指揮命令を行えると考えているのであろう。これは非常に危険である。指揮官を除き、他の職員は「鉄砲玉」という軍隊の発想である。しかも、部分核戦争を想定した軍隊である。

3 「水際対策」は有効ではない
 国は、「水際作戦」ということで、全勢力を水際に持ってきている。上昌広氏(東京大医科学研究所)は国の豚インフル発症者の隔離対策について「厚労省は、ゴールデンウィークの帰国ラッシュの検疫のため、現に診療にあたっている医療機関の医師・看護師に検疫させようとしました。文部科学省も、検疫業務に当たる医師の派遣を3空港に近い千葉大、東京大、大阪大、京都大、九州大の5大学の病院に要請したのです。他の検疫所や自衛隊の医師・看護師が応援に行くのならまだ理解できますが、病院の体制を強化し、準備を整えなければならない今、病院で診療を行っている医師・看護師を、診療から引きはがすのでは本末転倒です。」(2009.5.6)と述べている。
 全世界で水際対策をやっているのは日本だけである。いくら島国とはいえ、いつまでも水際対策を続けられるはずはない。欧米各国ではSARSの例からも水際対策は有効ではないと結論されている。感染症対策の元締め・岡部信彦感染症情報センター長でさえ「現在の強化した検疫体制を保ち続けて水も漏らさぬようにするのは難しい。現在は機内検疫がうまくいっているが、アジアからの航空機にまで対象が広がれば無理が生じる。どこかの段階で(国内の感染を見越した)医療体制の充実へとスイッチを切り替える必要があろう。」(日経:2009.5.6)と指摘している。今回の豚インフルは北半球ではこれから夏に向かう時期であり、インフルエンザの流行期は過ぎている。これが流行期に向かう時期であれば大混乱が生じる。感染症病棟(病院)の確保はどうするのか、濃厚接触の疑いのある停留者のホテルの確保はどうするのか、大量な停留者を受け入れてくれるホテルなどあるのか等々。今回の国の対応はあくまでもごく少数者の隔離政策による対応であり、インフルエンザのような大規模に流行する恐れのある感染症には有効な方法ではない。政府の目的はいたずらに不安感を煽ることにあるといえる。

4 「隔離政策」の過去
 日本の感染症の隔離政策には暗い過去がある。1907年に「癩予防ニ関スル件(らい予防法)」が制定され、全国に癩療養所を設けられた。戦後、プロミンなどの特効薬が導入され、ハンセン病患者の大部分は全快したにもかかわらず、国は科学的な根拠もなく元患者の隔離政策を数十年に亘り継続するなど、政治的色彩が濃い。多くのハンセン病元患者が岡山県瀬戸市の国立療養所邑久光明園を始めとする全国に点在する隔離施設に収容されていた。「らい予防法」が廃止されたのはなんと1996年4月である。その後も元患者は差別され出身地に帰れないでいる。2003年にもハンセン病元患者のホテルへの宿泊を拒否するなどの事件が起きている。現在の厚労省の政策はこうした過去の反省を全く踏まえてはいない。

5 テポドンで実施済みの危機訓練
 4月5日に北朝鮮は人工衛星の打ち上げ実験を行ったが、これに対し、日本はMD体制で迎撃すると牽制して、MDシステムの弾道軌道直下・及び東京への配置を行った。秋田県など東北及び全国の「地方自治体をもろに巻き込んだ、まさに核戦争への準備態勢の構築である。今回の政府の15兆円の経済危機対策第3次補正予算(2009.5.13衆議院通過)の中で、J-ALERT(弾道ミサイル情報網)の全国一斉整備予算として103億円を計上している。これは、自治体に情報がうまく伝わらなかったという反省によるものだが、救急体制の整備など住民に直結する予算よりも、危機管理の予算が1/3以上を占めるという異常な構成となっている。こうした整備は2003年に成立した「事態対処法」及び2004年の「国民保護法」に基づく一連の計画の一環であるが、自治体に対し住民の生活と福祉とは無縁の水と油の全く異質なもの=「国家総動員体制」を持ち込むこととなっている。
 ところで、北朝鮮の核実験やミサイル発射と日本の一連の“騒動”とその後のMD整備や米軍移転予算の増額などには奇妙なことに相関がある。「朝鮮総連」(中公新書:882円)の著者・朴斗鎮氏も本の中で、北朝鮮と統一教会の関係に触れているが、安倍晋三元首相も、かつて統一教会に祝電を送っている。安倍氏の祖父・岸信介元首相も統一教会と関係があり、米CIAのエージェントで、日本の属国化を維持するために大量の金を貰っていたということが米公文書の公開から明らかとなっている(「CIA秘録」上・下:ティム・ワイナー著:文藝春秋:各1950円)。統一教会は「ワシントン・タイムス」(「ニューヨーク・タイムス」や「ワシントン・ポスト」とよく混同される)という広告媒体を持ち米軍産複合体と繋がっていると考えるのが自然であろう。軍産複合体からは「ミサイル防衛システムは機能しない。ミサイルをミサイルで打ち落とすなど出来ない。」と発言するような鴻池元官房副長官はじゃまでしょうがないのであろう。

6 豚インフルと保護主義
 もう1点は豚インフルが世界経済の保護主義化を煽る可能性である。既に中国などは感染国からの豚肉の輸入禁止をしたが、2,3年前なら考えられない行為である。即WTOに提訴され、世界中から袋だたきに合い貿易制裁されるところであろう。中国は4月29日、昨年発表し今年から実施するとしていた、ITセキュリティー製品の技術情報をメーカに強制開示させる制度(強制製品認証制度)を1年間延期すると発表した(日経:2009.4.30)。米国などの反発が強いからであるが、このような政策を打ち出せること自体、ここ数年間の米国の弱体化と中国の政治的経済的立場の強化と力関係の変化を物語っている。中国は既に米国債最大の所有者・買い主となっており、米国の不当な内政干渉に負けて、坂村健東京大学教授のトロン計画を葬った国とは大違いである。オバマ大統領は5月14日、「中国などがいずれ(米国債の)購入意欲をなくすのは確か。その時には金利を上げなければならない」(日経:2009.5.16)との述べ米国経済が中国に首根っこを押さえられていることとその危険性を公に認めた。米中は相互に依存しつつも矛盾を孕んでおり、中国は豚インフルで米国の出方を伺い、米国は東シナ海や中国の内海である黄海での“調査船”で挑発すると共に、北朝鮮との暗黙の連携による瀬踏みを行っているように見える。また、石油価格でロシアを追い込みつつ、サハリン2の交渉で上海協力機構の内部攪乱を図ろうとしている。日本もその片棒を担いでいる。元々、3.5島返還論は麻生氏自身が打ち出したものであるが、唐突な谷内正太郎元外務次官の北方領土3.5島返還論もその延長線上にある。(日経:2009.4.22)。
東アジアで劇的な力関係の変化が進む中、麻生政権は感染症による鎖国をつづけ、驚くべき売国政策から国民の目をそらそうとしている。広瀬隆氏は2003年から2008年のリーマンショック直後までで東証株式時価総額の340兆円もの金が国際金融資本に持ち逃げされたと計算している。また、1999年からのゼロ金利政策によって、国民の富300~400兆円が海外に流出したとしている(「資本主義崩壊の首謀者たち」・集英社新書)。国民は「創られた危機」に右往左往せず、売国政権を交代させるために冷静な判断をしていかねばならない。

 【出典】 アサート No.378 2009年5月23日

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