【本の紹介・論評】大暴落1929 (The Great Crash 1929)

【本の紹介・論評】大暴落1929 (The Great Crash 1929)
                   著者 ジョン・ケネス・ガルブレイス
          発行 2008年9月29日第一版第一刷 日経BP社 2200円+税

<<「『ブラックマンデー』でしたっけ……」>>
 麻生首相は先月30日夜、八重洲ブックセンター本店で、国際政治や外交に関する本を4冊購入したという。この時にこのガルブレイス著『大暴落1929』も買っている。その1カ月前の11月1日にも八重洲ブックセンターに立ち寄り、同じく4冊の本を購入している。ところがすでに購入済みの本を今回また買ってしまった。マンガだけでなく、書籍も読めることをアピールする目的のパフォーマンスであったが、ただ買っただけで読んではいないことを自ら露呈してしまったともいえよう。
 首相は、これまで解散・総選挙を逃れる逃げ口上として、最初は10/25に、現在の世界経済情勢について「百年に一度の国際的な経済危機だ」と指摘して、まずは経済対策をこそ先行させなければと述べ、これ以降何度も「百年に一度の大暴風雨」などと発言している。これは、アメリカの連邦制度準備理事会(FRB)のグリーンスパン前議長が10/23の米下院公聴会で「我々は世紀に一回のツナミのまっただ中にいる」との発言を援用したものであろう。当然、1929年の大恐慌ぐらいは自ら調べるなり、学習し、レクチャーぐらい受けていてしかるべきであろう。
 ところが首相は、APECでの会見(11/23)の記者団とのやりとりで、「1929年のいわゆる『ブラックマンデー』でしたっけ……」と口にした。まずいと感じた事務方が「恐慌!」と声を上げ、首相が「恐慌」と言い直す場面があったと報道されている。
 1929年10月24日のニューヨーク証券取引所の株価大暴落は、暗黒の木曜日(Black Thursday)であり、続いてさらに値を下げた10月29日は、悲劇の火曜日(Tragedy Tuesday)であった。「ブラックマンデー」はあくまでも、1987年10月19日月曜日の暴落のことである。
 「K(空気が)Y(読めない)」だけではなく、「K(漢字も)Y(読めない)」「K(経済も)Y(よく知らない)」とまで言われる首相には、もはや退場する道しか残されていない情勢になりつつあるが、この際、せっかく購入されたのであれば、「歴史が生き生きと語りかけてくることを書き留め」(著者まえがき)たこの書籍をぜひとも最後まで読み通していただきたい。実に読みやすく、約80年前の大恐慌と今日進行しつつある大恐慌との共通点、相違点、著者が警告することが浮かび上がってくる好著である。

<<「暴落を仕組んだ」>>
 ガルブレイス氏は、1908年に生まれ、2006年に亡くなっている。この名著とも言われる『大暴落1929』は、初版が1955年春である。以来四〇年以上、版を重ねている。著者は、「一九九七年版まえがき」の中で、「この本がこれだけ長いこと売れ続けているのは、著者はともかく中身がいいからだと評価していただいているようだ。まずいくらかは役に立つかも知れない。だがこの本が時代を超えて長寿を保っているのは、別に理由がある。増刷され本屋の店頭に並ぶたびに、バブルや株安など何事かが起きるのだ。すると、この本への関心が高まる。そう遠くない昔に好景気が一転して深刻な恐慌につながったときのことを、多くの人が知りたいと考えるからだろう。」と述べている。
 初版を出したときに著者は、「ワシントンに呼ばれ、上院の公聴会で過去の投機と暴落について証言したのだが、まさにその最中に株価が突然落ち込んだのである。おかげで私はあちこちから恨みを買うことになった。年季の入った投資家からの攻撃はことにすさまじく、生かしてはおけないといった脅しの手紙が大量に送られてきたものだ。もう少し上品な人からは、ガルブレイスが病気になって早死にするよう祈っていると言われた。証言から数日後、バーモントでスキーをしていた私は足を折り、新聞がさっそくこれを報じる。祈りは聞き入れられたという喜びの手紙が何通も舞い込んだ。どうやら私は、少なくとも宗教には何らかの貢献をしたらしい。また当時の風潮の中、共和党の上院議員ホーマー・E・ケープハート(インディアナ州選出)からは、ガルブレイスは共産主義の擁護者であり、資本主義を陥れるために暴落を仕組んだのだと言われたものである。」
 「一九五五年の出来事はほんの手始めに過ぎない。七〇年代にはオフショア・ファンドが相次いで破綻。八七年にはあのブラックマンデーがあった。どれも一九二九年の出来事ほど劇的ではなく、また深刻に懸念するにもおよばなかったが、それでも多くの人があのときを思い出し、その結果この本は印刷され続けることになったのである。一九九七年のいまもそうだ。」
 そして2008年金融大恐慌の発生が、この著を再び店頭に並ばせたのである。

<<「ファンダメンタルズは問題ない」>>
 著者は、「29年の大暴落は、それに先行した投機ブームの必然的結果であった。値上り益を狙って株を持っていることは無益となり、売り逃げラッシュが始まる。過去における投機の狂宴はすべてこうして終わった。29年においても同様であった。今後においてもそうであろう。」とのべ、続いて「とは言え、一九二九年の大暴落後ほどひどいことにはなるまい。当時の銀行はひ弱で、預金保険もなかった。証券市場より農作物市場の方が重要な地位を占めていたが、こちらはとくに脆弱だった。おまけに失業保険、福祉給付、社会保障といったセーフティ・ネットも整備されていなかった。いまでは、これらはすべて改善されている。だがそれでも景気後退は起こりうるし、それはごく正常なことだ。そうなったとき、政府はきっと、国民を安心させようと決まり文句を言うだろう。市場があやしい雲行きになったときの常套句、すなわち「経済は基本的には健全である」とか「ファンダメンタルズは問題ない」というものだ。この台詞を聞かされたら、何かがうまくいっていないと考える方がいい。」と警告する。この同じ常套句が、2008年の現在においても繰り返されている。
 著者は、1929年の経済は、間違いなく「基本的に不健全であった」と述べる。まず、所得分配において、「金持ちは途方もなく金持ち」で、総人口の5%が所得全体の1/3を占有し、不平等と格差が拡大し、個人消費が伸び悩んでいたこと。さらに企業構造において、「詐欺やペテン師の長い歴史の中でも、この時期は企業犯罪の全盛期であった」こと。そして1920年代後半の自動車・鉄鋼・電気製品の過剰生産、工業の繁栄に取り残された農業の慢性的不況、世界的保護貿易主義の拡大(29年輸入品平均関税33%→40%に引上げ:各国報復関税で世界の貿易量29年→33年1/3に激減)を指摘する。保護貿易主義を除いては、いずれも2008年の現在の状況と酷似するものがあるといえよう。

<<共通点と相違点>>
 1929年大恐慌と2008年金融恐慌から2009年大恐慌への共通点と相違点はどのようなものであろうか。
 まず、どちらも金融バブルの破綻という点では本質的な共通性を持っている。その前段階での、自由放任主義的金融政策とその破綻という点でも共通している。
 そして、恐慌とは「資本主義的生産の衝動と対比しての、大衆の窮乏と消費制限である」(マルクス『資本論』)という本質規定においても共通である。恐慌の役割が、これを制御できない社会において、暴力的に価値を破壊し、低落した利潤率の回復と均衡を取り戻すという不可避的な過程であるという点においても共通している。収奪のしっぺ返しとしての恐慌という共通点、そして収奪された人々に最も重くのしかかるという共通点。
 相違点は、29年当時は存在しなかったマネーゲームの手段としての各種金融派生商品取引残高が07年6月で516兆$と、世界の名目GDPの約10倍の規模に達し、世界中にばら撒かれ、広さ、深さ共により深刻である。
 さらに、今次恐慌では無縁な世界が存在し得ないほど影響が世界的規模であり、波及が即時的でさえある。なおかつ、巨額の資金が一瞬のうちに世界を駆けめぐる金融市場の規模とスピードを支えるネットワークと技術の存在。
 そして、マネーゲームに狂奔するカジノ資本主義の進展は、アメリカの実体経済そのものの空洞化を推し進め、製造業の基盤を崩壊寸前にまで追い込み、その中で恐慌が進展していることの深刻さである。
 同時に29年恐慌との違いとして指摘されねばならないことは、ガルブレイス氏が指摘するように、「資金の最後の貸し手」としての中央銀行制度、IMF(国際通貨基金)など国際的な機構や協調体制が存在し、国家財政が経済に占める比重も格段に大きくなり、各種の需要喚起策や景気対策を発動する条件が多様に存在し、失業・健康保険など社会保障制度、銀行業務と証券業務の分離、預金保護制度など、恐慌に対処する条件が存在してきたことである。

<<『世界を不幸にするアメリカの戦争経済』>>
 問題は、こうした恐慌に対処できる条件を、自由競争原理主義が躍起になってぶち壊してきたところにあり、金融ビッグバンなど徹底した規制緩和が進む中で、巨額な富が多国籍企業・資本に集中し、膨大なワーキングプアと貧困層を増大させ、格差を極大化させることによって恐慌を進行させ、よりいっそう深化させつつあることころにある。
 さらに指摘されるべきは、アメリカ発の恐慌となった、『戦争経済』の果たした役割である。2001年9月11日以降の対アフガン・イラク戦費は、米国経済に3兆ドルに上る過酷な経済負担を強い、財政赤字を極大化させ、ドルの下落を決定的にさせ、エネルギー価格を暴騰させ、「石油のための戦争」が逆に4倍ものガソリン高をもたらし、他のコストも合算すれば6兆ドルもの不生産的出費を余儀なくさせ、恐慌に突き進ませたことである。ステイグリッツ著『世界を不幸にするアメリカの戦争経済 イラク戦費3兆ドルの衝撃』(2008年5月31日発行、徳間書店)は、この点を克明に分析・追及している。
 今次恐慌によって、もはやアメリカを中心としたG7の時代は終わった、G7ではこの世界的金融恐慌を克服する力も能力もないということが、誰の目にも明らかになってきたと言えよう。それはまた同時に、サブプライムローンの破綻から今日の金融恐慌に至る、虚業が実業を圧倒するマネーゲームと投機的金融資本主義の破綻、とりわけブッシュ政権が押し進めた軍備増強と戦争経済優位がもたらした国家的破綻と泥沼状態、その結果としてのアメリカの凋落、そして無法と無責任・格差拡大・弱肉強食の市場原理主義、新自由主義がもはや継続しがたく、持続不可能であり、崩壊の危機に瀕している端的な現われでもある。

<<恐慌脱出政策>>
 とすれば、恐慌脱出政策としての反恐慌政策の第一は、当然、アフガン・イラク戦争からの撤退・停止でなければならない。即刻対処が可能であり、それが及ぼす積極的プラス効果はきわめて大きい。同時に、ドル基軸通貨体制の転換が必要ではあるが、何よりも決定的に重視され、指摘されねばならないことは、もはや破綻し泥沼化しているイラク戦争、アフガニスタン戦争を即刻停止させ、戦争経済から平和経済への転換を明確にすることこそが、世界経済恐慌回避への最大の近道であり、そうした転換を前提としない新たな国際通貨体制では危機の回避は不可能であることを認識しなければならないであろう。
 第二は、国際・国内両面における市場原理主義からの決別である。それは、国際・国内両面におけるニューディール政策への転換でもなければならない。マネーゲームとも言われ、カジノ資本主義とも言われる投機経済、野放しの弱肉強食経済に対して、多国籍企業・国際金融資本・投機資本に対する徹底した民主的規制を課すこと、同時にそれらの国際的資本移動と収益に対して国際的共通課税を課すことを国際的ルールとし、それらを原資とした地球規模の環境対策、貧困対策、食糧危機対策、これらを包括した国際的規模のニューディール政策に前進すること、資本や資金の流れをこれらの政策に合流させることを明らかにすることである。29年恐慌におけるニューディール政策を上回る、世界的規模でのニューディールが要請されていると言えよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.373 2008年12月20日

カテゴリー: 書評, 生駒 敬, 経済 パーマリンク