【コラム】ひとりごと—無届老人ホーム増加の意味するもの—-
○楡周平の「プラチナタウン」(2008-7祥伝社)を読んだ。図書館で見つけた本だ。主人公は商事会社の幹部であったが、子会社への出向を打診された時、故郷の同級生が郷土の町長に立候補を頼みに来る。企業誘致のための開発をしたものの企業進出はなし、夕張のように公共施設は沢山あるが、採算は取れず町財政は破綻状態。○一流大学を卒業し大企業へ就職した同級生に白羽の矢を立ててきたわけだが、主人公は心ならずも立候補するはめになり、見事当選。財政の破綻状態に驚きながらも、高齢者施設の誘致を実現する。人口の増加、雇用機会も増えて、東北の小さな町にも夢をつながれるというストーリーだ。○財政破綻した町財政の再生、再生プロジェクトに利権を見出そうとする古参の議員たち、そして巨大な高齢者住宅・介護関連施設の建設など、自治体に関係のある話に興味をそそられ読んだ。○サスペンスもので有名な作者が、一転して身近な問題に取り組んだもので、フィクションではあるが、福祉が雇用を創出するという仕組みをうまく描いている。○そこでである。私は福祉関係の部署にいるのだが、この2・3年、気になっているのが、高齢者住宅の問題であった。○認知症の進んだ高齢者や要介護度の高い高齢者には、特別養護老人ホームや老人保健施設が相応しいのだが、圧倒的に不足している。いずれの自治体も高齢者福祉計画等で一定数の施設は確保しているものの、実態は圧倒的に不足している。○高齢者福祉計画の必要数分については建設費についても補助金が出る。しかし必要数が確保された後は、補助金は出ない。○需要はあるのに供給が追いつかない。そこで、「金儲け」のための施設が建設されることになる。○大阪府内でも「有料老人ホーム設置指針」が策定されているが、必置施設・人員など、補助金が出ない前提となるとハードルは高い。○施設というより、高齢者向け住宅として建設し、食事提供や介護サービス・管理費でペイしようというものである。介護保険上はあくまでも在宅サービスとなる。○月額15万円程度で利用できるという場合が多いが、生活保護世帯には、別料金を設定している場合が多い。○こうした「介護付老人住宅」が全国で急増しているのである。しかし、問題も多い。規制や公的指導の対象ではないため、経営が破綻し高齢者が放置された高齢者住宅についての報道もあった。(2008年8月31日毎日新聞)実質的には「老人ホーム」なのに、届出義務は徹底されず、実態調査もまだ行われていない。○問題は他にもある。こうした高齢者住宅については、社会的コストが高くつく事である。住宅と介護サービスはセットされ、介護サービスは枠一杯まで使われる場合が多い。○単なる住宅であるから、民間会社が経営しチェーン展開をしている場合もあるし、医療法人や社会福祉法人が、医療・介護とセットできるメリットもあり参入が相次いでいるのである。○介護保険事業は来年度から4期目となるが、介護費用は伸び続けている。高齢者が増えているのだから、伸びるのは当然としても、こうした「無届老人ホーム」の増加は、求められる「在宅福祉」と言えるのだろうか。○消防設備の完備していない施設も多く、数年前のカラオケ店火災、大阪のビデオ店火災などを教訓に、「無届老人ホーム」にも立ち入り検査が行われているとも聞くが十分ではない。○総務省の調査によると、こうした無届のままの老人ホームは、全国に353施設あると言う(2008年9月5日産経新聞)。食事の提供、介護の提供、洗濯・掃除、健康管理のいずれかのサービスを提供する施設という定義が有料老人ホームだが、これら無届ホームは、高齢者住宅を看板にし「介護付き」などを売り物にしている場合が多いのである。総務省は、厚労省に対して届出指導を都道府県に徹底させるよう求めていると報道されている。○増え続ける社会保障予算の中心となりつつある介護保険事業だが、介護職場で働く労働者の厳しい労働条件・低賃金の実態改善に加えて、増え続ける「無届老人ホーム」(介護付高齢者住宅)についても、規制していく必要があると思われる。「民に任せれば、金儲けが優先される」のである。「民に任せれば、うまくいく」という新自由主義的発想の行き着く先が、無届老人ホームではあるまいか。安心できる介護サービスの提供には厳格な公的規制こそが必要である。(佐野秀夫)
【出典】 アサート No.373 2008年12月20日