【コラム】ひとりごと—榊原氏とスティグリッツ氏の近書を読んで–
○左派でなくとも、傾聴すべきまともな議論・意見を提起する論者の本は、必ず購入して読むようにしている。○一人は、元財務官の榊原英資氏(現早稲田大学教授)であり、もう一人はジョセフ・E・スティグリッツ(元世界銀行チーフエコノミスト、現コロンビア大学教授)である。○共通しているのは、市場原理主義への批判であろうか。スティグリッツの最近の出版物は、週刊ダイヤモンドに連載されてきた文章を集成した「スティグリッツ教授の経済教室」(ダイヤモンド社、2007年10月)である。○世銀に関わったこともある彼は、グルーバリゼーションが、「富める国はさらに富み、貧しい国はさらに貧しく」している現実を厳しく批判する。市場の開放、外資の導入、変動通貨制度などのプログラムによって、外国資本は儲けるだけ儲けた後は、資本を撤退する自由を得た。それにより貧しい国はより貧しくなった。○中国は、かつて貧しい国だったが、最近の発展は、世銀やIMFモデルを拒否したところに発展の基礎があるという。外資の自由化をしていないし、変動通貨制度も採用していないのである。今後の問題はあるにしろ、中国政府は経済をコントロールできているという。沿岸部と内陸部の経済格差や貧困の存在はあるにしても、全体として貧困から脱却しつつある現実を評価されている。○アメリカのイラク戦略についても批判的である。イラク占領後、アメリカはそれまで国営だった企業の民営化を進めた。しかし、治安もさることながら、経済復興はまったく進んでいないのが現状である。経済復興もできないからこそ、治安も回復できない。○先進国の横暴も批判の対象だ。知的財産の保護を名目に、貧困国への医薬品価格を高止まりさせ、貧しい国のエイズを放置している現実。第1次産品、例えば綿花について、国内の生産者に膨大な補助金を出して、アフリカ諸国の安価な綿花を国内市場から締め出しているアメリカ。○世界経済を見つめる視点は、とても新鮮である。○榊原氏の最近の著書は、「日本は没落する」である。ちょっと刺激的な題名ではある。著者は、近年の著書でも、教育問題を取り上げ、インドや中国など新興諸国の教育と比べても、日本が立ち遅れていると警告されている。教育問題については、私は同意しかねる点が多いのだが、榊原氏の危機感は、前著「幼児化する日本社会」からの継続でもある。中国・インド・韓国において科学技術者が膨大に養成されているのに対して、日本の場合、理科系離れが進んでいること、国を挙げての「戦略」がないことなどが中心と言えようか。○先週の国会で、大田経済財政担当大臣は、「(日本は)もはや経済一流ではない」と述べている。それは、06年の1人当たりの名目GDPが、経済協力開発機構(OECD)加盟国(30カ国)中18位に低下したことが背景にある。EU・中国・インド、そして他の新興諸国の経済発展は目覚しく、日本の地位低下が進んでいることが榊原氏の念頭にあると思われる。○さらに本書で私にとって印象的だったのは、「公(パブリック)の復権」を氏が強く指摘している点である。小泉改革は「民がすべて、官は悪行」という印象を与え続けてきた。また「自己責任」の名の下に、「金がすべて」の風潮を作り出してしまった。社会を支える公務(パブリック)の評価をしっかりすべきであると言う主張であり、まったく同感である。○さらに氏は、「官僚悪玉論」にも批判を加える。民主党の「霞ヶ関批判」が記憶に新しいが、「官僚すべて悪い人」というところまで行き着くと、日本の政策・行政運営力の低下が懸念されるというのである。○現に、「金がすべて」「官より民」という流れのなかで、国家公務員志望が減っているという現実も生まれているのである。○また、天下り批判が、官民の交流まで締め出すところまでいくと、悪弊となるという論調である。現に、氏によれば金融庁や経済官僚の能力が低下しているという。証券・金融の現場を知らない者が金融政策を立てている現実があり、アメリカや欧米と太刀打ちできるはずがないと。こうした「公の崩壊」に対して、榊原氏は「公の復権」が必要と言われているわけであるが、傾聴に値すると思われる。(佐野)
【出典】 アサート No.362 2008年1月26日