【投稿】大間原発訴訟の原告「熊谷あさ子」さん死去のニュースに思う

【投稿】大間原発訴訟の原告「熊谷あさ子」さん死去のニュースに思う

5月21日(日)毎日新聞朝刊の地方版の片隅に熊谷あさ子さん死去の記事が小さな写真と共に、ひっそりと掲載されていた。気になって、青森県下を網羅している地方紙「東奥日報」にも目を通すと、写真のない、もっとひっそりとした内容であった。
熊谷さんは大間原発建設を計画している電源開発を相手に工事差し止め訴訟を起こしている地権者で、「自然豊かな大間の海を守りたい」と着工に反対し、土地売却を一人で拒否し続けた信念の人であった。原発予定地内の個人所有地と共有地の売却を拒否し、同意なく計画し共有地を造成したのは違法だとして青森地裁に提訴した。
一方、電源開発は共有地を移転登記して土地を明け渡すよう求める訴訟を起こし、一審、二審とも勝訴した。熊谷さんは判決を不服として今年四月、最高裁に上告していた。遺族は「裁判は最後まで戦う」と熊谷さんの意志を受け継ぐ決意を表明しているという。
今や核の県と化した青森県で核の危険性を危惧している良識派が少なからず存在していることを認識させられた記事であった。大企業が存在せず、中央の繁栄から遠ざかり、そのために働く場が少ない状況を打破する起爆剤として、青森県は核関連の施設をことごとく受け入れてきた。原子力発電所の受け入れに始まって、核の再処理工場・燃料工場及び、ウラン濃縮工場、貯蔵・埋蔵施設の建設、挙げ句の果てにはITERまで県を挙げて受け入れようとした(結局、候補地はフランスに決定)。今や政財界主導で青森県は下北地方を中心に一大核基地化されようとしている。すでに建設済みの施設ばかりか建設中の施設も頻繁に冷却水漏れやひび割れなどの事故を引き起こし、操業停止が県内のマスコミをにぎわす。それでもなぜか、テレビも新聞も全国版ではほとんど報道されない。先日は六ヶ所村の使用済み核燃料再処理工場で、出向作業員がプルトニウムなどで内部被爆したという報道が県内版で報道された。事故のたびに、県は安全性が最優先だというポーズをとるものの、結局は操業再開を許可する。古くは原子力船「むつ」に始まって、政府による県民無視の原子力行政が青森県という中央からの遠隔地で繰り返されてきたのが現状である。県民には核の本当の危険性を知らされてはいないのである。それどころか、電力9社が出資して設立された「日本原燃株式会社」(本部青森県六カ所村)が核の安全性のピ-アルに多額の費用を使って児童生徒や県民の洗脳に躍起になっている。
そんな青森県の現状を少なからず苦々しく思ってきた青森県民は数多くいることは確かなのである。だから、それぞれの施設建設への反対運動やフランスからの再処理された核燃料棒搬入阻止運動などの抗議行動はたびたび組織され実行された。平和な青森県、緑豊かな青森県、安心して食べられる農産物・魚介類豊富な青森県の維持への取り組みは平和団体や労働組合を中心に組織されるものの、広がりに欠けるものであった。安定した雇用の場の確保の大合唱と「日本原燃」のプロパガンダが勝っている。
青森県の東(太平洋側)は核、一方西側(日本海側)ではつがる市の航空自衛隊車力駐屯地に米軍のXバンドレーダーが配備されるというニュースが飛び込んできた。県や地元自治体は政府の補助金目当てに、農業者や平和団体を中心に反対運動が組織されようとする矢先に、短期間で受け入れ表明してしまった。今後、西側の津軽地方は軍事基地化が心配される将来である。
青森県は三方が海で囲まれ、魚介類豊かな地である。津軽海峡で捕獲される大間の鮪は築地で最高級の近海ものとして取引されているし、陸奥湾のホタテは全国的に有名である。太平洋に面した八戸は有数の水揚げを誇る漁港である。日本海につながる汽水湖である十三湖のシジミ貝は味に定評があり、高値で取引されている。農産物も津軽地方のりんごをはじめ、長いも、田子のニンニクと枚挙に暇がないほど豊富である。自然は世界遺産に指定されている白神山地、十和田湖、恐山等々、観光施設が多い。県はこれらの農産物を売り込もうと首都圏や関西圏で開催される青森県産物フェアーに知事自ら出向き県産品の消費拡大を図ろうとしている。
その一方で、核と軍事施設の膨張を推し進めるという一次産業や観光と相容れない矛盾した行政を行っている。事故やトラブル、あるいは、風評被害などで、魚介類や農産物が販売できなくなる事態は敢えて想定していないばかりか、原子力の危険を覆い隠す行政に必死である。「自然豊かな大間の海を守りたい」と訴えた熊谷さんの思いは全県民に通じる願いであろう。核と軍事による一部の繁栄の途ではなく、大多数の県民は自然を大切にした豊かさを本当は求めているはずである。

熊谷あさ子さんの死の小さな報道が、誤った道を歩みはじめている青森県に一石を投じる記事であることを願うものである。

青森県在住 江良

【出典】 アサート No.343 2006年6月24日

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