【投稿】ジェンダー図書焚書事件の裏と表
福井 杉本達也
1 福井県生活学習館・ジェンダー図書を書架から撤去
さる4月28日、福井県生活学習館(女性センター)情報コーナーの書架にあった、上野千鶴子著「スカートの下の劇場」・福田眞弓著「『主人』ということば」、福島瑞穂著「結婚はバクチである」などジェンダー関連の図書150冊が3月下旬より撤去されていることが統一協会のHP「世界日報」上で明らかとなった。
「世界日報」によると、2005年11月、K福井県男女共同参画推進員(協会関係者と思われる)が同館に「家族解体まで目指す本を本県の予算で運営する生活学習館に置くのは理解できない」として排除を求めたという。当初、同館を所管する男女参画・県民活動課のU前課長は申し出を断ったものの、2006年3月下旬、同課長の指示により撤去された。
5月11日今大地晴海敦賀市議らが住民監査請求と抗議文を県に提出すると同時に記者会見し、市民オンブズマンが公開質問状を提出、併せて、東京では清水澄子元参議院議員ら福井県出身著名人が猪口邦子男女共同参画担当大臣に要望(要望日は大臣の日程で6月5日)を行った結果、5月16日に同館書架に戻された。
2 県の対応
県は「県民の方から当館として不適切な図書があるとの指摘を受け、当館において書棚から図書を取り出しましたが、撤去ではありません。一時的に閉架扱い」としたとし、「指摘された図書について、個人に対する誹謗中傷や他人の人権の侵害等公益を著しく阻害するような内容がないかといった観点から事務室において再確認を行いました。冊数が多いことや参考として他県の選定基準を調べていたことなどもあり、5月15日の閉館日に全ての図書を元の書棚に戻しました。」(5月30日付け、生活学習館館長 市民オンブズマンへの回答)との無責任な回答を寄せた。
同時に、県監査委員は、5月31日付けで、今大地議員らの監査請求に対し、図書を書架から他の場所に移動させたのは「行政的な管理」に該当。金銭にかかわる「財務的な管理」に限られている監査請求の対象にはならない、と回答した。
3 最高裁判例と監査却下の問題点
今回の焚書対照図書とは全く中身は対極にあるが、同様の書籍焚書事件に関わる最高判例が、既に昨年7月14日に出ている。千葉県船橋市立西図書館の司書が新しい歴史教科書をつくる会と作家の井沢元彦ら7人の著書を廃棄したため、表現の自由を侵害されたとして、市に慰謝料などの支払いを求めた。最高裁第1小法廷は「公立図書館は思想、意見を伝達する公的な場で、職員の独断による廃棄は著者の利益を侵害する」との初判断を示したその上で、司書が廃棄を決めた今回のケースも利益侵害に当たると認めている。
上告では廃棄された著者にも権利侵害の事実が及ぶかどうかが争われたものであり、地裁段階での「公費で購入した図書を市民の閲覧に供しなければ,市民との関係で,公費の使途としての適切性に問題が生じる」(千葉地裁判決)との前提があり、最高裁の判決はこれを踏まえたものである。公費で購入した図書を県民の供覧に供しなければ、違法となることは明らかであり、監査請求の却下は、当該判決から見て全く妥当性を欠いている。
4 右翼の脅しに屈したことについて
拉致問題を利用した情報・思想の統制や憲法改正をめぐる右翼的な策動が強まっており、どこまでが真実なのか、嘘なのかも分からない一方的な「大本営」情報が連日・連夜大量にマスメディアを使って流され続けており、規制緩和・民活の名の下、格差是認・差別容認の新自由主義の思考が浸透しつつある。行政機関自身もこうした流れの例外にはない。維持管理予算の削減や指定管理者制度・独立行政法人制度の導入など、現場の声を無視した制度の導入がどんどん進みつつある。生活学習館も当初は先進的な講師などを招へいした企画講座が設けられていたが、最近では鳴かず飛ばずで維持管理に汲々としているというのが実態である。こうした中、組織自身のポジションも益々不透明となりつつある。
しかし、1団体の脅しに行政が屈したことは、公平な行政を行っていく上で重大な問題である。しかも、担当者1個人が屈したというのではなく、主管課長の指示によるということは、組織的な犯罪である。それも「男女共同参画推進条例」を持ち、男女共同参画を積極的に推進すべき課とその出先機関「女性センター」である。県は戦前の治安維持法やGHQによる「検閲」という55年前の決して越えてはならない一線をいとも簡単に越えてしまったようである。市議らの抗議文に対し、右翼への配慮からか、図書の購入について「選定基準を設け適正に購入・配置している」と回答しているが、オンブズマンが「選定基準」の情報公開を求めたところ、「選定基準」自体が当時存在しなかったではないかという疑惑も浮上している。新聞やHP上で、U前課長の他、S館長・H同館課長など何名もの幹部職員の名が散見される。かつて、福井市出身の松下圭一法政大学名誉教授は「行政の劣化」を指摘したが、市議はじめ女性団体の抗議へのその場しのぎの無責任な対応を見る限り、「劣化」どころか「行政組織全体の人権意識の根本的欠落、倫理・理性の崩壊」を疑わざるをえない。
【出典】 アサート No.343 2006年6月24日