【書評』「森永卓郎式ニュースの読み方」(日本証券新聞社) 

【書評』「森永卓郎式ニュースの読み方」(日本証券新聞社) 
                             福井 杉本達也

 10月14日、一旦否決・廃案となった郵政民営化関連法が参議院を通過・成立した。衆議院選の自民党大勝を受けてほとんど議論らしい議論もなかった。30兆円以内に国債発行額を絞るといった自らの政治公約を「この程度の約束を守れなかったのは大したことではない」と国会答弁した小泉首相をはじめ、自らの言葉に責任を持たない者の多い時代、過去の自らの発言に解説を加え、当時の判断がどう誤っていたか、あるいは正しかったかということを一冊の書にまとめるというのはなかなか困難な作業である。著者は2002年10月からの経済アナリストとしての自説を検証する。
 2002年9月、小泉首相は、ブッシュ大統領との首脳会談で日本の金融危機の終息を約束させられる。10月に柳沢金融相を更迭し、経済財政相の竹中平蔵氏に兼務させ、木村剛氏を中心メンバーとする金融改革プロジェクトチームを発足、強引に大手金融機関の整理=公的資金の注入へと突き進む。今日の郵政民営化の流れから考えると、この9月が小泉内閣にとって大きな転換点になったといえる。当時、著者は「今回のプロジェクトチームの目的は、銀行や問題企業をつぶすことそのものにあるのだと考えざるをえない。このまま行けば来年、日本は外資の草刈り場と化すだろう。」と述べていた。2003年5月にはりそな銀行が国有化され、同年11月には中央青山監査法人は5月に監査した足利銀行の決算を金融庁の圧力で否認し、突然に債務超過に陥った同銀行も国有化されることとなった。さらに、2004年6月には「特別監査」でUFJも東京三菱との合併へと追い込まれた。
足利銀行の処理を少し詳しく解説すると、2004年1月15日の参議院財政金融委員会で、中央青山監査法人が繰り延べ税金資産の全額否認をしたことに関し、日向野足利銀行元頭取は「突然、繰り延べ税金資産を全額否認された」と主張し、同監査法人の代表・奥山章雄日本会計士協会会長も、「結果としては、やむを得ない判断だった」「監査意見は…途中で事態の突然の変化があれば、それも含めて意見を出さねばならない」と説明、「金融庁の検査結果を含めて処理した損益計算書を出したことが、突然の変化だった」と証言し金融庁の露骨な監査介入を認めた。2006年3月期からの減損会計導入などを「会計ビッグバン」と称し「政治的にいじれば、日本が国際的信用を失う」として、竹中大臣と二人三脚でアングロサクソン型・新自由主義の会計基準を強引に日本に持ち込もうとしてきた奥山会長ではあったが、その足元は日本の伝統的会計手法そのものであった。足利銀行あたりに今日のカネボウ粉飾までの伏線があったといえる。10月1日に合併した三菱UFJは監査法人について中央青山をやめトーマツにすると決めた。
 今回の衆議院選真っ只中、9月1日付け日経は、金融庁は「銀行への公的資金注入に伴って政府が保有している優先株を、銀行から申請がなくても独自の判断で普通株に転換し市場で売却する検討に入った」と報道した。いくら金融庁といえども、優先株の突然のルール変更ができるかどうかは疑問があるが、「株を外資(ハゲタカ・ファンド)に売る」というのは脅しには十分過ぎる観測記事である。10月に入り、みずほFGは、あわてて公的資金の一部2500億円を返済すると発表した。
さらに追いかけるように、9月22日、金融庁は7大金融グループに対して「<自己資本に占める繰り延べ税金資産の割合を06年3月期に上限40%、07年3月期に30%、そして08年3月期には20%へと段階的に下げること。ただし地方銀行は適用しない>」という通知を出した。「大手行はビックリ。なにしろこの金融庁基準でいけば、自力でBIS規制の8%をクリアできない銀行が出てくるからだ。05年3月期連結決算ベースで見ると繰り延べ率の高い順に、(1)三井住友FG(自己資本率9.94%中繰り延べ税金資産は47.6%=以下同じ)(2)UFJHD(10.39%中47.3%)(3)三井トラスト(10.34%中35.1%)(4)みずほFG(10.91%中24%)(5)三菱東京FG(11.76%中9.9%)(6)住友信託(12.5%中9.3%)(7)りそなHD(9.74%中3.8%)となっている。この数字で見る限り、UFJ、三井住友、みずほ、三井トラストの各行が08年3月までに大幅な改善をしなければならないことになる。」(2005.9.30GENDAI・NET)。
金融庁の支配からまぬかれようと公的資金を返済すれば自己資金が減少する。繰延資産が否認されても自己資金が減る。自己資金が8%を割ればBIS基準で当然市場からの撤退を迫られる。繰延資産の査定と転換株売却の脅しによって、金融庁は大手行を完全に支配下に置いたといってよい。著者は2004年5月時点で既に「竹中大臣の思うがままに…今後金融庁は、大手銀行を『大口与信管理態勢検査』で、そして地銀や信用金庫は『金融構造強化プログラム』に基づく検査で厳しく取り締まる。そうすれば、いつ、どれだけ不良債権を処理させるのかは、金融庁の思いのままだ。」と述べている。
 ところで、著者は巻頭インタビューで今後の日本経済について「来年になるとデフレからインフレへと、世の中の流れが大きく切り替わる…金利上昇の裏返しである債券価格の暴落によって、国債で膨大な損失が発生する」と述べている。しかし、金利が上昇するかどうかはアメリカの景気次第ではなかろうか。9月20日にも米連邦準備理事会(FBR)は0.25%の利上げを行った。同日の米10年もの国債利回りは4.24%ということで、10月4日入札の日本の10年国債が1.48%という結果から考えても、日本とアメリカが金利差は数%ないとアメリカに資金は還流しない。日本国民がせっせと貯蓄した“虎の子”の金利をゼロにしたまま、“相対的に安い”金利で米国の財政赤字の補填に貸し込み、大手銀行は中間マージンを貪っている(ゼロ金利は日本国民から米国や大手銀行への逆利子補填=補助金=所得移転である。)。国・地方合わせ1000兆円近い借金を抱え、安い金利で国債を調達できる政府にとっても、国債で資金を運用する銀行にとってもデフレは良である。著者は行間に“インフレへの期待”を滲ませているが、米国が政策変更せず、現竹中路線が続く限り、「ゼロ金利」の呪縛からの脱却はあり得ないのではなかろうか。
(注1:繰り延べ税金資産…将来、利益が出ることを前提として、その利益に課せられる税金を支払ったものとして、その金額を自己資本に組み入れ計上すること。 注2:減損会計…バブルの崩壊により土地・建物などの固定資産の時価が大幅に簿価を下回り、含み損が発生した場合に、その差額を損失として反映させる会計制度のこと。) 

 【出典】 アサート No.335 2005年10月22日

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