【映画評論】モーターサイクル・ダイアリーズ  杉本達也

【映画評論】モーターサイクル・ダイアリーズ  杉本達也

キューバ革命の指導者チェ・ゲバラ(エルネスト)の青春の物語である。1952年、23歳の若き医学生エルネスト(ガエル・ガルシア・ベルナル)とその先輩アルベルト(ロドリゴ・デ・ラ・セルナ)は無謀にもおんぼろバイクでアルゼンチン・ブエノスアイレスから、南米大陸1万キロの冒険の旅に出る。前半は雪のアンデスを越えチリに入り、2人の写真を載せた新聞記事をネタにただでバイクの修理を頼もうとするなど希望に満ちたどたばた劇が展開していく。バルパライソで恋人からの別れの手紙を受け取ったあたりから、徐々にエルネストの心境に変化が起こる。チリのチュキカマタ鉱山へ行く途中、土地を追われた共産党員の夫婦と野宿をする。ペルーに入り、クスコ、マチュピチとめぐり、リマのベッシェ博士からサン・パブロのハンセン病療養所を紹介される。エルネストとアルベルトはアマゾン川を下りペルーのサン・パブロに着く。そこは修道院が設立したハンセン病の隔離療養所であった。療養所の医師から手袋をして患者と接することが療養所の規則であり、規則を守らないとシスターからにらまれると忠告される。しかし、エルネストもアルベルトも忠告を守らず、患者たちと素手で握手する。患者は「規則を知っているのか」と少しためらい、次に喜んで握手を交わす。さわやかなシーンであるがハンセン病の真髄をついている。ハンセン病はらい菌によって感染するが感染力は非常に弱く握手程度で感染することはありえない。にもかかわらず、この修道院の療養所は患者との接触にあたり、手袋の着用を義務づけ、患者の病棟と本部・医療施設はアマゾン川で隔てられている。両岸を結ぶのは舟だけである。療養所の医師は「ハンセン病は感染しない」という知識は持ちながらも修道院のハンセン病患者に対する差別と偏見を容認しつつ、惰性のまま治療している。
2001年5月、熊本地裁の歴史的判決は、1907年の「らい予防ニ関スル件」(1931年「らい予防法」)以来90年に亘る国のハンセン病隔離政策を断罪した。判決以前のハンセン病に対する保健行政の対応は惨憺たるものであった。A県ではハンセン病に対する啓蒙と称して、わずかB4裏表の印刷物を申し訳程度に配布していた。全国各県でハンセン病元患者の生まれ故郷訪問事業として1泊2日程度の予算が組まれていたが、宿泊先は差別と偏見からホテルや温泉旅館といった民間宿泊所を使えず、厚生省関連の宿泊施設が使われていた。2003年に熊本県はたまたま民間旅館を使用したため、ハンセン病元患者宿泊拒否事件となったが、2001年まではそれを差別として抗議することさえはばかれる状態にあったのである。1996年の「らい予防法」廃止後はそのわずかな数十万円の予算さえも「不要不急な事業」ということで風前の灯火であった。訪問事業では元患者と県の厚生部幹部が夕食会を共にする。「○○君、同席して本当に大丈夫かね。」という言葉には、怒りを通り越して涙が出た。いったいこの幹部はどのような立場で夕食会に出席するのか。国の機関委任事務として、自らが率先して棄民・隔離政策に荷担した責任というものを全く自覚していなかった。
サン・パブロ療養所の医師やシスターらに見られる差別と偏見の現状を容認する姿勢は我々のすぐ身近にもある。その時、エルネストのようにすっとさわやかに手が出せるかどうか。さる3月1日、ハンセン病問題検証会議の最終報告書が出された。新聞各紙は1面程度の特集記事を組んでいた。社説でも反省の弁が語られた。百年近くにわたりハンセン病に対する根深い差別と偏見を植え付けたマスコミの責任は大きい。現状を追認し容認することは簡単である。しかし、差別と偏見の現状を変革して行くには100倍も200倍もの力がいる。マスコミは今回もたった1回の特集記事で隔離政策に荷担した自らの犯罪を「贖罪」しようとしている。エルネストはサン・パブロ療養所を去る最後の夜、パーティーを抜け出し誰も泳いで渡ったことのないアマゾン川をたった一人で向こう岸にある患者の病棟まで泳ぐ。エルネストの熱き思いで離ればなれの両岸をつないだのである。
冒険の旅はベネズエラ・カラカスの空港で終わる。エルネストは「私は昔の私ではない」といってアルベルトに別れを告げ飛行機に乗り込む。エルネストとアルベルトが旅をしてから50年が経過した。エルネストの死後、チリではアジェンデ社会主義政権が成立したが1973年のピノチェトのクーデターで倒され、そのピノチェトも裁判にかけられている。アルゼンチンでは軍事政権が無謀なフォークランド紛争を引き起こしイギリスに敗北した。米国の裏庭として当時と同じような貧困や差別、軍事独裁政権を米国が支援する構造を引きずっている。ベネズエラは、チャペス政権の下、メジャーの影響力から離れるべくインドネシアと油田共同開発の合意をしたという。カラカスからの旅立ちは明日の中南米の行く末を占うようである。(監督:ウォルター・サレス、製作総指揮:ロバート・レッドフォード)

【出典】 アサート No.328 2005年3月19日

カテゴリー: 杉本執筆, 芸術・文学・映画 パーマリンク