【コラム】ひとりごと–バクダット陥落を聞いて–

【コラム】ひとりごと–バクダット陥落を聞いて–

「陥落」という言葉がテレビから流れてくる。あれは、1975年のことだった。サイゴン「陥落」という響きに、アメリカの敗北とベトナム国民の不屈の闘いの達成感を感じた。だが、いま聞こえてきた「陥落」という語感には、なにか犯罪的な野獣的な抑圧の無機的な機械用語のような感じしかない。昔の南京「陥落」の時もこうだったのだろうか★この10日間ほど、インターネットのニュースしか見ていなかった。あのK・Eという軍事評論家のゲーム感覚の解説に辟易していたし、教育テレビ(7日のアカデミー賞受賞式のこと、8日の米仏対立のことなど)の解説で、そうとう筋の通ったことが言われているのに、一般ニュースでは、頬の緩んだ馬鹿ほどに生き生きした表情の特派員が、この非対称の「戦争」の戦果を我が物顔に報道するのを、じっと見ていることができなかった。辺見が「こちらの胸の内に・・」と書いていたとおり、実際の痛みを味わった★「復興」だの「人道支援」という呼びかけのなんと空々しいことよ。破壊者が原状回復するのが当たり前ではないか。アメリカかイギリスに併合するのが一番手っ取り早いのではないか。国連はまずこれで本来の機能を回復することはできないであろう。無法者、それも、シンクタンクを装ったもっとも巨大なマフィアに牛耳られる国家が頂点にいて、それが札びらで加盟国を買収すようなことが当然視されている限りは。この国連の破壊の責任は、この侵略を実行し支持したものたちだが、彼らはなんの痛痒も感じないだろう。彼らはこの「束縛」から逃れたがっていたのだから★先夜、不思議な夢を見た。5年前だったかに、撤去されるという噂があったので、立ち寄ったレーニン廟からレーニンが生き返って赤の広場で話しているのだ。私は、前々から、彼の実録の相貌と銅像や廟の「遺体」のそれが余りにも違っていて、その心根までを疑ったことがある。夢の中のレーニンは、実録通りの好もしい印象だったが、通行人の誰一人、彼をレーニンと思うものがなくて通り過ぎて行ったが、彼は、少し苦渋の表情を浮かべながら、まるで、社会科の教師のように両手を腰に回して、自問自答するように、話している。声は小さい。私は、必死で、彼から数メートルのところまで近づいて行った★彼の声は切れ切れにしか聞こえなかった。そんなわけで、固有名詞はなにも聞き取れなかったが、次の言葉の断片が耳に残った。いわく、「国家は暴力装置である」「暴力とは軍隊と警察である」「暴力による独裁」。これらは、たしか、彼の著書「国家と革命」などに書かれていたことだ。それにしても、レーニンは非情だ。ブッシュを支援するとは。フセイン打倒を「暴力による独裁」だなんて★私は目が覚めた。レーニンの言葉を反芻してみた。著書の全文が掲載されているwebページも見た。「全人民の国家」や「福祉国家」という言葉が死語になりつつあるなかで、これは、実に説得的だ★私は友人にこの夢の話をした。レーニンはけしからんよ、と言うと、彼は急に噴き出した。そして、こともなげに、「それはブッシュをギロチンにでもかけろと言っているんだよ」と言い放つではないか。私は半信半疑でそれを聞いていたが、ひょっとして、そのほうが筋が通っているかもしれないと思った。(4月10日 大木透)

 【出典】 アサート No.305 2003年4月19日

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