【投稿】市町村合併と地域通貨
–地域経済活性化と地域コミュニティー再構築の可能性– by 若松一郎
<急速に進む市町村合併の動き>
全国的に市町村合併の動きが急速に進んでいる。全国の具体的な動きについてはアサート№292江川氏の投稿で論じられているが、私の地元の大阪府でもすでに7地域、17市町村で研究会等が設置され、一部は大阪府の合併重点支援地域にも指定されている。
市町村合併が地域の発展や住民の生活に大きな影響を及ぼすことは言うまでもないが、全体にその議論は低調であり、国の主導の下、財政問題を主な理由としながら首長が一方的に推し進めている感がある。
合併推進派は、住民の生活圏の拡大、環境問題等広域的課題の増加、財政悪化への対応を理由とし、合併による経費削減、効率化を強調するが、国の財政特例に乗り遅れるなというニュアンスが強い。
一方、合併反対派は、今回の市町村合併の動きは交付税削減の財政誘導による国の押し付けであり、住民の自主的な判断によるものではない。住民説明が不十分であることを指摘する。しかし結局、共産党のように国政の問題や「地域に何の得がある」という地域エゴの問題にすりかえてしまっている。
どちらもこれからの低成長の中で、地方分権を実現し、どのようにして住民生活を豊かにしていくかという具体的なイメージがなく、住民にとっては判断のしようがないというのが現実ではないだろうか。
<示唆に富む「地域通貨」>
実際の対応と言うことになるとなかなか難しいところであるが、出口のない不況の中で地域コミュニティーを活性化させると言う観点に立つとき、「地域通貨」というものが非常に示唆に富んでいる。以下、「だれでもわかる地域通貨入門」(北斗出版)の内容を紹介しながら、合併問題への対応について考えてみたい。
地域通貨と言うのは、「限定した地域でしか通用しない通貨を用い、地域内でお金を循環させることによって、経済の安定化・活性化をはかるとともに、グローバル化する経済によって崩壊しつつあるあるコミュニティーを再構築する狙い」でつくられたもので、「利子がつかない」というのが特徴である。めざしているのは「地域資源循環型経済」であり「地域共同体の再構築」である。
<「地域通貨」の歴史>
地域通貨と言うと目新しいが、実は古い歴史を持っている。1929年から30年代の世界恐慌時には各国で様々な試みが行われた。特に有名なのがオーストリア・チロル地方の小さな町ヴェルグルの「労働証明書」である。当時、人口わずか4300人のこの町には500人の失業者と1000人の失業予備軍がいた。通貨が貯める込まれ、循環が滞っていることが不景気の最大の問題だと考えた当時の町長は、1932年町議会でスタンプ通貨の発行を決議し、銀行から借り入れた金を担保に「労働証明書」という地域通貨を発行した。その裏に書いてある文章は現代にも通用するようで興味深い。少し長いが引用する。
「諸君!貯め込まれて循環しない貨幣は、世界を大きな危機に、そして人類を貧困に陥れた。経済において恐ろしい世界の没落が始まっている。いまこそはっきりとした認識と敢然とした行動で経済機構の凋落を避けなければならない。そうすれば戦争や経済の荒廃を免れ、人類は救済されるだろう。人間は自分が作り出した労働を交換することで生活している。緩慢にしか循環しないお金がその労働の交換の大部分を妨げ、何百万という労働しようとする人々の経済生活の空間を失わせているのだ。労働の交換を高めて、そこから疎外された人々をもう一度呼び戻さなければならない。この目的のためにヴェルグル町の労働証明書は作られた。困窮を癒し、労働とパンを与えよ。」
そして、町は道路整備などの緊急失業対策事業を起こし、失業者に職を与え、その労働の対価として「労働証明書」という紙幣を与えた。
「労働証明書」は、月初めにその額面の1%のスタンプを貼らないと使えない仕組みになっていた。つまり、月初めごとにその額面の価値の1%を失ってゆく「劣化するお金」「マイナスの利子がつくお金」なので、誰もができるだけ早くこのお金を使おうとし、消費を促進し、経済を活性化させた。この「労働証明書」は発行額は少なくても、通常のオーストリア・シリングに比べておよそ14倍の流通速度で回転し、その額の何倍もの経済効果を生み出した。こうして、ヴェルグルはオーストリア初の完全雇用を達成し、上水道をはじめ町が整備され、ほとんどの家が修繕され、税金も速やかに支払われた。
これを見て、1933年6月までに200以上の都市で導入が検討されたが、中央銀行によって「国家の通貨システムを乱す」として禁止通達が出され、11月に廃止に追い込まれた。
<現代の地域通貨>
1990年代になってから、新たな意義付けを行いながら、様々な地域通貨が再び世界各国で広まってきている。現代の「地域通貨」は必ずしも地域経済の活性化だけを目的にしているのではなく、地域コミュニティーの再構築をめざしているものも多い。「LETS」「イサカアワー」「トロントダラー」などが有名である。地域を限定することによって取引をする相手の顔が具体的に見えてくる。「地域通貨」には、取引がただの損得勘定ではなく、「人間関係」を築いていく手段なのだという思想がある。介護労働や保育労働の交換など少子高齢化社会に対応したものも多い。
<市町村合併の議論に新しい観点を>
このように、「地域通貨」は地域活性化やコミュニティーの再構築を考えるとき非常に示唆に富んでいる。市町村合併というのは、ただ自治体がくっついて、人口が増えるというだけの問題ではない。住民の新しい関係の再構築であるはずである。違ったものが一緒になるとき、違っていることが豊かさになるような新しい自治体のイメージを作り上げられないだろうか。また、自治体がより大きくなることによって、不況に耐えられる地域循環型経済を構築できないだろうか。市町村合併に臨んで、本当はそのような具体的なプランを住民とともにつくり上げるべきだと思う。しかし、現状は理想とは程遠いようである。 確かに、今回の市町村合併の動きは国の押し付けの側面が強い。しかし、一方で住民が地域について考える絶好の機会であり、国とは違った観点からこの問題を議論してみる必要もあるのではないだろうか。(若松一郎)
【出典】 アサート No.294 2002年5月25日