【投稿】「雇用春闘」-問われ出したワークシェアリング- 

【投稿】「雇用春闘」-問われ出したワークシェアリング- 

1.今春闘の特徴
 年々、形骸化・マンネリ・敗北連続の春闘だが、今年の春闘は、その中でも若干、趣の異なった春闘となってきている。その一つとして賃上げ要求については、まず連合自体が従来の統一要求基準を掲げるのを止め、各産別・単組の業績等に応じた要求設定を行うとしている。そして各産別においても低い水準での賃上げ要求になる模様であり、また電機労連やNTT労組など、主要産別・単組で賃上げ要求自体を見送る動きが見られる。二つ目の特徴として、その一方で各産別とも雇用確保にかなりの重点を置いた取り組みを方針に掲げている。すなわち労働側として賃上げ要求も自粛する代わりに何とか、これ以上のリストラ・人員削減も歯止めを掛けようと目論んでいるのだが、今のところ、経営側はこれにも冷たい反応である。昨年までの春闘では、経営側の「雇用か賃上げか」と迫り、厚い賃金抑制の壁を崩せなかったのだが、今年は賃上げを自粛すればしたで、「今日の経営状況では、それすら許容できるものではない」と相変わらず、高飛車な経営側と劣勢に立たされている労働側の力関係にはある。

2.問われ出したワークシェアリング
 しかし経営側も今日の雇用問題に関心がないわけではない。自らの雇用調整・人員合理化は棚に上げながらも、これ以上の雇用状況の悪化は「一層の社会不安と消費の冷え込み-経済の縮小を引き起こす」(日経連「労働問題研究委員会報告」)との警戒心は抱いている。また政府も、有効求人倍率が0.5以下、完全失業率が5%後半(近畿は6%後半)に上がる勢いという最悪の雇用状況が続く中で、いささか無責任ながらも「もはや雇用政策として成すべき事には限界に近づいている」(坂口厚生労働相)として、ワークシェアリングに注目している。こうした労働側・経営側・政府の当面の思いの一致から昨年11月末にワークシェアリングをテーマとした「産業労働懇話会」が発足し、ようやく三者の協議のテーブルが用意されたところである。しかしながら「ワークシェアリング」と一言で言っても、その描く内容と実態には各々、相当な認識と意見の違いがあり、そう簡単にまとまらないことは言うまでもない。

3.ワークシェアリングの具体的内容と問題点
 そもそもワークシェアリングとは何か。その目的・定義を簡単に言うと、「雇用の維持または創出を図ることを目的として、仕事と所得を分かち合うもの」と言える。そして、その内容も以下の類型に別れる。
(1)目的・効果別
  ①雇用維持型-直面する解雇を回避するための緊急避難的な施策。企業単位・個別単位に実施さ  れることが多い。今春闘で三洋電機が締結される労使協定も、これに含まれる。
  ②雇用創出型-中長期的な雇用創出を講ずる施策で、その中でも働き方の枠組み変化を伴う場合  (パート労働の多用など)と伴わない場合とに別れる。国家的施策として取り組まなければ実施  は困難。
(2)実施の方法等
  ①実施の根拠-法律または労働協約、個別労働契約による。
  ②時短方法-一律に行う方法と個別に行う方法(長期休暇・残業規制等)とがある。
 では、こうしたワークシェアリングを念頭に、日本で導入する場合、現実的にどのような問題があるだろうか。先ず雇用維持型で個別企業において実施する場合、労使合意は当然の事ながら、時短による賃金カットを伴うため、労働者内部での意思統一も必要不可欠である。前述のとおり三洋電機の場合、これを労使協定で行おうとするものであるが、それなりのしっかりした企業内労組が存在していることが求められるし、例え一部少数とは言え、反対派がいれば事実上、困難だと言わざるを得ない。特に「個別労働者の不利益変更をもたらす労働協約は、一般的拘束力が及ばない」と言う法的解釈も一部あるし、ましてや複数組合がある場合、「多数組合が3/4以上を組織していても、拡張適用されない」というのが通説であることを考えると、意外に労使合意以上に組合側内部の合意の方が難題ではないだろうか。さらに、こうした個別企業の取り組みによる社会的波及効果を考えた場合、果たしてどれだけの拡がりを持つのか、いささか疑問である。何故なら労組組織率が20.7%と低く、加えて圧倒的に多い中小・未組織の企業においては、このように「労使、話あってー」等という社内風土にないことは明らかである。また最近、ある製造業の中小企業経営者との話であるが、「受注は大幅に減っている上に、下請け単価の切り下げは相当なもので、少々の時短・賃金カットでは、過剰雇用を吸収できない」と言っていたが、率直な意見だろう。いずれにしてもさほどの社会的効果が期待できないとしても、それを一定、進めるためには何らかの国家的助成・促進施策(例えば実施企業に対する減税措置、労働者の標準報酬切り下げによる社会保障上の助成措置等)が求められるだろう。
 次に雇用創出型について検証してみよう。これを典型的に出されるのが、オランダの成功事例である。これは1980年代までの経済低迷を克服するために、政府は歳出削減と減税、経営側は雇用確保と時短、労働側は賃金抑制の容認との内容で合意し取り組んだ結果、高い経済成長率と失業率の低下が実現したもので、「ヴァッセナー合意-オランダモデル」と言われている。これが果たして日本でも行いうるかであるが、このような手法においても国家的な合意が大前提であることを考えると、極めて困難と言わざるを得ない。その理由の一つは、日本のように激しい国際的な企業間競争の中で形成されてきた経済システムと、ヨーロッパのように、それなりに生産と所得の再分配の経済システムが形成されていることの違いがあるし、また国民的な共同体意識・労働に対する意識にも乖離があるように思われる。さらに大企業と中小企業における様々な面での格差も、こうした一律的な手法には馴染まないのではないか。その意味では日本の経済と労働の基本的なポリシーとシステムの転換に関わる問題だとも言える。
 加えて具体的な事として、例え残業の規制と時短で一定の雇用創出を図るにしても、元々、日本の残業手当の割増率が低いことから、その労働量を新規雇用しても社会保険関係をはじめとした事業主負担分との関係で採算が合わないとの見方もある。となると、その不採算部分は政府の助成制度でまかなうと言うことで、新たな支出増を招くということになる。それに何よりも経営側・労働側の各内部の合意もさることながら、現在の自民党-小泉政権で、そのようなリーダーシップが期待できるかと言えば、なおさら疑問である。しかしながら筆者は、日本におけるこうした国家的ワークシェアリングを一切、否定しているわけではない。何故なら今日の雇用状況が、そんな批判をしているばかりの状況ではないし、何らかの日本の事情にあったワークシェアリングの方法を検討する必要があることだけは確かであるからである。ただ重要なことは、製造業などの第二次産業とサービス業をはじめとした第三次産業、大企業と中小企業、組織労働者と未組織労働者等々、様々な角度からのきめ細かな対応措置が求められることだけは言えよう。

4.最後に
 今までワークシェアリングに注目して述べてきたが、当面の雇用回復措置として、何もワークシェアリングに拘らなくとも為されるべき事は他にもあると思う。例えば、サービス残業解消と年次有給休暇の完全消化で100万人ぐらいの雇用創出効果があると言われている。現実、残業手当などの賃金未払いで労基署への申告は後を絶たないし、結構、多くの経営者で「我が社においては年休はない」と公言はばからず、労働者がやまれぬ事情で年休取得を申し出れば、直ちに解雇という労使トラブルも増えている。こうした雇用ルールを守らない経営者の厳正な指導と啓発を徹底させるなどのワークルールを確立することでも、それなりの雇用維持・創出が図られることを忘れてはならない。
 また既存の政府の雇用対策でも、企業・労働者双方のニーズから見てもミスマッチな技術講習でお茶を濁す失業者の一時預かり的な措置から、中長期的視野に立った公的雇用への拡大、さらには各種雇用助成金の不正受給も横行する中で、真に雇用につながる雇用助成金制度の見直し・創設など、要は少しでも効果的な雇用施策を打ち出す姿勢と内容もまた求められていることも指摘しておきたい。(民守 正義) 

 【出典】 アサート No.290 2002年1月26日

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