【本の紹介】「21世紀労働論–規制緩和へのジェンダー的対抗」伊田広行 青木書店
以前、著者本人から「性差別と資本制」(95年2月刊)の紹介記事を掲載した経過もありますが、同著者が「21世紀労働論」を出版されたので、興味深く読みました。時間的制約もあり、十分読みこなせていないのですが、結構論争的な内容なので、読者からの投稿・意見を期待する気持ちで紹介されていただきます。
女性を中心に増え続けるパート、非正規雇用。財界も「総パート化」を戦略化させ、労働法制の規制緩和も基本線は、資本にとって自由で安価な労働力の確保、労働の弾力化に他ならない。パート・非正規雇用労働者から見れば、これまでの賃金差別、労働条件格差は変わらない。これまでもこの問題は、学者・労働運動側から叫ばれてはきたが、一向に基本的改善がなされない現状に対して、伊田は、「家族単位の生活給・年功賃金」が男子には比較的高賃金を与え、それと一体に、女性には低賃金を強いてきた、との分析から、①同一価値労働同一賃金原則を徹底させ、年功制賃金を撤廃し、職務評価を確立する運動を労働組合が真剣に取組まなければならないこと。②性差別に反対する立場で、家族単位の賃金労働システムから、個人(シングル)単位の発想によるシステムの再編へ労組も労働者も意識改革が必要だ、という主張を展開している。
第1章では、低賃金の女性非正規労働者の賃金実態が明らかにされている。第2章では、家族単位で組み立てられている雇用・社会の有り様と、それに対抗するシングル単位での発想の転換の重要性を示そうとしている。フェミニズム論と労働問題論の関連が明らかにされている。
「経済学の分野でも、ジェンダー視点は非常に弱かった。・・・家事役割が女性に集中していることの裏側としての男性の長時間労働、それと結びつく年功システムの家族単位という性格などの分析などが欠けている」と。「こうした女性への差別的扱いは、・・・家族単位で発想する思想から生み出される」と。
そこで、年功制が問題とされる。「より根本的には、年功賃金制は、職務・職種と賃金を結びつける視点がなく、男性世帯主の生活給という非合理かつ差別的な賃金体系性質をもっていたことがあげられる」。そこには、同一価値労働・同一賃金原則が最初から入っていないと。「年功システムの解体」こそ目標とされなければならないと著者は言う。
第3章は対策編「シングル単位の労働論」パート問題・女性差別問題・働き過ぎ問題への基本的視点は「家族単位の発想を解体して、個人(シングル)単位の発想で労働領域でも労働システムをつくりなおすことである」。
第4章は、理論編「反能力主義・反差別としての同一(価値)労働同一賃金原則」として、能力主義・年功制と賃金原則との関連を理論付け、年功制の廃止と職務評価、同一価値労働同一賃金原則の具体化が語られている。
年功賃金・あいまい職務給を許してきた労働運動への手厳しい批判が多いのには少々困惑するところだが、「職務の明確化、職務評価」という議論は、労働組合サイドでも「能力主義的勤務評定」の動きが自治体でも強まっており、それに対抗する議論として興味深く読ませていただいた。共産党批判と思われる「評価には反対、何でも平等賃金」への批判はそのとおりだと思う。
ただ、年功賃金の評価については、少し乱暴な気がする。「毎年定期昇給があり、給料が上がっていくが、それは労働の価値が毎年上がっていくわけではない」との記述は、残念ながら私の実感とは違う。自分自身の給料明細を見ても、これが私の労働の価値か、と思うと情けないくらいである。労働運動は、理念のための運動ではない。組合員の生活があり、意識があり、現実がある。そこからスタートするし、そこに結果が待っている。運動を組織する側として、「年功制から完全個人賃金へ」という議論は、議論として理論として成立っても、運動には、まだ距離がある、というのが実感だ。とは言え、少々実践・現実傾斜ぎみの私にとっては、賃金・労働分野で骨のある議論に出会って、刺激されたということは事実である。著者の指摘する問題について、私なりの整理も今後していこうと思っています。是非ご一読を。(佐野)
【出典】 アサート No.244 1998年3月20日