【投稿】工クパットの可能性
1、はじめに
これからの日本で人権問題を考えるとき、抜きにできないのは、加害者としての自覚とそれに立脚した立ち上がりという視点である。これまでの日本における解放運動や解放教育の基本的視点となってきたのは、被差別者の立ち上がりである。水平社宣言を出発点とする被差別者の立ち上がりという視点は、これまでの日本の人権闘争を引っ張ってきた。しかし、現在の日本が世界の中で占める位置を見るとき、被差別者や被害者の立ち上がりという視点だけでは決定的に不十分である。自己の差別性や加害者性をエネルギー源にしなければ、これからの解放運動や解放教育は生き残れないのではないだろうか。
このような視点について、これまでも言葉としては語られてきた。いわく、黒人問題は白人問題である。
女性問題は男性問題である。部落問題は部落外問題である。障害者問題は健全者問題である。しかし、その中身、加害者が立ち上がる論理が語られることはあまりに少なかったように思う。そろそろ本気でこの課題にとりくんでよいころである。もはや日本においては、被差別者の解放運動でさえも、自己の加害性を見失うならば朽ちてしまうのではないかとさえ思える。
アジア各地における観光買春問題は、その格好の例である。そしてエクパット・キャンペーンは、観光買春のなかでも子どもを被害者とするものに課題を限定してとりくもうとする国際キャンペーンである。
2、エクパットとは
エクパットというのは、「アジア観光買春根絶国際キャンペーン」(=TheInternationalcampaign toEnd Child Prostitution in AsianTourism)の略称である。1991年から93年までが第1期、94年から96年までが第2期とされ、それ以後は打ちきることが定められている。
ここ数年、アジア各地で子どもからの買春(かいしゅん)が大きな問題となってきている。日本製のパイプレーターを膣につめられて半年間苦しみぬいて死んでいったフィリピン人の少女ロザリオ・バルヨット。フィリピンのルソン島からだまされて日本に連れてこられ売春を強いられたミミ(仮名)という少女。このような被害が報告される中で、問題の重大さが改めて確認され、キャンペーン開始にいたった。
タイではチュアン政権が子ども買春根絶を宣言した。フィリピンではアキノ政権末期に子ども特別保護法が制定された。被害国では本格的なとりくみが始まっている。
加害国でも、法改正などが進んでいる。ドイツではこの6月に、海外で子どもを性的に虐待したドイツ人をドイツ国内で罰することができるよう法律が改正された。オーストラリアでも同様の法改正が検討中でおそらく来年には制定もしくは改正されることになるだろう。
いずれもエクパットキャンペーン展開以前には考えられなかった事態の進展である。エクパットは子ども買春という問題を世界の世論に載せ、これへのとりくみを開始させることに成功したのである。
このような成果を受けてエクパットは、93年10月には世界でもっともふるい人権NGO反奴隷制インターナショナルから、「国際賞」を授与された。また、世界旅行業協会(UFTAA)からも93年11月に「平和賞」を授与されている。世界的には高い評価を受けているキャンペーンであることがわかる。
3、日本での対応
日本ではどうか。ここ数年、フィリピンなどで日本人男性が子どもを性的に虐待しポルノなどを撮ったという罪を問われて逮捕されたという事件が相次いでいる。彼らは日本に帰ってきてもおとがめなしだ。また、日本のやくざに取りこまれて麻薬の売買や少女の誘拐を手伝わされたという子どもの話しがタイやフィリピンの新聞に報道されている。日本に連れてこられて売春を強要されていたという少女の話しもあとを断たない。「買春大国」日本はこうした面で「活躍」している。従軍慰安婦問題は決して過去の問題ではない。
ところが、各地で訴えてみて、賛同の声が上がる一方で、驚くばかりに同じ様な反応が返ってきた。それ時、「好きでやっている人もいるんじゃないか」「日本に公娼制度がなくなったために、海外まで行ってそんなことをする人間が出てくるんだ」「買春する者が問題だという視点を前面に出すより、子どもの権利という視点を前面にだしたほうがいいのではないか」といった意見である。男性側から前向きな答えが返ってくることはごくまれであった。差別問題にとりくんでいる人々の間で報告したときも、男性参加者の多くは、押し黙ってうなだれたような感じで、発言が出ないことが多かった。
日本のNGOの反応も決してよいとはいえない。飢餓や識字や教育といった問題に比べて子ども買春という問題は重くハードなイメージが強いからだろうか。世界的にはエクパットを支えているような団体が日本ではあまり協力的でないという例も見られる。たとえばセイブ・ザ・チルドレンは、国際エクパットに執行委員を送りこむほどの団体である。ところが日本では、いまのところキャンペーンへのとりくみがほとんど見られない。エクパット側の問題もある。しかし、NGO側にも問題がありそうだ。
4、今後の課題
エクパットキャンペーンは、多様な可能性を秘めている。とかく泥沼になりやすい買春間題にすっきりした視点を提供してくれる。女性差別への取組の入り口としても、独特の切り口を持っている。第三世界と日本との関りを最も厳しいところから問いかけてくれる。もちろん子どもの権利条約との関係も明確だ。
この特徴を生かせるかどうかが今後の課題である。運動の目標としては、海外で子どもを買春した日本人を国内で罰する法律の制定である。制定の前提には子どもの権利条約批准が必要だ。組織論的には、NGOの結集が望まれよう。ぜひ注目していただきたい。
(大阪:森)
【出典】 青年の旗 No.193 1993年12月25日