『詩』  何気なく

『詩』  何気なく

                  大木 透

何気なく
FMを入れる
ゲルギエフ
北オセチアの指揮者が
ウイーンを振る
得意の
チャイコフスキーの四番
サントリーホールの
生中継
Mという音楽評論家が
この苦衷からの
出口を探す
管楽器のほえ声の
説明をしている

僕は
それよりも
この間の
三百人も死んだ
事件のことを想い
ゲルギエフのことを想う
前に見た
彼の指先の
震えに震えながら

突然
僕を窓の外の
高い空を見た
近づきつつある
冬空に低くかかる
青みがかった
薄い雲の帯
散りばめられた
宝石のように
橙色と桃色の光が
淡く光る
なにかを待ちながら
滞っている
始皇帝の
銅馬車のように
動き出そうとしている

僕は
急にこみ上げて来た
僕は吸いとられるに違いない
と思って
話に聞いた
教養ある
旧制高校の学生より
もっと昔の
何者かによって
僕は消されてしまうと
思った

(二〇〇四・一一・二一)

【出典】 アサート No.326 2005年1月22日

カテゴリー: パーマリンク