『詩』 頼むから聞いてくれ

『詩』 頼むから聞いてくれ

   リトアニア事件の夜にゴルバチョフを想う

                 大木  透

あなたは
自分のことを
あまりに知らなさすぎる
自分のしたことを
あまりに早く
忘れ去ってしまっている
今の今の
とりとめもない
生成流転の堰を切ったのは
あなた その人
あなた自身なのだということを忘れてもらっては困る
あなたは
本気でそうしたのだから

あなたは
なにか勘違いをしているのではないか
今の今になって
どうして自分をこんなに困らせるのだと
不思議がっているように見える
しかしそれは勘違いというもの
あらゆる小数派と良識に
自由キップを握らせ
自由発進を促したのは
あなた
あなたその人なのだ
だから今頃になって
感謝のために静かにせいなどと言うのは
理不尽なことだ

眠りをとれ
栄養をつけよ
記憶をよびさませ
そして
人々が旅する先をはっきり示し
旅のみちずれを
はっきり識別せよ
無駄な頼みではなかろう

古来 秀才の完全主義ほど始末に
負えぬものはない
エリートのあなたは
涙すほかに手立てをもたぬうつろいや
中途半端な落ち着かぬ
ほう洋たる放浪が
頼りなく見えるかも知れない
だが
それが人の情けというものだ
人の世というものだ

ひょっとすると
あなたは
自分の代に
領土の一片も失うまいという
悲壮な業病にとりつかれて
平静を失ってしまっているのではないか

そんなに気負う必要がどこにあろう
そろそろ肩のカを抜いて
非凡なる凡人の道を歩んでもいいのではないか
決断することの恐ろしさに
臆病になってもいいではないか
今 貴方に向けて放たれている
激しい批判が
あなたを救いつつあることに
気づいてほしい

死者はけっして甦ってはこないが
反動どものたくらみが
あなたの嫌いな血を呼ぶことが
はっきりしたのだ

ここにも そこにも
あなたの蒔いた種が
確実に育っている
嫌なものを見るような
困った顔をするな
困るのはこっちのほうだ
あなたは
自分のことを
あまりに知らなさすぎる
握りしめた自由キップで
どこへ旅立ったらいいか
暗いプラットホームで轟き合う人々に
いまいちど
大きな明かりを
ともせ

(1991.1.14)

【出典】 青年の旗 No.165 1997年7月15日

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